第8話 ガイシャ経験

「ガイシャ経験」


 人間、長く生きているといろいろなことを「経験」するものです。

「失業経験」もう何度も経験したので慣れてしまいました。「留学経験」は一一度もあるはずがありません。「恋愛経験」ほどほどにです。

 では「ガイシャ経験」は、と聞かれたらほとんどないのですが、よくよく思い出してみたら、ほんの少しはあることはあるのです。これでも中学のころは身の程知らずで無知だったので「ロータス・ヨーロッパ」が本気で欲しかったのです。


 最初のガイシャは、中古のシルバーの右ハンドルのゴルフⅠでした。

 このクルマは良かった。当時の国産車はまだまだ発展途上でトラックに毛が生えたようなものだったので、四角くて車高が高くて、座席に高く座って背もたれ立てて運転するというパッケージングは新鮮で、視界も良くてものすごく運転しやすかった。しかも速かった。速さを狙ったクルマじゃあないのに速かった。セリカLB2000GTよりもS30のZよりも絶対に速かった。それから燃費も良くて、音も力強くて走りやすかった。

 でも部品が高くてやれんかったのです。ワイパーを買いにわざわざヤナセまで行くのも億劫だった。でもええクルマでした。ゴルフⅠ。でも今のゴルフはまったく違うクルマになり果ててしまった。残念でしょうがないです。

 次に買ったのが中古の964のカレラ2の右ハンドルのシルバーでした。なしてこんなのを買ってしまったのか今でも原因不明ですが、たまたま中古車を見つけて、調子に乗っていて魔が差したとしか言いようがありません。

 これはどうじゃったかというと、ポルシェ愛好者の方々のは非常に申し訳なのですが、とにかく走りにくかった。ワシが運転下手でメカ音痴でポルシェを主有する器ではなかったことは否定できませんが、ワシごときにポルシェの良さと言うものはまったくわかりませんでした。ワシが悪いのですからね。ポルシェが悪いわけではありませんからね。そこんとこしっかりと書いておきますね。

 エンジン音が変。早瀬左近のカレラRSは「シュオーン」でしたが、ワシのは「ドコドコドコ」という耕運機音。この音どっかで聞いたことがあると思ったら学生時代に友人が乗っていた古いカルマンギアとかワーゲンと同じでした。後で知ったことですが、水平対向空冷エンジンは、4発と6発の違いはありますが、なんとフェルデナント・ポルシェ博士の設計じゃったとかなかったとか。

 空冷エンジンですね。いまどき空冷。だからヒーター効かんしオイルは食うし漏れるし大騒ぎでした。それから速いとか遅いとかいう以前に、カーブ曲がってアクセル踏み込んだらハンドルが急に軽くなって効かなくなってくるっと回って猫の目になって肝を冷やすし、乗り降りしにくいし。オイル交換に行ったらたしか15Lぐらい入って2万円ぐらいぼったくられるし、煙は吐くし燃費は悪いし、うるさいし内装は安っぽいしで、またまた言いますが、しょせんワシごときが所有できるクルマじゃあなかったんです。ワシはものすごく後悔しました。苦痛でした。ワシは疲れてしまったのでした。

 そして3か月後に、運よく友達が喜んで買ってくれましたので、とっとと売っぱらってしまいました。それから国産車に乗り換えて、平和な毎日がやっと取り戻すことができたのでした。

実際にお金を払って所有したのはこの二台だけです。


 しかし、周りにはいろいろとガイシャ愛好家の友人がおりましたので、ちょっと運転させてもらったり、助手席に乗せてもらったり、ワックスかけさせてもらったりつるんで走ったり競争したりと接する機会はまあたくさんありました。

 何にもついてなくて、ドアノブが紐になっていて驚いた964RS。小型車なのに音だけは勇ましかったオペルヴィータ。それからベクトラ。凍結したフロントガラスにお湯をかけた瞬間に「パキッ」と割れて大笑いしたアウディ(グレード不明)。

 このアウディは左ハンドルでしたのでものすごく運転しにくかった。ワシは無意識にセンターラインを割って走ってしまい正面衝突しそうになりました。あれから左ハンドル恐怖症というかアレルギーで、嫌悪するようになりました。

 それからシルキー6のBMWに頑丈なベンツ。


 感想は概して「思ったほどたいしたことなかった」ということですかねえ。クルマの出来の善し悪しは別にして「ワシには合わない」ということを思い知りました。あれからガイシャには一切手を出しておりませんです。はい。

 なしてかと聞かれても答えようがないのですが、とにかく「ワシはガイシャは嫌い。」「買おうとも思わない。」というだいぶ貧乏人のひがみも入っていますけど、そういうことになった次第です。

 でもね。お金があったら欲しいクルマが一台だけありますよ。乗る乗らないは別にしても「カッコイイ」と心底思ったクルマ。「964のいわゆるポルシェターボ」です。なんで「964」かというと小さくて背が高くてゴシック的で迫力があってポルシェらしいからです。最近の911は好きじゃありませんねえ。何しろ大きい。大きくて平べったくてのぺっとしていてワシにとっての911とはかけ離れてしまいましたから。


 というわけでワシの「ガイシャ経験」は以上なのですが、最近ではワシの住んでいる地方のしょぼい街でさえガイシャをよく見かけるようになりました。ディーラーもないのにどこで買ってくるのか不思議でなりません。

 特に多いのがフォルクスワーゲン。ゴルフにポロにアップに名前知らんけどSUV。アウディも多いです。みんな同じ顔をしていますので区別がつきません。それから小型のBMWにボルボ。ベンツはあまり見かけなくなりました。申し合わせたようにみんな右ハンドルです。ポルシェ、フェラーリは見たこともありません。

 でも庶民のワシにとってはガイシャは高級車です。高級車に乗っている方々はマナー良く運転上手で生活にも心にも余裕があって、クルマを愛していて常に思いやりをもって周りの人に接している。そんなイメージをワシは勝手に持っているのですが、そのイメージや憧れをぶち壊すようなことは絶対にやめていただきたいとうのがワシの願いです。

 お願いですから、ワシのハスラーやキューブをあおらないでください。車間を詰めないでください。割り込まないでください。わざと急ブレーキを踏んだり幅寄せしたりしないでください。狭い道で強引に突っ込んでこないでください。道を譲っても知らん顔して当然のように行ってしまわないでください。ね。


 そういうことはZに乗っているときにしてください。多少はお相手できるかも知れませんので。でも還暦なのであまりいじめないでくださいね(笑)


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