異世界シナリオ戦記

タカハシU太

異世界シナリオ戦記

 その女神は美しくたくましかった。剣を抜くやモンスターどもを次々と倒していった。

「アテナ! 今日こそ、決着をつけてやる!」

 屍と化したモンスターの向こうに悪の女将軍リリスが立ちはだかっていた。その手には古めかしいハンドガンがあり、銃口はアテナに向けられていた。

「リリス……そんな卑怯な手を使っても、お前は私に勝てない」

「寝言は死んでから言え!」

 トリガーが引かれ、銃弾が発射された。しかし、アテナはよけることもなく剣を大きく振りかぶった。弾き返されたバレットは今来たリリスの銃口にすっぽりとはまり、大爆発を起こした。

「今日のところは見逃してやる!」

 煤で顔じゅう真っ黒にしたリリスは捨て台詞を吐くと、さっと姿を消した。アテナは精悍な顔つきのまま堂々と宣告した。

「この王国の平和を乱す者は何びとなりとも、この守護戦士アテナが許さない」


 ……つまらない。書いていてつまらない。

 今、あたしはしめきりを目の前にして焦っていた。異世界短編シナリオコンテストという公募をネットで見かけたのは、1週間前だった。

 あたしは一応、新人脚本家……といっても普段はスーパーのレジ打ちバイトをしている身だ。都市伝説や心霊モノのネット動画ネタをクライアントからボツにされまくっていた頃、たまたまこのコンテストを発見したのだ。まったく知らない団体が小遣い程度の賞金で募集しており、受賞作は漫画動画にするらしい。

 これはやるしかない! 脚本教室を受講していた時からいろいろなシナリオコンテストに応募したことはあるけれど、落選の連続。でも、こんなマイナーなマニアックな、いやニッチな誰にも知られていない公募なら意外にいけるかも。

 だけど、募集形式がシナリオではなく小説なのだ。なぜ? 小説なんて書いたことがないから全然分からない。プロットみたいなのでいいのかな。そもそも枚数だって明確な規定がない。もうやめよっかなーと思ったけど、とりあえず短くても大丈夫ならやってみるか。ここでくじけたら、もう先がないような気がする。

 書き始めていきなり筆が、正確にはパソコンを打つ指が止まった。ファンタジーなんて書いたことがないのだ。気がつけばしめきり前日の夜。ああ、どうしよう。誰か書くのを手伝って!


 まあいい。まずは景気づけにケーキを食べよう。あ、これはダジャレじゃないからね。今日はあたしの記念すべき30歳のバースデーなのだ。専門学校を卒業し、脚本家を目指すと決意して10年。いろんな企画に携わっても映像化は実現せず、書いても自分の名前がクレジットに載らないし、ギャラだって踏み倒されてばかり。それでもひたすら我慢し、恋愛も封印して、我ながらがんばっていると思う。

 バイト先のスーパーで見切り30%オフのモンブランを買ってきた。ダイエットは明日からでいい。毎日、明日からと決めている。キッチンでふたを開けようとした瞬間、手が滑って落としてしまった。半年以上、掃除をしていなかった汚い床にさかさまにつぶれたモンブラン。床に面していない部分なら、まだ食べられると思ったが、フォークで突き立てたら何だか泣けてきた。もういい。誕生日なんて2度と来るな。永遠の29歳でいい。


 コンテストの原稿を書く気も起きず、ふてくされて寝ようとした。

「寝るのはまだ早い」

 ワンルームの万年床からキッチンを見ると、半裸のアマゾネス風の美女が床のモンブランを指ですくって舐めていた。腰には大剣の鞘がぶら下がっている。

「どちらさまですか?」

「異世界王国の守護戦士アテナだ。おぬしの執筆の手伝いに来た」

「はあ?」

「30歳になってもけがれを知らぬ乙女は魔法少女となる。おぬしは魔法を使って私を呼び寄せた」

 夢でも見ているのだろうか。恋愛経験ない歴=年齢の男性は魔法使いなれるという都市伝説は知っているけれど、女性にも当てはまるとは。まあ、いい。手伝ってくれるのなら大いに助かる。あたしは執筆がうまくいっていない現状を相談した。

「ロマンスが足りないな」

 ノートパソコンに向かい、途中までの原稿を読んだアテナと名乗る女性は簡潔に言い切った。

「要はラブ、恋愛要素を入れなきゃ盛り上がらない」

「やっぱりそうですよね……」

「いっそのこと、戦闘シーンもなくしたらいい。白馬の王子様とのイチャイチャしたあま~い話がいいんじゃないか。私のキャラならまさにツンデレだろ」

「えーっ、バトルなくしちゃっていいんですか?」

「正直言うとな、戦うことに疲れたんだ。体がしんどいんだよ」

「でも、悪の女将軍リリスの出番がなくなってしまいますよ」

「あんな脇役キャラ、どうでもいい。それより早く白馬の王子様を出せ」

 言われるがまま、あたしは書いた。その間、アテナはコーヒーを入れてくれたり、肩を揉んでくれたり、いたれり尽くせりだった。こんなアシスタントがほしかった。

 白馬の王子様を登場させた部分を読ませて、アテナは激怒した。

「白馬の王子様って、これ、ケンタウロスじゃないか!」

「一応、名前はケンタロウと名づけました」

 ケンタウロスとはギリシア神話に登場するキャラで、胴体は馬で首から上が人間の上半身という、あの射手座をイメージしてくれたらいい。

「これじゃ、イチャイチャできないじゃないか! 相手は馬だぞ! しかも、セリフはひひ~んだけ!」

「種を超えたラブストーリーってのもありじゃないですか。ファンタジーっぽくて。あ、ファンタジーは応募規定の条件なんで」

 ちなみにこのケンタウロスのケンタロウさんは王国の第二王子という設定。しかし、兄の第一王子が王太子に決まったため、半人半獣にさせられてしまったという悲劇のキャラクターなのだ。


「もういい。私の言うとおりに書け」

 アテナが提案したストーリーは彼女が別の世界……あたしが住む現実の世界にやってくる話だった。アテナにとってはこちらが異世界。そこで人間の男性と恋に落ちる物語だった。

 あたしはいざ書こうとして行きづまってしまった。普段、幽霊やゾンビや殺人鬼なんかのホラーばかり書いていて、恋愛モノはとんと無縁だったからだ。ドロドロ不倫男、借金ギャンブル男、モラハラDVするヒモ男、元カレのストーカー男……どれもアテナには却下された。

「だから白馬の王子様を出せと言ってるだろ!」

「石油王の息子なんていかがですか?」

「おう、知ってるぞ。アラブの王国か。白い装束を着て、ぴったりじゃないか」

「石油と言っても、ど田舎でガソリンスタンドを経営している独身中年男で……」

 アテナはいきなりあたしに関節技をかけてきた。これはかの有名なロメロスペシャルじゃないか! 別名、吊り天井固めと呼ばれる難易度の高いものだ。やるなアテナ、かなりのテクニシャンだ。あたしは両手両足をからめとられながら、のけぞるように上空に浮き上がっていた。

「ただのイチャイチャなんてつまらなくありません? キャラの葛藤もドラマの盛り上がりもなくて」

「じゃあ、今のおぬしの書いている異世界バトルの話は心情が描かれているのか? あたしがただ強くて、敵をバッタバッタなぎ倒すだけじゃないか」

 はい、そのとおりでございます。

「おぬしが恋愛経験ゼロだから書けないのは分かる。だったら恋愛に対する理想や願望を盛り込むんだ」

「う~ん……よく分からない」

「作家だろ。イマジネーションを駆使しろ。バトルだって人殺しだって異世界だって描けるんだ」

「恋をするのが怖いのかな……恐怖の対象でしかない」

「プロでやっていきたいんだろう? だったら、クライアントの要請に応えろ」

 そうだよなあ。だからあたしはダメなのだ。

「もう時間がないから、とりあえずこの作品ではやっぱり元の異世界王国に帰って、戦ってもらえませんかね?」

「いやだ! 私はもう戦うことに愛想が尽きた! おぬしがやらないなら、私自身でやる!」

 やっとあたしはロメロスペシャルから解放された。しかし、アテナは剣を残して部屋から出ていってしまった。こっちの世界で恋愛すると決めたらしく、イケメン探しの旅に出かけたのだ。


 残り半日となり、あたしは執筆をあきらめてしまった。どうせ賞なんて取れっこない。やっても無駄だ。あたしは昼寝をしようと万年床に入った。

 そこへまたしても別の訪問者が現れた。今度は黒い透け透けのセクシーな衣装にプレートアーマーと呼ばれる鎧を部分的に装着した妖艶な美女である。手には旧式の拳銃。ああ彼女がリリスかと、あたしはすぐに受け入れてしまった。

「アテナはどこだ!」

「残念ながら、アテナさんは守護戦士を引退されまして、愛を求めて旅に出ました」

「愛だと? 男まさりでクソまじめすぎるあいつに男なんかできるわけがない。これまでいろんな男が求愛してきたが、けがらわしいと言ってことごとく突っぱねてきたんだ」

「そういえばアテナさんもヴァージンですもんね。でも、心の底ではさびしかったのかも。いつも一人で戦っていましたから」

「私の立場はどうなる? 宿命のライバルがいなければ、物語が終わってしまう!」

「いいじゃないですか。もう戦うこともアテナさんに負かされることもないですから。噛ませ犬を卒業ですよ」

「うるさい! 私はあいつを倒すことだけを生きがいにしてきた! 私の生きる目的が……存在価値が……」

 リリスは大仰なしぐさで天を仰いだり、頭を抱えてしゃがんだりした。いちいちオーバーアクトすぎる。セリフもくさい。

「こうなったら、きさまが戦え!」

「は?」

「あいつの代わりに私と勝負しろ!」


 気づくと、あたしは劇中の異世界王国にいた。魔法少女っぽい衣装に替わっているけど、30歳のあたしにはさすがにきつい。

「よくぞ来た! 今からきさまは私のやられ役。主役は私がもらった!」

 リリスが高笑いしながら、手下のモンスターどもをはべらせて、仁王立ちしていた。

「かかれ!」

 モンスターどもが一斉にあたしに向かってきた。ちょっと待って! 無理無理無理! 思わず手にしていた物を振りかぶると、バケモノたちが吹っ飛んだ。

「?」

 あたしが両手に抱えていたのは、でかくてぶっとい槍のような武器だった。違う。槍じゃなく、どう見ても巨大な万年筆だ。

「さすが物書き。ペンは剣より強し……か。だが、銃には勝てないだろ?」

 銃口を向けられ、あたしは万年筆を捨てると両手をバンザイし、すぐに降参した。


 あたしは磔にされていた。マニアが喜びそうな展開だ。目の前に立つリリスは手に鞭を持っていた。いやいやいや、あたし、そういう趣味はない! それにこのコンテストは全年齢対象じゃないの? こんな描写ダメ!

「きさまは一生、私のしもべだ。さてと、どこから叩こうかな?」

 もうね、リリスが至福の笑みを浮かべていて完全に変態だ。ホント勘弁して! 誰か助けて!

「ひひ~ん!」

 馬のいななきが響いてきた。見返すと、森の奥からケンタウロスのケンタロウさんが颯爽と駆けてくるのが見えた。またがっているのはアテナだ!

「主役はこのアテナだ!」

「今ごろ来ても遅い!」

 リリスは銃を連射するが、ケンタロウさんは華麗によけていった。あたしの横を通り過ぎる際、アテナはさっと大剣を振り抜いた。あたしを拘束していた縄が解けた。

 銃声と同時にケンタロウさんが倒れた。体からは青い血が流れていた。

「ケンタロウ!」

「ひひ~ん……」

 アテナは寄り添うが、ケンタロウさんはあっさり帰らぬ馬となった。

「リリスめ、許さん!」

「やっと目覚めたようだな! きさまに愛は似合わん!」

 アテナが剣で向かっていき、リリスは鞭で対抗した。激しい女のバトルが繰り広げられた。

「アテナ、きさまが本当に愛しているのはこの私だ!」

「リリス、何を言う! 私はおぬしのことなど……もしや、おぬしこそ私のことを!」

「まさか……どうなっているのだ、この展開……」

 アテナとリリスが同時にあたしを見た。あたしはその場でノートパソコンで執筆していた。

「2人はお互いに愛し合ってるのよ! じゃなきゃ、こんなに毎回毎回、戦えないでしょ! どっちか片方がいなくなったらさびしいじゃない!」

「待て! 私はこんな悪の女将軍なんか……」

「同じく!」

「いいから2人とも戦い続けて! こんな美しいラブシーン、最高じゃない!」

「クソ! 作者の思うつぼだ。アテナ、どうする?」

「作者とはまさに神なんだな。世界を作り、人物をあやつる。分かった。作家先生さんよ。私たちは戦い続ける。その代わり、いい作品にしてくれよ」

「オッケー」


 こうしてあたしが書いた『異世界シナリオ戦記』はエンドマークを迎え、ぎりぎり提出に間に合った。結果はどうなるか分からない。それでもあたしは書き続けるだろう。全能の神として物語をつむぎだしていくのだ。

 今日もヘトヘトになってバイトから帰宅し、ひとまず万年床に倒れた。

「作家先生!」

「寝てないでしたくしろ!」

 びっくりして見返すと、アテナとリリスが並んで立っていた。

「異世界王国の王太子ミノタウロスのミノタロウが新国王に即位したんだが……悪政を敷いて暴虐のかぎりを尽くしている」

「今から一緒に来て、戦ってもらうぞ」

 ミノタウロスってことは人間の体に牛の頭か。何なんだよ、いったい。あたしは仕方なくノートパソコンを持ち、アテナとリリスとともに再び異世界へと向かった。

 まだまだ物語は続きそうだ。

                (了)

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