灼熱竜王ゴッドレックス


 ――なんじ、力と知恵に優れたる者、神の身許みもとに来たれ――



 *   *   *   *   *



 光の閉ざされた世界の中、炎の山が時折噴き上げる火花だけが暗黒の空を気まぐれに照らす。侵略者の哨戒しょうかい円盤が不気味な飛行音を引いて飛ぶ下で、僅かに生き残った夜行性の恐竜が餌を求めて地上を駆け回る。


「ちょっ、ちょっと、待ってよ、リク!」


 リクは幼馴染のソラの手を引いて走っていた。寝静まった夜道を照らすのは、ヘルメットにくくり付けた光電こうでん松明たいまつの弱々しい明かりのみ。


「待ってってば、どこに行って何する気!?」


 ソラがぐいっとリクの手を引いた。彼が足を止めて振り返ると、ソラは傷んだ黒髪を振り乱しながら、彼の目を睨んで訴えてきた。


「わかってるでしょ!? 哨戒機しょうかいきが飛んでるんだよ。すぐ見つかって殺されちゃうよ!」


 寝間着がわりの白いワンピースの胸元で、いつも肌身離さず身につけているという、お守りの輝石きせきが揺れている。


「そのを倒しに行くんだよ。そしたらもう、恐竜達も俺達も殺されなくて済むだろ」

「何バカなこと言ってんの!? ちょっと輸送機のパイロットに選ばれたくらいで、いい気になって。あたし達、まだ14歳だよ!? どうやってアイツらと戦うのよ!」


 ソラの顔は今にも泣きそうだった。だが、リクは構わず彼女の手を引いたまま、すぐ近くに迫った炎の山を指差した。リクには自信があったのだ。は本当だと。


「決まってんだろ。この山に眠る神様を呼び起こすんだよ!」

「神様って……あれは伝説でしょ!?」


 かつて邪悪な侵略者からこの世界を救ったと伝わる、偉大なる恐竜神きょうりゅうしん。恐竜人類の守り神。炎の山が今も時折火花を噴き出すのは、そこに眠る神が死んでいないあかしなのだと。


 その時、上空から不気味な機械音が響いたかと思うと、青白い光が彼方の空から二人を照らしてきた。――侵略者の哨戒円盤だ!


「ヤベエ、見つかった!」

「だから言ったじゃない!」

「行くぞ、ソラ!」


 リクはソラの手を強く握り締め、炎の山へと走った。巨大な円盤が二人を追いかけてくる。――駄目だ、追いつかれる!


「リク、そこ!」


 走りながら、ソラが目の前の地面を指差した。そこには小さな竪穴たてあなが開き、二人を招くように轟々と風音を立てていた。

 迷っている余裕はない。リクはソラの身体を引き寄せ、竪穴へと飛び込んだ。

 深い深い奈落の底へ、どこまでも落ちてゆく感覚。


「リク、おかしいよ。今のあたし達、落下の速度がすっごく遅い。きっとこの空間には、重力を操るテクノロジーが――」


 意味のわからないソラの言葉を聞いている内に、リクの身体は冷たい床面へと叩き付けられていた。

 隣に着地したソラの手を引いて立ち上がらせた時、リクの眼前の空間は突然、炎を思わせる赤い光に照らされた。


「!」


 物々しい祭壇の上に、巨大なの姿が見える。壁面の赤い灯りが揺れ、巨大なの影を床に浮かび上がらせていた。


「これが……神様……?」


 二人の眼前にそびえる姿――それは、ティラノサウルスを象った巨大な人工物だった。

 真紅の輝きを放つ鋼鉄の肌。たくましい両脚と太い尾。雄々しい頭部に生え揃った白銀の牙。


「リク。これ、神様じゃないよ。どう見ても機械だよ」

「そうか……そういうことだったんだ」

「なに一人で納得してんのよ!?」


 リクは祭壇を駆け上がり、何かに導かれるように、その巨大な恐竜の頭部へとよじ登った。彼がそこに来るのを待っていたかのように、頭部に備え付けられた操縦席コクピットのハッチが白い煙を吐き出しながら開き、彼を内部へと迎え入れた。


「神の身許みもとに来たれっていうのは、この機械ロボットを動かせってことだったんだ!」


 目の前の操縦桿スティックを握ると、機体に宿る灼熱の闘志がリクの心に流れ込んでくるかのようだった。


「よぉぉし……! そこで隠れてろ、ソラ! 片付けてくるからよ!」


 目を見開いて機体を見上げているソラに言い残し、リクは操縦桿を押し込む。何百年ぶりか、何千年ぶりかの灼熱の咆哮を上げ、機体は彼の意志に応えた。


『ギャオオォォォッ!!』


 地上に飛び出すと、待ち構えていた多数の侵略円盤が一斉に彼の機体を取り囲んだ。雨あられと降り注ぐビームの弾幕を避け、リクは機体を敵に飛び掛からせる。白銀の牙が円盤を噛み砕き、激しい爆発の衝撃が操縦席コクピットを揺らした。


「レックス・ソニック!」


 機体は二本の脚で大地を踏み締め、迫り来る円盤群に向かって苛烈かれつなる咆哮を放つ。衝撃波の渦が敵を飲み込み、爆発の連鎖が拡散していく。

 だが、リクの歓喜もそこまでだった。敵の基地から無数に出撃してくる円盤が、次々と四足歩行の恐竜のような姿に変形して襲い掛かってきたのだ。


「くっ! くそぉっ!」


 多勢に無勢の勢いで押し倒され、リクの機体は地面に倒れ込む。上空から無数の円盤がビームの銃口を向けている。


「やっぱり、バカな俺には……無理なのか……!?」


 リクが悔しさにコクピットの画面を叩いた、その時。


「リク、これを!」


 キャノピーの外からソラの声が彼の耳に飛び込んできた。彼女が何かを投げ渡してくるのが見え、リクは咄嗟にキャノピーを開いた。それは、ソラが肌身離さず持っていた筈の、お守りの輝石だった。


「どういうことだよ、ソラ!?」


 彼女は息を切らしながら、リクに向かって叫んだ。


「それをコクピットに差して! 祭壇の石版に書いてあったのよ!」


 円盤の銃口がソラを狙う。リクは咄嗟に機体を立ち上がらせてソラを庇う位置を取り、そして、神の意志に導かれるように、輝石をコンソールのスロットに叩き込んだ。

 瞬間、まばゆい真紅の光が、操縦席コクピットから天地に溢れ出す。


『人の子よ。遂に我を目覚めさせたか』


 リクの耳は聴いた。意識の奥底に訴えるかのような厳かな声を。


『今こそ、この機体に眠る真の力を解き放つ時だ。叫ぶのだ、神格変形ゴッドライズと!』


神格変形ゴッドライズ!」


 炎の山から灼熱の火焔が噴き上がり、リクの機体は鋭く大地を蹴って宙に舞った。

 そして、機体の姿が。獰猛な肉食恐竜の姿から、人の如き五体を備えた精悍な神の姿へと。

 雄々しく大地を踏み抜く両脚。ぎらりと敵を見据える双眼。

 ティラノサウルスの太くたくましい尾が、真紅のドリルと化して神の右腕で唸りを上げている。


灼熱しゃくねつ竜王りゅうおう! ゴッドレックス!』

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