04:最初に読ませる文量を減らし、適宜こちらから文章を与える
「使う?」
彼女はそう言って、消毒用エタノールが詰まった小さなボトルを、私の手へ押し付けるように差し出した。
缶バッジで飾られた通学用鞄の中へ、紛れ込んだ異物。業務用の大きなタンクで買い求めたエタノールを、彼女は丁寧にボトルへと注いで、霧吹きの頭部分を取り付けて持ち歩いているのだ。
「いらない」
私がそう答えると、 彼女はボトルを引っ込めた。
「いつもそれだね」
「うん…………」
私はうなずいてから、彼女の言葉に返事をした。
私たちはいつものように、放課後になると教室を出て、下駄箱へ向かう階段の途中で別れる。そして互いに別の帰路を辿る。
彼女が消毒用エタノールを持ち歩くようになってから、どれだけの日々を過ごしただろう。
彼女は決して潔癖症などではなかった。むしろ、同世代の少女達と比べるに、多分に奔放の性があった。
ようになってから、どれだけの日々を過ごしただろう。
野山に混じりて竹を取りつつ――とは行かぬまでも、野草を積み、野の花を頭に飾り、蝶を手に留める。少年のように眩く笑って、疲れを知らぬかのようにどこまでも駆けていくのが、常であった。
そして私はいつも、それをのんびりと歩いて追いかけていくばかりだった。
ある時は山菜を採りに行き、またある時は川魚釣りに出かけた。木陰に座って、他愛もない話をしたこともあるし、二人して寝転んで空を見上げたこともあった。
その日もそうだった。
夕暮れ時になって、私たちは学校の裏山の麓にいた。
裏山には、針葉樹がまばらにならぶ林がある。背の低い草に覆われた、道なき道だ。
髪を逆立てる強風の中を、私達は肩を並べて――肩を寄せ合って歩いていた。風圧に負けて彼女がよろめくと、私がそれを支える。私がたたらを踏むと、彼女が受け止めて押し返す。他愛なく戯れながら、それでも一歩ずつ前へ進む。
やがて木々が途切れると、視界が開けた。
眼下に、湖が広がる。
「わあ!」
彼女は歓声を上げて、駆け出していく。
湖畔に立つ一本の木の下まで走って行って、彼女はくるりと振り返った。風に煽られて乱れた髪を整えることも忘れて、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「見て! 綺麗でしょう?」
彼女は嬉しげに目を細めて、両手を広げて見せる。
そこには、一輪の白い花があった。
「うん、綺麗」
私は答えてから、彼女と同じように微笑んだ。
「アネモネの花。たった一輪だけ、ここで見つけたの。寂しそうな顔もしてないのが、逆にかわいそうになっちゃって」
「かわいそう?」
「うん」
彼女は上機嫌のままに私の手を取り、指を絡めた。
私もまた、指を絡め返した。それが友情の証であると信じていたからだ。
幼少期の無知と無関心が故の、接触深度に比例せぬ無邪気な友情。そんなものを携えて、
私たち二人は今日も、人知れず寄り添っていた。
「ねえ、知ってる? この湖の岸辺で死んだ人は、妖精になるんだよ」
「妖精に?」
「うん。だから、岸辺で死んじゃった人は、みんな妖精なんだ」
「ふーん」
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