2章 初めての収録!②
椅子に座っている絶望した顔の私に向かって、容赦なく同期の女の子は言ってくる。
「あんたさ、プロ意識無さすぎじゃない」
その通りだ。初めての収録とはいえ、紙をめくる音、お腹の音と初歩以前のミスをやらかした。そして無事にやろうとして無難にすらならない演技をしてしまった。
演じられていない。
全くもって演技ができていない。
「グループ解散は同情するけど、まずは目の前の仕事よ。一つ一つの仕事をしっかりとこなさないと次はないから」
彼女の言う通りだ。
「選ばれたあなたはもういない。自覚を持ちなさい」
新人だから、教わってないから、じゃない。
ここに来たからには、もうプロでいないといけないんだ。
切り替えろ、演じろ、集中しろ。
「そんな自覚がないなら辞めちまえ。席に座ろうとする人が少ない方が、私は嬉しいわ」
「……」
「ねえ、聞いているの?」
「ごめん、黙って、今集中しているから」
「なっ!? もう知らないんだから!」
切り替える、切り捨てる。
私を捨てる、モブになる。
私はいない。モブだ。
私はいらない。
すーっと静かに、でも確かに気持ちが入り、指示される前にマイク前に立つ。
「始めましょうか」と言う声が聞こえ、流れてくる映像を眺める。
ヒロインが目の前に現れ、気持ちが揺れる。
生徒Aの声が聞こえる。
あー、マジムカつく。イラついている。
『ねえ、あんた調子に乗りすぎじゃない?』
声は自然と出る。
どうしようもなく、目の前のヒロインが憎い。
選ばれた彼女が憎い。選ばれなかった私にイライラする。
『健治はあんたには相応しくないんだから身を引きなさい』
できない自分が嫌だ。
できない自分じゃ駄目だ。
…………。
「OKです、ばっちりです」と声が聞こえ、現実に戻る。
ヒロインはいない。生徒Bであるのは終わり。
振り返り、切り替える。
「何度もすみませんでした、ありがとうございました!」
ガラスの向こうのスタッフにペコペコとお辞儀する。
横を見ると、岩竹さんはいち早くリュックを背負っていた。
「岩竹さんも色々とありがとう」
「……ふん」
言葉になってない返答で、彼女はその場を後にした。
テスト1回、本番4回。それもたった二言のモブキャラだ。
納得のいく結果ではない。
これが私の現在地。
収録前と同じように、もう一度扉を開け、挨拶をする。
「シングルグレイスプロモーションの瀬名灯乃です。本日は何度も間違えてしまい、申し訳ございませんでした! 本日はありがとうございました」
こうして私の初めての収録は終わったのだった。
× × ×
家の近くの公園のブランコに座る。
漕ぐわけでもなく、ただ足を浮かせ、意味もなく揺られている。
外は夕方を過ぎ、真っ暗で誰もいない。
「……ダメダメだったな、私」
作法も知らないし、演技以前の問題が多すぎた。
1分もかからない収録のはずなのに、30分もかかってしまった。
プロ、なんだ。
もう妥協も油断も許されない。
なのに、所詮モブだからとどこか思っていた。
ミラさんと同じ舞台に立つような仕事じゃない、つまらないもの。
でも、同期の岩竹さんが言った通りだった。
まずは目の前の仕事。
その通りなんだ。夢にはすぐにたどり着けない。たどり着けるはずがないんだ。
けど、1年。
ミラさんが引退するまで1年しかない。
「絶望的だよね……」
真っ暗な空に溢す言葉は何も影響を与えず、消える。
その暗闇は夢も気持ちも、全部全部飲み込んでしまうだろう。
……そろそろ帰ろう。
そう思い、地面に足を着き、立ち上がる。
風が、強く吹いた。
「やぁ、若人。こんな遅い時間に一人なんて危ないぞ」
そこには憧れの声優がいた。
「ミ、ミラさん? どうしてここに」
「ん? 特に理由も無く、夜の散歩だ」
「ご近所なんですか?」
「そこそこ近い」
そういって、彼女は隣のブランコに座ってきた。突然の再会。けれど、さっきまでの凹んでいた気持ちでテンションはあがらない。
「落ち込んでいるな」
それはミラさんにもバレバレで、「……はい」と頷いた。
「舞い込んできた収録のことか?」
「はい、その通りです……。私、駄目駄目でした」
「まぁ、最初はそんなもんだよ」
「それじゃ、駄目なんです」
時間がない。共演するために残された時間は、もう1年も無い。
「セナは売れっ子声優にならなきゃ、アリーナに立つような歌手にならなきゃいけないんです。ミラさんに並び立つぐらいに輝かなきゃならない。でも、私は駄目駄目で」
「そんなに私を褒めてくれるのは嬉しいが、その目標はそこまでしなきゃならないことなのか」
「この夢は絶対です」
その夢は、他では代用できない。
そんな頑固な私を諭すわけでもなく、ミラさんは優しく聞いてきた。
「瀬名。どういう所が駄目駄目なのか、わかっているのか?」
「……わからない、です」
「うむ」
「いえ、違います、そういうことじゃなくて、何が駄目なのかわからないところが駄目なんです」
経験値、知識がなくて、わからないことが多すぎる。
何をどう努力したらいいのか、わからない。
それが今の私の駄目なところ。
……可愛さ以外の全部といっても過言ではなくて、問題は多すぎる。
「わかった」
ブランコから降り、立ち上がった彼女は言った。
「ならもう一度言おう。瀬名灯乃、私の従属になれ」
「……だからなんですか、その従属って」
「今度こそきちんと説明するからな」とニヤリと笑う彼女の眼が赤く光った気がした。
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