最強パーティーを追放された貧弱無敵の自称重戦士、戦わないくせに大活躍って本当ですか?
楽市
第1話 天才重戦士、追放される
夜、燃える村の景色の中に、少年は自分を守る大きな背中を見た。
故郷を襲ったのは、近くのダンジョンで大量発生したモンスターの大群だった。
親を殺され、兄を喰われ、一人残った少年を助けたのは剣を手にした冒険者。
自分の前に立つ剣士の背中に、少年は“英雄”という言葉の意味を知る。
その夜は、まさに少年の生きる道が決定づけられた夜でもあった。
五年前のことである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺はグレイ・メルタ、天才重戦士だ。
大陸最強のAランク冒険者パーティー『エインフェル』で壁役を担っている。
俺の戦闘スタイルは回避タンクだ。
知ってるか、回避タンク?
速度偏重の軽装重戦士という、ちょっとお目にかかれないスタイルである。
通常、壁役は大盾や金属鎧で身を固めて、体を張って敵を受け止める。
しかし俺は敵の注意をひきつけ、天才的身のこなしで攻撃を全てかわしきる。
これぞ回避タンク。
まさに天才の所業というヤツだろう。
しかし、凄いのは俺だけじゃない。
俺の仲間達もまたたぐいまれなる天才達なのだ。
圧倒的カリスマによって皆をまとめ上げるリーダー、剣士ヴァイス。
パーティーの攻撃と治癒を一手を担う魔導のエキスパート、賢者リオラ。
皆の妹分にしてダンジョンアタックのプロフェッショナル、盗賊クゥナ。
全員が俺の幼馴染であり、そして自慢の仲間達だ。
彼らは冒険者ギルド始まって以来の驚異的スピードで成長し続け、ついにはわずか一年足らずでAランクに到達した。
今や大陸最高の冒険者の証たる“英雄位(ヒロイック)”の称号も目前である。
だが“英雄位”に至る条件は決して簡単なものではない。
大陸最高難易度Sランクダンジョンの完全攻略。
それが条件だ。
しかし、この最難関をクリアできれば俺達は晴れて“英雄位”を授かれる。
そのための準備はずっと前から進めている。
今日、俺はヴァイスから呼び出されていた。
きっと来たるべきSランクダンジョンの攻略についての打ち合わせだろう。
ヴァイスは几帳面な男だ。冒険の前の打ち合わせを欠かしたことはない。
そんな慎重な性格だからこそ、俺はリーダーとしてのヴァイスを信頼している。
俺と彼らならばSランクダンジョンの踏破も成し遂げられるだろう。
そう。幼いあの日に思い描いた夢の成就は、もうすぐそこまで来ている。
俺はヴァイス達が待つ冒険者ギルドへと向かった。
「グレイ、おまえクビだから」
……え゛?
冒険者ギルドの一角にある貸し部屋で、ヴァイスにいきなりそう言われた。
そう言われたんだが、え? 何? 聞き違い? ぱーどぅん?
「グレイ、おまえクビだから」
ヴァイスはご丁寧に二回目もそう言ってくれた。
しかも今度はより声を大きくして、だ。
待って、待って、待って!
「え、あのー……、え? 今日はその、ダンジョン攻略の打ち合わせじゃ……?」
「ああ、やるぞ。おまえを首にしたあとでな」
いやいや。
いやいやいやいや。
「……………………何で?」
「何で、ですか――」
ヴァイスの隣に座っているリオラが、そこで大きくため息をついた。
「そもそも、どうしてこの打ち合わせが必要になったのか分かってます?」
「え、そりゃ俺達『エインフェル』が“英雄位”になるための……」
「二週間前にSランクダンジョン攻略に失敗したからですよね?」
「あ、はい……」
ああ、ええ。まぁ、その……。
確かに少し前、俺達は一回Sランクダンジョンの攻略に挑んで失敗してる。
してるけどさ……、
「でもあれは仕方ないだろ? みんな限界だった!」
「何がみんな限界よー。限界だったのはグレイにーちゃんだけだったのよー!」
椅子に座るのが嫌いなクゥナが、腕組みをして俺に言ってきた。
「グレイにーちゃんは体力なさすぎよー! どうして壁役のくせに盗賊のクゥより体力ないのよー!」
「う。それにつきましては……、えー、鋭意努力しておりまして……」
ま、まぁ確かに?
前回は俺が疲れ果てて動けなくなったのが失敗理由の一つだけど?
一つっていうか、大体全部っていうか?
「そんなんじゃ女の子といたしたときに一分もたずにグロッキーなのよー!」
「うるせぇよ!?」
「やーい、そーろーやろー。あ、ごめん、どーてーやろー」
「わざわざ言い直すなよ!!?」
その言葉、突き刺さったぜクゥナ、俺の胸の奥底までよぉ……!
「きゃあ! ヴァイスにーちゃん、グレイにーちゃんがいじめるのよ!」
「グレイ、パーティーをクビになるからって大人げないぞ!」
違うよね?
そこじゃないよね?
今いじめられたの俺だよね?
男の尊厳とかそういう方面でさ?
「大体! 俺に体力がないのは俺が悪いよ! けどそれだけで――」
「ああ、僕達がおまえをクビにする理由はそれだけじゃないさ」
「え゛」
「最大の理由はおまえのレベルだ。おまえ、今レベル幾つだ?」
「…………」
ヴァイスの指摘に俺は押し黙った。
「ちなみに僕はこの前、52に上がったぞ」
「さすがヴァイスですね。私は、まだレベル49ですわ」
「クゥはねー、クゥはねー、レベル45なのよー!」
そして三人の目が、一斉に俺の方に向けられた。
「「「で、グレイは?」」」
三人、口をそろえてきいてきやがって。何だよ仲良しさんか!
思いつつも集まる視線の圧力に口答えできず、俺は素直に自分のレベルを答えた。
「…………3」
「「「ッはぁ~~~~……」」」
ため息まで揃ってつきやがって!
しかも終わりまで同時とか仲良しさんか!
そう思っていると、ヴァイスが俺を睨んだ。
「この一年、おまえは何をしてたんだ?」
「何って、そりゃあおまえらと一緒に冒険を……」
「だったら、そのレベルは一体どういうことなんだ?」
「う……」
俺は言葉に詰まる。
何故なら答えようがないからだ。
この一年、俺は確かに目の前の三人と一緒に冒険を続けてきた。
だが三人が順調に成長する一方で、俺だけやたらレベルが上がるのが遅く――
「私とヴァイスとクゥナは、確かに他と比べて成長は速かったですけどね」
「そうなのよー、普通だったら一年程度じゃレベル10~15なのよー」
「つまり常人の四倍近い速度だ。それだけ才能があったってことだろう」
それを言うヴァイスは誇らしげだった。
しかし彼が再び俺を見たとき、その顔つきは一転、侮蔑一色に染まる。
「で、グレイ。おまえは何だ? ――レベル3? レベル3だって?」
「うぐぐ……」
「単純計算、普通の冒険者の四分の一程度、ですね」
リオラもまた、同じような表情で俺を見た。
それは子供の時からずっと過ごしてきた幼馴染にするような顔ではないはずだ。
だが彼は、彼女は、仲間であるはずの俺にその顔を向けるのだ。
「僕達もな、もう限界なんだよ、グレイ」
「ヴァイス……」
「これ以上、おまえみたいな寄生虫を飼っている余裕はないんだ」
「寄生虫って……!」
そのあまりな言いように俺は絶句した。
そしてもはや三人はその顔に浮かぶ呆れを隠そうともしていない。
何だよ……。
何なんだよ、その汚物を見るような目は……?
どうしてそんな目で俺を見るんだ。
「お、俺だって頑張った! おまえらを守るために壁役をこなして……!」
「その割には随分と体も装備もキレイじゃないか、なぁ?」
「革鎧に小型盾って、それまるっきり壁役の装備じゃないのよー」
「ええ、そうですね。壁役といえば金属鎧にラージシールドが相場だというのに」
「それは、俺が回避型の壁役だからだよ!」
「でも無傷っていうのは絶対絶対おかしいのよー」
「つまり、おまえは僕達が戦っている間もずっと傍観してただけってことだよな」
「な……」
ヴァイスの言葉に俺は絶句する。
これまでずっと一緒に過ごしてきて、かけてくる言葉がそれなのか。
「そうに違いないのよー。グレイにーちゃんがいっつも逃げてばっかりなのよー」
「ええ、戦っているのはいつだって私達三人でしたね」
「つまり、別におまえがいなくて僕達はやってこれたってことだな」
さらにリオラもクゥナもそれに同調して、俺はさらに顔から色を失った。
何を、おまえらはこれまで何を見てきたんだよ。
俺はいつも前に出て、敵の攻撃をひきつけて、それで、それで――!
「前々からどうしようかと相談はしてたんだ」
「ええ。一年経ってもレベル3、というのはいくら何でも、でしたから」
「一応幼馴染だからしばらくは様子を見ようってことにしてたんだけどな……」
「それもこの前のダンジョン攻略失敗まででしたね」
「そうなのよー、クゥ達の我慢もついに限界に達したのよー!」
我慢?
俺はおまえらに、我慢なんてさせてたのか?
ずっと、ずっと俺はおまえ達と一緒に頑張ってきて、仲間だと思い続けて――
でもおまえ達はそんなことはなく、ずっと我慢してたのか。
ずっと、俺をお荷物だと、厄介者だと、思い続けてきたっていうのか?
「戦いもせずなまけ続けるから経験値も入らず、レベルも上がらない」
「そのおかげで体力もなくて、Sランクダンジョンの攻略も失敗したのよー」
「そんな人が今もいけしゃあしゃあと私達の仲間を名乗るだなんて……」
違う。
違う。
俺は、俺はずっと努力してきた。
そりゃあヴァイスに比べれば不断の努力と呼べるほどじゃないかもしれない。
でも、俺は俺なりに“英雄位”を目指して頑張ってきたつもりで――
「グレイにーちゃんは前からウザったかったのよー」
「そうですね。時々、私やクゥナを見る目に不純なものを感じていましたし」
「努力してるつもり、僕達と対等の仲間のつもり、つもり、つもり、つもり、か」
ヴァイスが俺をせせら笑う。
「おまえみたいな寄生虫が幼馴染で、僕は恥ずかしいよ。グレイ」
「…………」
俺は、俺はそんなヤツだったのか。
そんな最低の、ただこいつらに寄生するだけの、そんなただのクズ……。
喋れずにいる俺に、彼はさらに上から言葉を叩きつけてきた。
「代わりの壁役はすでに見つけてある」
「…………」
「彼と僕達なら間違いなく、Sランクダンジョンも踏破できるだろう」
「…………」
「おまえの顔は見たくもない。二度と僕達の前に現れるな、この貧弱野郎」
「…………お、俺は」
冷淡極まるヴァイスからの通告。視線。白けた顔。
俺の心はすでにベッコベコに凹まされているが、しかし、しかし――!
「俺は、天才重戦士だ……」
自分でもはっきりと分かるくらいに震えた声で、それでも俺は言ってやった。
認めてやるもんか。
こいつらの言い分なんて、絶対に認めてやるもんか。
俺は、俺は天才だ。才能豊かな最速無敵の壁役なんだ。
決して、決して仲間に寄りかかってなまけるだけのクズ野郎なんかじゃない!
しかし、そうやって抗う俺へと向けられたのは、
「プッ、ハハハハハ! 面白いな、グレイ! バカみたいに面白いよ、おまえ!」
「ええ、今のジョークだけは評価してあげますわ、フフ、ク、フフフ……」
「ひー! ひー! やめてよやめてなのよー! おなかがよじれちゃうのよー!」
共に過ごしてきた幼馴染三人からの激しいまでの嘲笑だった。
「…………ッ!」
俺は部屋を飛び出した。
頭の中を真っ白にして、ドアを蹴破って全力で走り去る。
そこからどうやって自宅代わり宿まで帰ったのかは記憶にない。
ただ、刻まれた悔しさだけはしっかりと覚えていた。
灼熱のような悔恨に胸の奥底まで焼かれ、あふれる涙を止められなかった。
それだけはしっかりと、覚えていた。
――その日、俺は自分の居場所を失った。
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