第10話 天才重戦士、飲みに行く

「おめでとうございます。ラン・ドラグさん、レベル40に上がりました」

「「は?」」


 冒険者ギルドでのことである。

 命からがらウルラシオンまで帰ってきた俺達はまずギルドに寄った。


 え? 命からがら?

 主に俺が歩き疲れて死にそうになりましたって意味ですけど? 悪い?


 まぁとにかく、受付にメルがいたんで声をかけたワケだ。

 ちょうど夕方のラッシュも終わった頃合いで受付カウンターも空いてたし。

 まずは何としても報酬もらわんと、本気で宿代ヤバイんで。


 で、手続きしようとしたところに、さっきの話だよ。

 ランのレベルが上がったんだってさ。おめでたいことだね!


「メルたんメルたん、俺のレベルは? この天才重戦士様のレベル」

「メルたんではありませんが、3です」


 ドちくしょー!

 同じ依頼をこなしたのに実はもらえる経験値に差があったりしませんかねェ!


 冒険者は自分が得た経験値の量を知ることはできない。

 自分のレベルの確認もギルドに直接尋ねなければ分からないのだ。

 だから依頼を終わらせた後は、必ず自分のレベルを確認するのが冒険者の常識だ。


 まー俺はー、ここ半年間一回も上がってないんですけどー、レベルー。

 わー、確認する手間をかけなくていいから楽ー。


 ガッデム!!!!!!!!


「……レベル40? 僕が?」


 こっちはこっちで信じられないって顔してるし。

 しかしまぁ、気持ちは分かるとまでは言わんが察することはできる。


 レベル40ってのは一つの境界線だ。

 AランクとBランクを分ける、明確なライン。


 Aランク冒険者と認定されるには、他にも幾つかの条件があるが、最も大きな条件はこれ。レベルが40を超えていることだ。

 つまりランは、Aランク冒険者の領域に足を踏み入れかけたのだ。


 まぁ、そんなこと関係なく、俺もこいつもギルド公認変なののXランクですが。

 しかし今は言わぬが花。

 相棒の喜びに水を差すなんて無粋は俺の趣味じゃない。


 ただね、悔しいんですよ。

 正直、ちょーーーーぜつに悔しいんですよ。


 分かる?

 俺の気持ち、分かるかなァ?


 フフ、クフフフフフフ……。


「メルたん、報酬ちょーだい?」

「メルたんではありません。口座振り込みもできますが、どうなさいますか?」

「この場で現金でくーださーいな!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言って、一旦奥に入っていったメルがすぐに報酬を持って戻ってくる。


「こちらになります。お確かめください」


 硬貨がどっちゃり入った大型の皮袋がカウンターに置かれる。

 その、どしっとした重みを感じさせる音がまたたまらんワケですよね。

 冒険者やっててよかったーって思える一瞬だわなー。


「よし、もらっていくぜ」


 俺は皮袋を持って自分の鞄に入れた。

 うおお、重いぜェ。

 さすがBランク上位モンスター。サイズがデカかったのもあって報酬もたんまり。

 これだったらランと折半しても相当の額が残るな。


 …………よし。


「よし、ラン! 行くぜ!」

「あ、ああ。行こうか」


 まだ感激スパイラルに入ったままだったか、おまへ。


「それでは、またよろしくお願いいたします」

「じゃーねー、メルたん」

「メルたんではありませんが、ごきげんよう」


 メルの丁寧なお辞儀に見送られながら、俺とランはギルドを後にした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「飲みに行くぞ」

「は?」


 切り出した俺に、ランは発したのがその一声だった。


「酒飲みに行く。酒飲もう。酒。な? はい決定。これ決定。もう決定!」

「待て待て待て待て! おまえ、宿代はどうなった!」

「いいんだよ、飲んだって全然余るくらいの収入あったんだからさー!」

「それはダメなフラグだろ!?」


 うるせーなー。

 俺は唇を尖らせて、隣のランの方へと思いっきり顔を向ける。


「おまえがレベル40に上がった記念!」

「え?」

「俺とおまえが組んで初めて依頼成功させた記念!」

「え、あ……」

「俺のレベルがまた上がらなかったね残念でしたね会ッ!」

「そっちが本命か!?」


 とーぜんだろーが!


「ほら、飲み行くぞー! 店はこっちな!」

「待てって、コラ! おーい!」


 そして俺は大通りから奥に入って、目立たない場所にある酒場へ。

 そこは、少し前から俺が行きつけにしている小さい酒場、


「――“のんだくれドラゴン亭”?」


 掲げられた看板を、ランが読み上げる。

 そこは裏通りの一角にあるありふれた酒場だった。

 だが酒は安く料理もうまい。いわゆる隠れた名店ってヤツだ。


「ドラゴンの加護を持つ僕にはうってつけの名前だな」

「だろ? だろ? いい店なんだぜェ? だから飲もう? 飲んじゃお?」

「……まあいい。記念だからね。でも素寒貧にならない程度だぞ」

「分かってる。分~かってるって!」


 そして俺はドアを開けた。

 すると、ドアに付いてたベルがカランカランと耳に心地よい音を鳴らす。


「いらっしゃーい!」


 出迎えたのは、威勢のいい女の声。

 薄く酒の匂いが満ちた、さほど広くない店内。

 見えるカウンターの向こう側に、濃いピンク髪の小柄な女性が腕を組んでいた。


「パニさん、おっすおっす!」

「おお、グレイじゃねーかい! よく来たな、何だい、今日は彼女連れかい?」


 女店主のパニ・メディが快活に笑ってそんなことを言ってくる。


「残念。僕はこんなヘタレチキン貧弱野郎を彼氏にした覚えはないよ」

「おまえ覚えておくからな。その呼称は絶対覚えておくからな」

「訂正。僕はこんなヘタレチキン貧弱陰湿ネチネチ野郎を彼氏にした覚えはない」

「言いなおす必要あった? 今ので俺のメンタルガリガリのゾリゾリよ?」

「カーッハッハッハッハッハ! 面白いなあんたら! ま、いいから入りなよ!」


 促されるまま、店の中へ。

 酒場としては狭いと言い切れる程度の広さの中に、カウンターと四人用テーブル。

 四人用のテーブルは六つばかりしかなく、今はそのうち二つが埋まっていた。


 カウンターはガラ空きで、人が来るのはこれからだというのが分かる。

 ちょうどいい時間に来れたみたいだ。遅れると常に満員だからなぁ、ここ。


「好きなトコに座りな! 今、アムを寄越すからさ!」

「あいよー」


 俺とランは空いているテーブルに向かい合って座った。

 すると、奥の方からランよりもさらに背が高い銀髪の女性が早足で近づいてくる。


「い、い、いらっしゃいませ! あの、ご、ご注文……!」

「おう、アムちゃんお晩だぜ! いつも通りエールとお任せでお願いするぜ!」

「はい、こ、こんばんは、です。あ、あのパニちゃん、い、いつもの……」

「ああ、何だいアム! もっとはっきり大声で言えって言ってんだろうが!」

「いつもの、です!」


 アムと呼ばれた大女が、パニに怒鳴られて声を張り上げる。

 パニは「はいよ」と軽く答えて、軽快な足取りで厨房へと入っていった。


「……そ、それじゃあ、ごゆっくり」


 アムもまた、そのデカイ体を縮こまらせて店の奥へそそくさと戻った。

 周りから聞こえるちょっとした喧騒。ランが俺を見ている。


「今の彼女は?」

「アム・カーヴァン。パニさんの親友で引っ込み思案で人見知りのウェイトレス」

「僕より背が高かったな」

「それ本人に言うなよ? 確実に泣くから」


 何でも、高すぎる自分の身長をやたら気にしてるんだとか。そういうモンかね。

 と、ウダウダやっているうちにアムがまた俺達のテーブルにやってきた。

 手にしたお盆には、酒と出来立ての料理が盛られた皿が乗っている。


「お、お待たせしました……」


 おどおどとした様子でアムが食べ物を並べていく。

 態度こそおっかなびっくりだが、その手際のまぁこなれていること。

 サッ、サーッと並べ終えてオドオド大柄女はまた戻っていった。


「なよなよしているアマゾネス……」


 ランが一言、そんな感想を呟いた。


「それ本人に言うなよ? 絶対に泣くから」

「――コメントに困る」


 分かる分かる。俺も最初はそうだったから。

 ま、でもそんなことはいいんですよ。お酒ー、お酒ー、お肉ー、お魚ー。


「さ~て、乾杯すんべ、乾杯!」

「ああ、そうだな。で、グレイ、何について乾杯するんだ?」


 オイオイ、何言ってんだこの黒女。

 エールが並々注がれた大ジョッキを手にして、問われた俺はニヤリと笑った。


「決まってンだろ」

「ん?」

「おまえのレベルアップ記念と俺のレベル上がらなかったね残念会!」

「あ、本当にやるのか、後者……」

「あと――」

「あと?」

「俺とおまえ、未来の“英雄位”を称えて、だ!」

「ああ、悪くないな。いいぞ。それで行こうじゃないか」


 だろ? だろ?

 うなずかれ、気をよくした俺はジョッキを前に突き出した。

 それに合わせてランもジョッキを前に出してくる。


「そんじゃ、おまえのレベルアップと、俺の残念でした会と――」

「僕達二人の栄えある未来を祝して――」

「「かんぱーい!」」


 ガシャンとジョッキを合わせると、あふれる泡がテーブルにこぼれた。

 だがそんなのお構いなしで、俺達はジョッキに口をつけて一気にあおった。


 ジョッキから口の中へ、大量のエールが注がれていく。

 渇きかけた舌先がまずはエールを出迎えた。途端、強い苦味がのどに迸る。


 だが苦味は一瞬。

 直後に来るのは果実を思わせるほのかな甘みを伴った酸味だ。

 口の中に刺激は弾け、そのままゴクリと飲み下せば、えもいわれぬ爽快感。


 こののど越しこそがエールの醍醐味だと断言できる。

 一口飲めばもう止められない。俺は顔を上向かせてさらにエールをあおる。


 ――ンッグ、ンッグ、ンッグ。


 少しの間、俺の耳には俺とランの酒を飲む音だけが聞こえて、


「「プッハァァァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~!」」


 俺達はほぼ同時にテーブルにジョッキを置いた。

 二人して、ジョッキの中は完全に空になっていた。


「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ああ、仕事を終えた後の一杯は格別だな」

「サイコーッスよ! もーサイコー! 何つーんスか! このエールがただ苦いだけじゃない! ただ酸っぱいだけじゃない! そう、いうなれば子供のころに食べたまだ熟してない林檎の酸っぱさっつーか~? あるいは軽く茹でただけでロクに灰汁をとってない野菜の雑味っつーか~? そういう何ってーか、こう、喉の奥にまでジワっと残るような感じの、こう、あの、苦くて、だからその、甘い感じの酸っぱさな、えーっと、あー……、うん! うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「語彙が尽きたから勢いに逃げたな」

「うるさいよ」


 俺は真顔になった。

 するとどうだ、このブラックアマ、クソムカつくドヤ顔見せやがった。


「フフ、酒の飲み方も知らないんじゃ女にモテないぞ」

「はぁ~~? 彼氏の一人もいない黒女さんが何言うてるんスか~~?」

「フン、僕はいいのさ。僕は一人で気ままに優雅にグ~キュルル~ググ~」

「プッ! 何、今の音! 何スか優雅なランさん、今のグググ~キュルルル~」

「…………」

「…………」

「料理、冷める前に食べちゃおうぜ、グレイ」

「そうだな」


 空腹という最強の敵の前に、ついに俺達は一致団結した。

 それが意味するところはただ一つ――


 メシだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

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