3-9 正しさの価値は

 メイカが意識を取り戻すと周囲は暗闇に包まれていた。

 思うように身動きが取れず、座った状態で硬い柱のようなものに腕ごと上半身を縛られている。

 徐々に目が慣れてくると、空間がそこそこ広いことがわかる。

 部屋というより体育館や工場といった規模の建物内であると思われた。


「あ、お嬢起きたん?」


 隣から場違いに明るい声が聞こえた。

 メイカのすぐ横にはパニィが同じように縛られており、二人ともマネヤンによって捕らえられてしまったようだ。


「よかったぁー! 打ち所悪かったんじゃないかってガチ心配してたし」

「……その、どういう状況か、教えてもらえる?」

「え? ムリだけど? ウチもマネヤンにボコされて今起きたトコ」


 頭を抱えたくなるメイカだが、残念なことに縛られていてはそうすることもできない。

 せめてサクラに連絡をしようと意識を集中するが、ビートリングが出せないことに気付く。


(まさか、腕が縛られているから出せない……?)


 そんな初歩的で致命的な欠陥があるはずないと願うも、ビートリングは一向に出せなかった。

 これではいざというときに変身するどころか、救助の連絡すらできない。

 たびたびシシリィに対して説明不足をなじるサクラを見かけてきたが、その気持ちをようやく理解した。


(というか、あの化け物にシシリィは気付きませんでしたの?)


 パニィがマネヤンと呼んでいた怪物は、一連の強盗事件の実行犯だろう。

 ここ数週間のあいだ出没していたとなれば、シシリィがサイケシスの反応をキャッチしてもいいはずだ。


「……パニィさん、あなたはサイケシスじゃないの? あの怪物は一体なんなの?」


 真剣に問いただすメイカとは裏腹に、パニィはきょとんとした表情のまま軽い口を開く。


「サイケシス? それこそなんなん?」

「それは、その……組織名、グループの名前みたいなやつですわ」

「あー、ね。そーゆーコトならウチはパラノイアだし、マネヤンは怪物じゃなくてヤングレーだよ」

(知らない固有名詞ばかり増えていきますわ……)


 メイカは根気強くパニィから情報を引き出し、なんとか紐解いていった。

 整理するとパラノイアという組織が魔法少女と対立しており、この町で戦っているということだった。

 それを聞いたメイカは情報の詰め込みすぎで脳がもたれるような感覚を味わった。


(どうして同じ町に二つもヒーローと悪の組織がいるの!?)


 もっともな正論だったがそれを指摘してくれるような相手はここにはいない。

 ともあれシシリィがマネヤンを感知しない理由は、相手がパラノイアだったからということだ。

 助けが来てくれるという希望的観測は捨てて、こちらから呼ぶことに尽力するほかない。

 しかし、助けを呼ぼうにもスマートフォンやビートリングは起動できない。


「はぁ、あなたもパラノイアなのでしょう? 拘束の一つや二つ解けませんの?」

「ムリだしぃ……てゆーか日頃の運動不足のせいで足痺れてきたし」

(やれやれ、わたくしたちの戦う相手がこっちなら良かったのに……)


 なんとも情けないパニィの言動に頭がくらくらしてきたメイカ。

 ふと、頭部への違和感に気付く。


(あ――髪、外したままですわ)


 お忍び中にさらわれたので、お嬢さまの代名詞である縦ロールをつけていなかった。

 なくても困るものではないが、メイカとしてはアレがないといまいちお嬢さまモードに乗りきれない。

 むしろ、気付いてしまうと余計にそわそわと落ち着かなくなり、不安が押し寄せてくるようだった。


「お嬢だいじょーぶ?」


 よほど強張った顔をしていたのか、心配そうにパニィがメイカの表情を覗き込んでいた。


(……いけませんわね)


 どんな格好であれ気丈に振舞ってこそのお嬢さまである。

 メイカが目指しているのはこういう状況で怯える等身大のお嬢さまではない。

 虚勢だろうと常に高笑いをあげるようなお嬢さまらしいお嬢さまだ。


「オーホホホッ! この程度のことでどうにかなるような育ち方はしてませんことよ!」

「ウェーイ、メンタルつよつよじゃーん!」


 パニィの反応が良いおかげでメイカも空元気が出てきたようだった。

 いつものノリを取り戻したところで、パニィがハッとして口を開く。


「ウチ、お嬢に謝らんといけないコトがあるんだった」

「何かしら」

「お嬢に取ってもらったわるくま、汚しちゃったんだ……ゴメン!」


 謝られるほどのことではなかったが、メイカは複雑な気持ちになっていた。

 散財しながらクレーンゲームと格闘したり、こうして一緒に縛られているパニィからは悪の素養をまったく感じない。

 しかし、マネヤンを生み出したのは彼女だというし、それを悪用して金を奪っていたのは事実のようだ。


(根っからの悪党には見えませんわよねぇ……)


 無自覚だろうと犯罪は犯罪である。

 メイカがどのようにパニィを評価しようと、それは覆ることはない。

 しかし、ぬいぐるみのことに関してならメイカにも裁量がある。


「そんなに大切に思ってくれるなら取ったかいがありましたわ」

「えっ、おこじゃないの?」

「百円で取ったぬいぐるみに価値を感じてくれるなら、それはとても素晴らしいことですわ」

「……百円の価値」


 思うところがあるように言葉を反芻するパニィ。

 そのとき、ガラガラとシャッターが開く音とともに空間へ薄明かりが差し込んできた。


(誰? ――というか、もう夜でしたのね)


 時間の経過を感じながらメイカは人型のシルエットに目を凝らす。

 しかし、それは動きからして人間ではないことがわかった。

 一挙手一投足に違和感が残り、そのわずかな不審は胸の電光掲示板で確信に変わった。


「マネヤン!」


 隣でパニィが無邪気な声を上げる。

 マネヤンはサンタクロースのように大きな袋を担いでおり、重さなど苦にしない様子で軽快に近づいてくる。

 言葉も表情も読めない相手に不気味さを感じて黙り込むメイカとは異なり、パニィは甲高い声で必死に言葉を投げる。


「ごめん! ウチも悪かったからこの縄解いて! 仲直りしよ!」

「ヤーン」

「ちょ、そんなこと言うなし……てか、それ……」


 マネヤンはパニィの言葉など意にも介さない足取りで目の前を通り過ぎ、袋をどさっと床に置いた。

 袋の口からは札束や硬貨があふれ出し、マネヤンはそれを少しずつ身体へと押し付け、体内に取り込みだした。


「ねぇ、そのお金……」

「ヤーン」

「とってきたって……どこから、どうやって……」

「ヤーン」

「……うそ」


 パニィはそれ以上追及することなく口を閉ざした。

 出所の怪しいお金を身体に塗りたくるように吸収していくマネヤン。

 異様な光景に頭が真っ白になるメイカだったが、いつの間にかマネヤンが手を止めてメイカの方を向いていることに気付いた。

 無表情、というか顔のないマネヤンの考えはまったく読めない。

 メイカは焦って上ずりそうになる声を誤魔化すように早口でパニィに問いかける。


「パ、パパ、パニィさん? あの方はわたくしに何か御用ですの?」

「わかんない……マネヤン、どしたん?」


 マネヤンは大量の札束を一旦放置し、のそのそとメイカのそばへと歩み寄ってくる。


「ヤーン」

「……なんと言ってますの?」

「えー、お前は人質だ。身代金を要求するから協力しろ」


 パニィが通訳を終えた途端、マネヤンがメイカの頭へ手を伸ばしてくる。

 人質というからには危害を加えることはないと思うが、無言で手を出されるのは怖すぎる。


「パパパパ、パニィさん!? この方はわたくしに何をなさるおつもり!?」

「ヤーン」

「この空間は魔力で通信遮断をしているが、今からお前だけそれを解除する――え、マネヤンそんなことできたん?」


 マネヤンの手のひらの感触が頭部へ伝わる。ひんやりとした不思議な触感が気味悪さを増長させる。


(こんにゃくを頭に乗せられてる気分ですわ……いや、それよりも――)


「あのマネヤン様……? わたくし手が使えないと連絡することができませんわ」

「……ヤーン」

「いいだろう。拘束は解いてやるが、余計なことはするな」

(本当にそんな長いこと喋ってますの?)


 些細な疑問はさておき、手の拘束を解いてもらうことに成功した。

 しかし、下手なことはできないというのが正直なところである。

 メイカだけでは変身したところで満足に戦うことはできないだろうし、マネヤンの力量もメイカはわからない。


(でもサクラに連絡ができれば……)


 メイカはスマートフォンを取り出しながらビートリングを起動する。

 どちらも発信先は桃瀬サクラだが、ビートリングなら声を出さずに話ができる。


「ねぇ、ウチも腕疲れたから縄解いてほしーんだけど……」

「ヤーン」

「え、ただの通訳で生かされてんのウチ!?」

「ヤンヤーン」

「うるさい、お前は用済みだって、いや冷たくない?」

(確かに冷血というか、そもそも血が流れてますの――って!?)


 マネヤンがパニィの頬を真横から平手打ちした。

 迫力の乏しいベタンという音とは裏腹に、強引な力でなぎ倒されるパニィ。

 赤みがかった頬を押さえることもできずに、パニィは小刻みに震えている。

 それを見た瞬間、メイカの頭の中で何かが吹き飛んだ。


「何をしていますの!? あなたたち、仲間ではありませんの!?」


 威勢よく啖呵を切ったところで、サクラと詳細に話す絶好のチャンスをふいにしたことを後悔する。

 メイカ自身、どうしていきなり庇うような行動に出たのかはわからない。

 この怪物を作り出したのはパニィなのだから、いわば自業自得である。

 ただ、パニィがどうしようもなく悪かったとしても、彼女を悪人と断ずることはできなかった。


(一度、マネヤンから助けてくれた恩もあります。罪を憎んで人を憎まず、ですわ)


 それは言い訳でもなんでもないメイカの本心だった。

 どこまでやれるかはわからないが、メイカはビートリングを前へと突き出す。


「ダメっ……お嬢、ウチはいいから!」

(……この子は、わたくしがヒーローとして戦った後も同じ立場でいてくれるかしら)


 一抹の寂しさが胸をよぎり、メイカはビートリングに力を込める。

 そのとき――




「サクラメントシュート!!」




 薄暗かった屋内にピンク色をした光の奔流が注ぎ込んだ。

 突如として明るくなった視界に目が眩むメイカのもとに、耳慣れた少女の声が届いた。


「スリに強盗、空き巣に万引き。脅し恐喝、営利誘拐!

 お金に染まったあなたのハート、愛でいっぱいにしてあげるっ!」


(ん――?)


 徐々に慣れてきた目に映るのは、スカートを翻すピンクの少女。

 おかしい。戦隊のヒーロースーツにスカートは存在しない。

 メイカの違和感はどんどんと高まり、少女の名乗りで頂点を迎える。


「魔法少女ピンキーハート、ただいま参上!」


(――――どなた!?)

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