第13話 天才重戦士、安全祈願をする

「“のんだくれドラゴン亭”、なくなるんだわ」


 いきなりの爆弾発言であった。

 俺が宿から追い出されることが決定した翌朝、冒険者ギルドでのことだ。


 昨日の夜の帰り際、パニから受けた提案は衝撃的なものだった。

 そして今日、俺とランで冒険者ギルドに来てみれば、このパニの発言だ。

 何やらかしやがった、こいつ。


「実はな、アタシら、店を大きくするための資金を三年ほど貯めてたんだ」

「ほぉほぉ」


 三年とはまた随分と長い間貯めてきたんだな。

 で、店がなくなるってことは、あれか、大きくするための建て替えか何かかな。


「こないだカジノで負けて一晩で全財産スッてな」

「おい」

「それだけじゃ足りなくて借金もできちまってさ」

「おぉい!?」

「店売っぱらっても全然足ンねーでやんの!

「おおおおおおおおおおおい!!?」

「もう冒険者でもやんなきゃ生きてけねェンだわ! ギャッハハハハ!」


 笑いごとかよ!

 今の話全部爆笑で済ませちゃっていいのかよ!!?


「あー、あー、ヤッバ、おなか痛ェ!」

「俺は頭が痛いよ……」


 見れば、ランも何を言えばいいのか分からない様子で口をあんぐり開けている。

 俺だってそうだよ。ショックで白目剥きそうだわ。


「ううう、こ、こんな理由でごめんなさい……」


 おずおずと、やたら畏まってアムが頭を下げてきた。

 いや、悪いのはそこの豪快チビだろ。別にアムが謝ることじゃないと思うが。


「あ、スッたのアムな」

「え」

「うううううう、パニちゃんやめてよぅ。い、いじめないでよぅ……」

「なぁにいい子ぶってんでィ、アム! アタシら同じ穴のむじなだろうが!」


 身長140cmちょっとのパニが、2m近いアムに好き放題言いまくる。

 そしてアムは言われるがまま、反論もできずひたすら恐縮し続けているという。

 何というか、なかなかシュールな光景だ。


 え? お胸の凶器?

 パニがやや盛り、アムが極盛りって感じ。差は歴然だね!

 いやー、アムとラン、どっちのお胸がより凶器なのか、ちょっと気になる。


「――おまえ今、何か失礼なこと考えてなかったか?」

「べーつにー」


 ランが鋭く勘を働かせるが、俺は目をそらして口笛を吹いた。


「ま、丁度いいじゃんか。アタシらは稼がなきゃいけねぇ。あんたらはパーティーを組みなきゃいけねぇ。お互いに利害は一致してんだ。どっちも損はねぇし、これぞWin-Winってヤツだな!」

「そうだな。おまえらが始まる前から惨敗を喫してるって点に目をつぶればな」

「ギャハハハハハ! つまりあとは上がるだけってこった!」


 うわー、何だこのポジティブシンキングの塊。


「ううう、冒険なんて怖いよぅ。失敗して、信用失って、売られちゃうんだ……」


 そして、何だこのネガティブシンキングの塊。

 いや、まぁ、パニとアムの出自を考えれば極端なのもうなずける、か?


 ――ここでウルラシオンの街にいる異種族について少し話そう。


 異種族ゆーてもいるのは四種類くらいだけど。

 そのうち三種はご存知、エルフ、ドワーフ、獣人種である。


 エルフは魔法の才能に優れた耳の長い細身の種族ね。

 ドワーフは大体鍛冶職人なずんぐりむっくり低身長ガチムチマッチョ種族。

 獣人種は、もはや言うまでもないよね。けもけものことだよ。


 ま、人間に比べりゃその数は全然少ないけど。

 それでもウルラシオン人口三万人の中に一定数混じってるのが、この三種族。


 じゃあ、残る一種族は?


 サキュバスなんだよねー。これが。

 自称・愛と性を司る誇り高き魔族の末裔。

 全種族の中で最も自由かつ奔放な、ぶっちゃけはっちゃけえっち種族。


 ウルラシオンでは一番少数ながら、圧倒的存在感を放つ輝けるピンクの星。

 それが、サキュバスって連中である。

 パニ・メディとアム・カーヴァンも実はサキュバスだったりするんだよなー!


「改めて自己紹介すんぜ!」


 ピンクのセミショートを派手に揺らし、パニがビシっとポーズをとった。


「パニ・メディ、二十三歳、大賢者ウルの百八番弟子とはアタシのコトさァ!」


 あのチビロリ、どんだけ弟子いるんだよ。


「うぅ、ア、アム・カーヴァン、二十一歳……、冒険者してますぅ……」


 一方で、こっちは顔をがっくり俯かせての消え入りそうな声だ。

 ホント両極端。ホント対照的。


 二人の服装だってそうだ。

 自称魔術師のパニだが、動きやすそうな半袖のシャツの上に革製の胸当て。

 何ということ、ヘソ出しルックだ。

 そして短パンの腰部分に革製のホルスターを巻いている。


 対して、アムが着ているのは床に引きずるくらいに長い濃紺のローブだった。

 ダブダブでなのにしっかりお胸が強調されてる辺り、これは相当な猛者ですな。

 そして長い銀髪を、今日は三つ編みにしている上に眼鏡。

 そう、アムは眼鏡をかけているんだよ。これがクッソ似合っててヤバイ。


 うん、つまりね、何が言いたいかっていうとね。


「アムちゃんの方だろ、魔術師」

「いやいや、アタシだっての。このパニ・メディ様だっての」

「おまえの恰好、どう見たって盗賊じゃん」

「っかー! 見る目ねぇな、オイ! だったらこいつを見やがれってんだ!」


 シャキーン、と。

 擬音をつけるならばそんな感じで、パニが腰のホルスターから何かを抜き放つ。


 片手に収まるサイズの細長い棒きれだ。

 指揮棒のようにも見えるそれは、ワンドという種類の魔法の発動具だ。


「どうだい! これ見りゃアタシが魔術師って丸分かりだろ!」

「それでも精々、魔術師成分5%程度じゃねーか」

「オイオイ、5%だぜ? 四捨五入すりゃ100%になるのを知らねぇと見える!」


 知らねぇよ! どこの異世界法則だよ!?


「なぁ、そろそろ今日の依頼の話に移らないか?」


 ランが絶妙のタイミングで話題を転換してくれた。

 おう、そうだな。俺もこの豪快チビの相手するの疲れてきたところだわ。


「おっとそうだな。依頼はすでに受注済み。いつでも現地に向かえるぜ」

「「え?」」


 だがパニの言葉に、俺とランは声を揃えて驚いてしまった。

 あれ、俺達が来る前にもうさっさと決めちゃったってこと、なの、かな?


「当然だろ。今回はアタシらがあんた達に売り込みかけてんだぜ?」

「売り込みって……」

「こう見えても急いで稼がなきゃいけねぇ身なんでね、チャンスは逃せねぇのさ」

「どんな依頼を受けたんだ。教えてもらえるか?」

「ウルラシオン近隣で最近見つかった未探索遺跡の調査だ」


 つまり、ダンジョン探索、か。

 うううううむ、確かに、俺とランが最も必要としてるのはその部分だが。


「あんたらの都合に合わせたってのが半分」

「もう半分は?」

「ダンジョン探索以外じゃウチのデカブツがなーんの役にも立たねぇから」

「ううううううううう! パニちゃん、ひどいよぅ……」


 言われたアムはその目にいっぱいの涙を貯めて、今にも泣き出しそうである。

 そういえば、パニは魔術師(今のところ自称)だが、アムのジョブは何だろう。

 そこ、まだ確認してなかったな。


「パニさん、アムちゃんのジョブって何なのさ?」

「恋人」

「は?」

「だから恋人だっての」


 知らなかったぜ。恋人ってジョブだったのか……。

 いや、そーじゃねーよ。


「パニさんとアムちゃんが百合百合してるのは分かったからジョブ教えて。はよ」

「してないよぅ! そんな、百合百合なんて、し、してないったら!」


 アムの方が急に激しい反応を示してきた。

 あれ? 冗談のつもりで言ったんだけどこの反応って、あれ、もしや?


「ギャハハハハ! ベッドの上じゃ毎度毎度アタシを組み敷いてるクセによー!」

「やめてよぅ! パニちゃん街中でそういうのやめてったらぁ~!」

「ギャハハハハハハハハハハハハ!」

「…………」


 二人のやり取りを聞いて、ランが真っ赤になってうつむいていた。

 おかしいな。どうして俺は朝から百合バス共の惚気なんぞ聞いているのか。


「おっと、言っておくがアタシもアムも、性別関係なくイケるクチだぜ?」

「誰も聞いてねぇよ、そんなこと」


 ビックリしすぎて逆に冷静になったわ。


「ま、アムのジョブはそうさな、ダンジョン専門の盗賊とでも思っときねぇ」

「見た目盗賊はパニさんの方だけどな」

「ギャハハハハハハハ! そいつは言いっこなしってモンだぜ!」

「…………」

「おまえもいつまで茹で上がってんだ、黒女。そろそろ行くぞ」

「わ、分かってるよ! うるさいな!」


 俺に言われて、ランもやっと我に返った。

 こいつ、こういうところ本当にウブだなー。相手サキュバスなのに大丈夫か?


「ま、大船に乗ったつもりでいな。こう見えて、魔法は回復の方が得意でな」

「マジでか」

「は、はい、そうなんですよぅ……。ほ、本当に意外ですよね……」

「ハッ! アムにだきゃあ言われたかねぇな!」

「何でそういうこと言うのよぅ……!」

「ケッケッケ。泣くな泣くな。馬車の手配も終わってるからさっさと行くぜ」


 いたれりつくせりかよ。

 口はやたら悪いクセにやってることはそつがない。何だこのチビ、有能か。


「ま、これでも店ェやってたんだ。準備だ手配だなんてはお手のモンよ」

「過去形なんスね」

「今を生きるアタシ達に、昨夜ははるか遠い歴史の話でしかねぇのさ!」


 いっそ清々しいまでの割り切り方だった。

 ともあれ、パニの言う通り、俺達はダンジョンを探索できる仲間を探している。

 もしもパニとアムがそれを補えるならば、こんな美味い話はない。

 ないのだが――


「なぁ、グレイ」

「何だよ、ラン」

「大丈夫だと思うか?」

「正直、めっちゃ不安ッスわ」

「うん、そうか。よかった。僕もだ」

「だよねー……」


 そんな、押し殺し切れない不安を胸に、俺達はギルドの馬車に乗り込んだ。

 どうか地獄直行馬車じゃありませんように。

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