4章 世界から外れた存在④
じりじりと空へ近づき、そして頂点に達したところからいきなり急降下する。
「きゃあああああああああああああ」
「いいぞ、その声のまま演技しろ」
「で、できませーーーーーーーん!」
ジェットコースターに乗りながら演技なんてできるわけない!
「ぜえぜえ……」
「ただ楽しむだけになったじゃないか。もう1回乗るぞ」
「えぇ……」
私とミラさんは今、遊園地に来ていた。夕方からの入場のため、料金は安く、人も少なく、ほぼ待たずにアトラクションを楽しむことができる。
デート。
ミラさんはデートといって、私を遊園地に連れてきた。
けれども、
「これのどこがデートですか! 特訓じゃないですか!」
「あ、バレた?」
素直に認めるも釈然としない。私の純情を弄ぶ吸血鬼め……。
「アトラクションで発声することで特訓になるんですか?」
それに『特訓』という言葉も怪しい。私の怯える姿を見て、楽しんでいるだけじゃないか。
「いい練習になるよ。アトラクションに乗りながら演技できるようになる、つまり精神を追い詰めることで意識せず、ある程度無意識で声を扱えるようになるということだ」
「わかりました、わかりましたけど、絶叫していちゃ演技どころじゃないです!」
「じゃあ次は高飛車なお姫様を瀬名の声に近づけつつ、行こうか」
「行こうかじゃないです! 私、絶叫系苦手なんです!!」
このままではミラさんが納得いくまで乗せられそうなので、必死に抵抗する。
「仕方ないなー。別のにしよう」
そう言って、ミラさんが連れてきたのは……、
「高い、高い、高いって!」
「せーなー、演技ー」
「騙しましたわね、ミラ! 全然怖くないって嘘おっしゃい。あー高い、高すぎますわ!」
「うん、悪くないぞ」
乗り物が上にせりあがっていき、
そして、
重力に従って、真下に落ちた。
「きゃあああああああああああああああああ」
「あーあー、戻っている」
フリーフォール。これも同じく絶叫系と呼ばれるアトラクションだった。
乗り物から降りた後も、足が覚束ない。
「あなたは何度騙したら気が済むんですか!」
「いいぞ、降りた後も演技を続けられている」
「そういうことじゃないですからー! 次は私が乗るもの決めさせてもらいますわ!」
「えー、つまらないー」
「つまらなくないですの!」
こんなひどいデート認めない!
× × ×
愉快な音楽が流れ、馬や荷馬車が光に包まれ、回転する。
「これ、これだよミラちゃん。たのしぃーね」
「物足りない……」
「いいの。もっとたのしも、ミラちゃん」
ミラさんは不満な顔だが、私にはメリーゴーランドぐらいのスピードとのどかさがちょうど良い。ちなみに私が今演技しているのは「幼稚園児の女の子」という設定だ。
「ミーラちゃん」
「なんだよ、ミイラに聞こえるぞ」
「きゅうけちゅきってたいへん?」
「どうだろうな、慣れた」
「さびしい?」
「……寂しくないさ」
少しだけ間があった。
ようじょの演技も疲れたので、普通に戻す。
「せっかくのデートなのに変な演技ばかりさせられたら、ロマンチックの欠片もありませんね」
「じゃあ、ロマンチックなのに乗るか」
そういってメリーゴーランドの次に乗ったのは、
「いや、コーヒーカップって」
「対面だと話しやすいだろ」
聞きたがっているけど聞けないでいた私に、向き合う時間をくれた。
彼女の厚意に甘え、私は口を開く。
「ミラさんは本当に吸血鬼なんですね」
「証明はできないがな」
「でも普通の人間じゃなくて、吸血鬼の方が納得いくんです。あのトーク力も、演技力も、歌唱力も25歳じゃなくて、浮世離れしていて、同じ人に見えなかった」
「……吸血鬼であっても演技力、歌唱力は変わらんけどな」
「それでもですよ。声は生きた証を示すものなんです」
「生きた、証か」
あまり回らないコーヒーカップ。心だけぐるぐる回って、近くにいる先輩の顔を直視できず、自分の足元を見ながら言った。
「ミラさんは……病気の人、怪我した人を吸血鬼にして、治すことはできるんですか」
「……できるよ。現に私がそうやって吸血鬼になった」
事実は証明できない。けど、ミラさんのその悲しそうな表情が嘘を言っているようには見えなかった。
「村で流行っている伝染病を治すために隣町に薬を買いにでかけたんだ。その帰りに、崖から落ちて大怪我をした。いや、そのままだったら確実に死んだだろう。そこに吸血鬼が現れたんだ」
彼女も元は普通の人間だった。
「『生きたいか』と言われ、『死んでもいい。でも村の人に薬を届けるまで死ねない』と私は答えた。その吸血鬼は笑ったよ。そいつの血を飲まされ、私の傷はみるみるうちに治っていった」
ミラさんは吸血鬼になり、怪我から回復し、生きることができた。
「でもな、急いで村に戻った私が見たのは焼かれた村だった」
「そ、そんなっ」
「私がついた時にはもうすべてが終わっていた。伝染病を治すのではなく、これ以上広がらないために根絶やしにしたんだ。家族も、友人も、村の仲間も、飼っていた動物だって全部灰となった。すべてを奪われたんだ。死ねない私を残して」
「ミラさん……」
壮絶な過去に、何を言っていいのか、ただ彼女の名前を呼ぶしかできない。
「死んだ人間を生き返らせることはできない。私は、人間の理から外れただけだった。すべてが終わった後では無意味だった。もっと早く着けば……と思ったが、そうしたら瀕死の人々を吸血鬼に変えただろうか? わからない。崖から落ちなかったら薬を届けられた? 結局変わらなかったかもしれない」
どう足掻いても無駄だったのかもしれない。それでも、と悔いる気持ちは一生消えない。
「けど、100年も経てばそんなの気にしなくなった。もうどうしようもないんだ。なら、これからを考えるしかない。世界に干渉せず、自分勝手に楽しむ。世界を転々として、色々な物を見る。私だけしかできないことだ」
でも制約はあった。
「あまり関わってはいけないんだ。いつかは離れなくちゃいけない。ずっとは無理なんだ。私は変わらない存在。変わる存在と同じ時を過ごすことはできない。関わりすぎると離れるのが、その分余計に辛くなる」
ミラさんは同じところに留まらず、世界の陰に隠れ、旅人のように過ごした。大きく干渉せず、関係を持たず、陽の当らない日々を送った。
……本当なのか?
――じゃあ、私は何だ。
「もうそろそろ時間だな」
「最後にもう一つ、乗りましょう」
ミラさんが可愛らしい腕時計を見て、話は終わりだと言わんばかりに帰ることを提案したが、私は拒んだ。
私が指さしたのは観覧車だった。
このまま帰してはいけない。もっと話を聞きたかった。
「……」
「……」
なのに、ミラさんの過去を聞き、なかなか言葉にすることができなかった。観覧車の中はただただ沈黙だけが存在した。
ゆっくりと揺れ、高度を上げていく。ただ何も起こらず、夜空に近づく。
「瀬名」
名前を呼ばれた。
真っ直ぐに彼女を見ると、ミラさんが何ともいえない表情をしていた。切ない過去を語り、寂しい運命を話した。そして、これから去る未来が避けれないこともわかった。
私とミラさんは同じ時を生きていない。
でも、今ここだけは、この空間だけは私しかいなかった。
同じ一瞬を生きていた。
秘密を共有した私と、打ち明けてくれたミラさんの二人だけ。
「いいか」
……な、何がいいの!? 身体からじわっと汗が噴き出る。
ミラさんが移動し、わざわざ自分の隣に座る。
ふと横を見ると、ミラさんの顔が近い。
近すぎる。
長い睫毛。透き通るような白い肌がちょっとだけ朱く染まっている。その瞳はカラコンが入っているのだろう、本来の赤味はおさまっているが綺麗だと素直に思った。真っ暗な中で煌めく銀色の髪はいつ見ても感心してしまう。
近かった。
それ以上近づかれると、この鼓動の早さがバレてしまう。
あれ、これってキスされるの?
「瀬名」
もう一度名前を呼ばれる。
もしかしてを確信に変える。
覚悟を決めた。
「いい、ですよ」
震える唇で、認めた。
彼女が私に近づき、思わず目をつぶった。
「…………」
…………ん? 何もしてこない。
と思ったら、右腕の服の裾をめくられた。
「何、目をつむっているんだ? じゃあ腕噛むぞ」
「ロマンのカケラもないですね、この変態吸血鬼!!!」
彼女の正体を知っても、彼女の過去を知っても、彼女は彼女で、私の知っているミラさんだった。
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