01:冒頭部分だけを読み込ませ、後はひたすら続きを書かせたもの
「使う?」
彼女はそう言って、消毒用エタノールが詰まった小さなボトルを、私の手へ押し付けるように差し出した。
缶バッジで飾られた通学用鞄の中へ、紛れ込んだ異物。業務用の大きなタンクで買い求めたエタノールを、彼女は丁寧にボトルへと注いで、霧吹きの頭部分を取り付けて持ち歩いているのだ。
「いらない」
私がそう答えると、彼女はことさら哀しげな顔を作って、私に罪悪感を背負わせようとする。何度繰り返したかも分からない、ひとときの交愛だった。
彼女は決して潔癖症などではない。むしろ、同世代の少女達と比べるに、多分に奔放の性がある。
野山に混じりて竹を取りつつ――とは行かぬまでも、野草を積み、野の花を頭に飾り、蝶を手に留める。少年のように眩く笑って、疲れを知らぬかのようにどこまでも駆けていくのが、常であった。
私はいつも、のんびりと歩いて追いかけていくばかりだ。
目を閉じて彼女を想う度、まぶたの裏に浮かび上がるのは、彼女の笑みでも横顔でもない。たくましくもなんともない、彼女の、何も背負わない後ろ姿なのだ。
私達の関係性が捻じ曲がった理由を、私は克明に記憶している。
とある春の日のことだった。髪を逆立てる強風の中を、私達は肩を並べて――肩を寄せ合って歩いていた。風圧に負けて彼女がよろめくと、私がそれを支える。私がたたらを踏むと、彼女が受け止めて押し返す。他愛なく戯れながら、午後の陽光の中を歩いていた。 ふとした拍子に、彼女の手が私の手に触れた。その瞬間、私の中で何かが弾けたように思えた。
気がつくと、私は彼女に口づけていた。
彼女は驚いて目を見開き、それから、私を突き飛ばした。
突き飛ばされた勢いのまま尻餅をつくと、彼女は彼女は立ち去ろうとしていた。
「待って!」
立ち上がり、追いすがろうとしたけれど、風に煽られて転んでしまう。
涙が溢れてくる。どうして? なぜ? 私はただ、あなたを愛したかっただけなのに…………。
「待って! 行かないで!!」
それでも、風に押されて離れそうになる身体を引き寄せて、抱きしめてしまう。
「ごめんなさい、お願いだから行かないで。あなたがいないと生きていけない。もう二度とあんなことはしないから、行かないで、そばにいてよ…………」
泣きじゃくりながら、私は懇願する。
すると、彼女はゆっくりと振り返り、微笑んだ。
それはまるで、春風のようだった。
「あなたには、もっと相応しい人がいるわ」
そして、踵を返して歩み去って行く。
「待って、行かないで、お願いだから、ねえ、待ってってば」
叫んでも、声は届かない。
「こんなにも好きなのに、どうして分かってくれないの?」
私の問いかけに応える者はいなかった。
やがて、風がやむ。
後には、一人の少女だけが残された。
少女は泣き崩れる。
もいない、見向きもされない場所で、ただ一人、誰にも聞こえない嗚咽を漏らす。
「行かないで、そばに居て」
そう願っても、彼女を引き止めることはできない。
やがて、太陽が沈む頃になって、ようやく少女は立ち上がる。
そして、歩き出す。
愛した人の後を追うために。
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