第17話 天才重戦士、腹部を抉られる

 やっべ……。

 これやっべ……。


「おーい、グレイ。どうしたんだよ、一人だけそんな前を歩いて」


 ランが背後から声をかけてくる。


「うるせーな、何でもねーよ。ちょっと歩きたい気分なの!」

「……? 変なヤツ」


 ランは疑問を覚えつつも、それ以上は絡んでこなかった。

 助かった。

 俺は内心に安堵のため息をつく。


 今の俺を見られるワケにはいかない。

 俺の俺がビンビンのギンギンになってしまっている、今の俺を。


 花びらを食べてからずっとこうだよ!


 いや~、あの花びら凄いね、効き目すンごかったわ!

 おかげで疲れなんて一瞬で消し飛んで、もうビンビンのギンギンよ!

 俺の俺まで一緒にビンビンのギンギンなんですけどね!


 うおおおお、体が熱い。熱いぞォォォォォォォ!

 迸るパッション! あふれ出るパトス! ボルテージはうなぎ上り!

 そして天衝く俺の俺!


 ……歩きにくぅい。


「ギャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

「もぉ~、パニちゃんダメだよぉ……、笑ったら可哀想だってばぁ~……」


 そしてこの凸凹サキュバス共ときたら……。


 俺達は今現在、ウルラシオン郊外の道を歩いている。

 馬車で帰ってきたワケだが、あの遺跡から出て数時間も経ってない。


 何でこの速さで帰ってこれたかっていうと、ランだ。

 ランにウルラシオンまでひとっ走りしてもらって、馬車を寄越してもらったのだ。


 つまり、ランはたった数時間で遺跡とウルラシオンを一往復したってこと。

 しかも大して疲れてないってさ。体力バカにもほどがあるだろ。


 ……別に、羨ましくなんかないんだからね!


 ちなみに、ランはパニの花びらを食べていない。


 ――何か怖い。だそうだ。


 うん、まぁ、そうね。分かるわ。

 俺はあの甘味を知っちゃったから今後も絶対食うけどね。


「なーなー、グレイよぉ!」

「ぐげぇ!?」


 いきなり後ろから走り寄ってきたパニに背中をバシンされた。

 痛ェ! チビのクセにパワフルで痛ェ!?


「何しやっがんだよ、パニさん!」


 痛みに軽くむせる俺に、パニは小声で言ってきた。


「今夜はどうすんだ? ランのお嬢としっぽりか? ん~?」

「なっ! バッ!? 何言ってんのさ!!?」

「おー、反応がウブいねぇ、若人。ゲラゲラゲラゲラ!」


 クッソ、このサキュバス、楽しみやがって……!


「けどよ、疲れ吹き飛ぶだろ。アタシの花びら」

「ぐ……」


 言われて俺は言葉に詰まる。

 その通りだ。あの花びらを口にして、俺の疲れは確かに消えた。

 今もしっかり歩けている。ポーションどころの効き目じゃねぇんだよな……。


「アムとアタシ、使えるだろ?」


 漲る自信をそのまま笑顔に浮かべて、パニはそう言う。

 でもおまえら、ダンジョン痴女と魔法少女じゃん。


「今回の依頼だって、アタシらがいなきゃ達成できなかっただろ?」


 まぁ、その通りだ。


「あんたら二人だけじゃ、探索だって上手くいってたか分からねぇだろ?」


 それも、その通りだ。


「アタシら、キワモンだけどものすげぇ役には立っただろ?」


 確かに、その通りだ。


「だったら、もう仲間にするしかないよなぁ? なぁ?」


 パニが、馴れ馴れしくも俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。

 俺は自分よりも随分と背の低い彼女の方をチラリと見て、その表情をうかがった。


 相変わらず憎たらしいくらいに自信満々ってツラをしてやがる。


「ああ、そうだな」


 俺は小さくうなずいた。


「あの花びらもスゲェ効果だったわ。ホント、疲れが消し飛んだよ?」

「だろ? だろ? 何てったってアタシの花びらだからなァ!」

「ああ」


 さらにもう一度うなずいてから、


「あれで毒じゃなきゃ、完璧だったんだけどな」

「…………」


 俺の言葉に、パニの笑みが固まった。


「やっぱ、そうだったか」


 沈黙はそのまま肯定と受け取って、俺は小さく息を吐く。

 パニは顔から笑みを消し、


「……気づいてたのかよ」

「んにゃ、カマかけただけ。けど、そうだろうなとは思ってたよ」


 俺とパニは互いに歩調を合わせて後ろのラン達からもう少しだけ距離を空ける。

 話す必要があった。俺とこいつの二人っきりで。

 今、決めなければならないことだ。


「ランは――」


 少しだけ顔を傾けて、肩越しに俺はランを見る。


「授かった加護のせいで俺以外の冒険者と組むことはできなかった」

「……らしいな」

「おまえもそのクチなんだろ、パニさん」


 でなきゃ、説明がつかない。

 アムにパニ。ダンジョン痴女と魔法少女。

 確かにその能力はイロモノ、キワモノの部類だが、しかし実力は超一流。


 アムは盗賊いらずだし、パニの花びらはおそらく重傷レベルの傷でも癒せる。

 なのに、どうしてこの二人は俺らみたいなのと組もうとした?


 そうせざるを得ないからだ。

 どう考えても、これ以外の理由は思い浮かばなかった。


「アムちゃんの方は、多分俺と同じなんだろ?」

「おう、そうだぜ」


 ダンジョン探索という一方向に特化しすぎて、それ以外がからっきし。

 だから、下手に誰かと組むことができない。


 そしてパニは、きっとランと同じ感じなんだと、俺は睨んでいる。

 つまり、能力が危険すぎて組める相手が限定されるんだ。


「やっぱ、パニさんが持つ加護の力なんだな」

「ああ。そうさ。何であろうと見境なく魅了しちまう。それが――」


 パニは、いかにも苦々しげな表情で、血を吐くようにして俺に告げた。


「それがアタシに与えられた“色魔肉欲権左衛門”の加護なのさ」

「……おまえ」


 そして紡がれた名前に、俺は心底から戦慄したのだった。

 このシリアス一辺倒な空気の中で、そのネーミング出しちゃうのかおまえ、と。

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