第24話 最強パーティー、失墜する

 ――こいつは、今、何を言った?


 終わり? 僕の『エインフェル』が、終わっている、だと?


「わからんか? いや、わかりたくないのか。滑稽だな、ヴァイス!」

「何を、おまえは何を言ってる!?」

「良くも悪くも目立ちすぎたんだよ、おまえ達は。もはや『エインフェル』の没落とおまえの厚顔無恥は広く知れ渡ってしまった。今まで周囲が従ってきたのは、あくまでも『エインフェル』が順調だったからだ。だがそれがなくなれば、当然、そうはいかなくなる。……沈むと分かっている船に、いつまでもしがみついている人間などいるものか!」


 こいつ……、いちいち癇に障る!


「いつになく饒舌じゃないか。ありもしない話をそんなにベラベラと!」」

「ハッ! ありもしないと来たか! 笑わせる! ……なぁ、ヴァイス、おまえ、死んだBランク二人の仲間に、金を払ったそうだな?」

「それがどうした。連中、責任を取れといつまでもうるさかったからね。僕はわずらわしいのは嫌いなんだ。多少の出費でそれが回避できるならどうということは――」

「フッ、フッフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 ザレックは急に笑い出した。


「何がおかしい!」

「とんだお坊ちゃんだな、おまえは! 連中がその程度で矛を収めると思ったのか!?」

「すでに終わった話だろうが!」

「おまえにとってはそうなんだろう。だが『千里飛翔の鷹』は違うぞ。奴らはおまえをいい金ヅルとして見ている。これからだ、これからだぞ! 奴らは貪欲だ。たった一回金を払った程度で、奴らの言う『賠償責任』が終わるワケがないからな!」

「だったらもう払わなければいいだけだ!」

「金を払う前ならばそれもできたな。だが今はどうだ? もう払ったあとなんだろう? おまえは自分の責任を認めたことになるんだよ! そのおまえが、今後金を払わなければ、奴らはおまえが責任を放棄したとしてそれを街に吹聴するだろう! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 何だそれは。何だそれは!

 そんな薄汚い連中が、そんな、金の亡者のような存在がいていいものか!


「そんな連中は、冒険者じゃない!」

「違うな! そんな連中だからこそ、冒険者なんだ!」

「…………ッ!」

「甘い、そして若い! あまりに青すぎる! 理想しか見えていないようじゃないか、ヴァイス! 冒険者をサーガの英雄か何かと勘違いしてるんじゃないのか!」


 サーガに語られる英雄。

 苦難を乗り越えて、歴史に刻むべき栄光を手にする英雄。

 それは――、僕だ!


「ハハハハハハハハ! 神にでも選ばれたつもりか、おまえ如き若造が!」

「そうだ、僕は神に選ばれている!」

「違うな! 俺は知っているぞ。本当の『選ばれた存在』を! 無論、それはおまえではない! そいつに比べればおまえなど、イキがっているだけの凡夫よ!」

「貴様――――!」


 凡夫。

 この僕を凡夫と言ったのか、この無能は?

 いいだろう。君がそこまで死にたいというのならば、ここでそれを叶えて――


「もうやめるのよ、二人とも!」


 だが剣を抜こうとしたそのとき、今まで見ているだけだったクゥナが割って入ってきた。

 こいつ、僕にしがみついて、クソッ!


「邪魔をするな、クゥナ! おまえはどっちの味方なんだ!」

「ヴァイスにーちゃんの味方だけど、それはダメなのー!」

「うるさい、放せ。放せェェェェェェェ!」

「クッハッハッハハハハハ! ……クゥナよ。おまえもその男を見限ったらどうだ? 『エインフェル』はもうダメだ。おまえならば分かるのではないか?」

「勝手なこと言わないでほしいのよ! とっとと帰れー! なのよ!」


 クゥナの反論を受けて、ザレックはまた哄笑を部屋に響かせた。


「ハッハッハッハッハ! ああ、ならばもう言うことは何もない。それにヴァイスの愚かしさも堪能できた。二回の突入分の報酬とするには十分だ」

「ザレックゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「ダメなの! ヴァイスにーちゃん! 落ち着いてなのよ!」

「ハッハッハッハッハッハッハ! ハーッハッハッハッハッハッハッハ!」


 ザレックが去っていく。僕はそれを追いかけようとするが――


「邪魔をするな、クゥナ! 僕を放せェェェェェェェェ!」

「ダメ――――! クゥは絶対放さないのよ――――!」


 クゥナがしがみついたまま離れない。

 クソ、ザレックの笑い声が遠ざかっていく。クソ、クソ、クソッ!


「ザレック――――ッ!」


 部屋に、僕の叫びはこだますることなく消えて、そして一分ほど。


「……ヴァイスにーちゃん」


 やっと、クゥナが僕から離れる。


「クゥナ」

「ヴァイスにーちゃん、あの、ごめ――」


 僕はクゥナの頬をひっぱたいた。


「あ……」

「何故、離さなかった。あの無礼者を切り捨てられなかったじゃないか」

「ヴァイスにーちゃん、でも……!」

「口答えをするのか? そうか、おまえも『エインフェル』を捨てるのか」

「そんなこと言ってないのよ! でも、あのときはああしなきゃ……!」

「黙れ! 『エインフェル』なら僕に逆らうな! 僕を止めるな!」

「ヴァイスにーちゃん!」

「『エインフェル』は僕だ! 僕が『エインフェル』なんだぞ!」


 アイテムを買ってくることもできず、今こうして僕に逆らった。

 ザレックだけじゃなかった。

 僕が使うに値しない役立たずの無能は、ここにもいたんだ!


「クゥは……」


 もはや話すことはない。

 僕はクゥナの言葉を聞くことなく、部屋を出ていく。


「ヴァイスにーちゃん!」


 クゥナが僕を呼ぶが、聞こえない。無能の声など聞こえない。

 僕が話を聞いてやるのは、僕が使うに値する人間の言葉だけなのだから。


「ヴァイス、何かありましたか?」


 外へ出ると、戻ってきたばかりのリオラと出くわした。

 僕はリオラに尋ねた。


「リオラ、君は僕のために、『エインフェル』のために死ねるか?」

「ええ。いつでも」


 穏やかに微笑み、彼女はうなずく。

 それを見て、僕の中で一つの決意が生まれた。


 そうだ。

 この街が『エインフェル』を見限ったというのならば、僕だって見限ってやろうじゃないか。誰もが反論しようのない功績を打ち立てて、そのあとでこの街から出ていってやる。後悔させてやる。


「リオラ、戻ってきたばかりで悪いけど、ついてきてくれないか」

「分かりました、ヴァイス。それで、どちらに?」

「――“大地の深淵”に行く」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ウルラシオンダンジョン――地下六十七階。

 “天地万華鏡”も終わりが近い。あと二つ下がれば、“無辜なる砂漠”だ。


「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 そこは密林だった。

 暑苦しい空気の中で、モンスター数十匹の群れが僕達へと押し寄せつつあった。

 だが、それがどうした。


「リオラ、バフを。あとはそこで見ててくれ」

「分かりました」


 リオラが僕に肉体強化のバフ魔法をかける。

 力が湧いてくる。何物にも負けないという万能感が僕を満たした。


「そうだ――」


 僕はモンスターを斬った。


「そうとも――」


 僕はモンスターを斬った。


「これが――」


 僕はモンスターを斬った。


「これが『エインフェル』の力だ!」


 見ろ。僕には誰もかなわない!

 地下六十階以降の、Aランクに分類されるモンスターだってこの通りだ。


 雑魚だ。

 みんな雑魚だ。

 みんなみんな、どいつもこいつも、雑魚ばっかりだ!


「僕は英雄だ! 僕は英雄だ! “英雄位”になれるのは僕だけなんだ!」


 僕はモンスターを斬る。斬る。斬る。斬って――


「“英雄位”になるのは、この僕なんだ!」

「ええ、ヴァイス。あなたならば必ずなれますわ」


 街の連中が『エインフェル』を見くびるならば、僕が“英雄位”になって見下し返してやる。そうさ。それだけの話だ。単純な話だ。あまりにも簡単なことだ。

 僕達は最奥にあった魔方陣をくぐって、“大地の深淵”を目指す。


 ――“英雄位”になるのは、僕だ。

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