第8話「薄灰色の凱旋」
ドイツ海軍の小型潜水艦による雷撃を受けリヴェンジ級超弩級戦艦『ロイヤル・オーク』が撃沈されてからと言うもの、スカパフローには臣民海軍の艦艇しか停泊していなかった。
難攻不落の海軍港スカパフローと呼ばれていたにもかかわらず、英国は庭先に毒蛇がいることにも気づくことなく、戦艦という国力の象徴だった巨大な戦闘艦をまんまと沈められてしまったのだから、この対応は分からないでもない。
その三日後にはJu88爆撃機四機の爆撃を受け、そのうち一機を撃墜したものの、臣民海軍旗艦『アイアン・デューク』が大破浸水。
チャーチル首相の命により新たに防波堤が作られ、『アイアン・デューク』も浮揚作業の後にスカパフロー軍港に浮かぶ基地の一部として再利用されることが決まった。
第一次大戦で戦艦『エジンコート』と共に戦ったアイアン・デューク級の長女は、この灰色の空の下で戦うことを終えていたのだ。
今はその巨体の中に事務所が設けられ、戦うことなくとも戦争に貢献している。
「……今度ばかりは、私だけが呼び出されて説教を賜る、ではすまないだろうな」
「それは捉え方にもよりかと思われます、艦長。我々は敵艦隊を発見し二十三分間砲撃戦を続け、メインマストを圧し折られました。これによって水曜日砲塔と後部測距儀が使えなくなり、我が艦の火力は敵艦隊に劣り、さらには敵後続艦はまったく砲火に曝されることなく我々を狙っていました。過去の戦訓を参照すれば、我々の決断が過ちではないことは明白です」
「マクミラン中佐はよく舌が回るな。将来は私よりも出世しそうだ」
タグボートに先導される戦艦『エジンコート』の艦橋で、ヴィクスは微笑みを浮かべながらマクミランに言った。
戦闘直後は浮つきがちだった乗員たちも、水兵の殉職を機に考え方を改め、戦闘と言うのはああいうものなのだと感じ取るようになっている。
そして過去の海戦を想い出し、今ここでこうして狭苦しい船室の中、仲間と共に寝起きすることだけでも幸福なことだと、それが疲弊した身心の錯覚だとも考えずに信じきっていた。
「私は……この『エジンコート』が好きです。艦長はもっと好きです。あまりそういうことを言わないで下さい」
口をへの字に曲げながらマクミランが返すと、ヴィクスは笑った。
「それはうれしいことだ。さて、陸地だ。ヴィンセント中将に呼ばれる前に、紅茶でも飲もう」
「ブランデーをトッピングしたものですね」
「よくできた副官がいてくれて、私はとても嬉しいよ」
「どういたしまして、艦長」
傷ついた巨体を引き摺るように、戦艦『エジンコート』は帰港した。
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