第6話「艦対艦砲撃戦」
ボラン少佐からの報告を聞いたマクミラン少佐から、ヴィクス艦長へ敵艦の情報がもたらされると、彼女は眉間に皺を寄せた。
敵艦がドイツの新鋭戦艦である可能性大という報告を聞いても、不思議と艦橋にいる士官たちは動揺していなかった。
だが、ヴィクスが報告を聞いてなお黙り込んでいると、次第にそわそわと身体を揺さぶり始めた。
若手の士官たちはこの非常時、階級上級者を見て事を学ぶが、その階級上級者が不機嫌そうな表情で黙っているから、不安に駆られているのだ。
しばしの葛藤の後、ヴィクスは佐官らしくゆっくりと余裕をもって歩いた。
そしてマクミランを押し退けて伝声管にしがみつき、ボラン少佐に言った。
「砲術長、撃ち方修正。斉射ではなく、交互撃ち方。交互撃ち方に切り替えよ。敵先頭を目標
『こちら砲術長、命令を了解。照準目標アップル。次弾以降は弾種徹甲。左舷交互撃ち方。了解。――測距離百十一海里、電探測距離大凡百十三海里。諸修正完了。諸元宜候。榴弾、左舷交互撃ち方、準備良し』
あとは命令を下すだけだ――しかし、ヴィクスはそれをしなかった。
またゆっくりと艦橋を歩き、力を使い果たしたかのように、座席に腰を下ろした。
彼女は後悔していた。艦長と言うものはそう易々と部下に直接命令するものではない。
こうして各科への命令は、副官を通して行うものであり、艦長自身がこうして出しゃばると、水兵や士官たちに無駄な緊張を与えてしまう。
そういった些細なことが積み重なり、ヒューマンエラーを招き、場合によっては致命的な損害を被ることすらあるのだ。
ヴィクスは胸の中で迂闊だったと呟きながら、マクミランと目を合わせ、厳格な口調で命令を下した。
「左舷交互撃ち方、始め」
「了解、艦長。砲術長、撃ち方始め」
『了解。撃ち方始め』
あとは事の成り行きを見守るしかない。
戦闘とは事前の計画において既に勝算の八割は決しており、残り二割は戦闘状況によるものだ。
が、戦闘に置いて完璧というものは存在しない。
そのため、この二割というのは必然的に『相手よりも失敗しないこと』が占めており、大昔の戦記などに語られる英雄的行為というのは、どうあっても勝利に貢献しない。
とはいえ、勝利には貢献しなくとも、自己犠牲によって多数を守る行為がないわけではない。
事実、ユトランド沖海戦でドイツ巡洋戦艦『リュッツオウ』の12インチ砲弾が巡洋戦艦『ライオン』のQ砲塔に命中した際、多くの水兵が即死した中、致命傷を負った砲塔指揮官のフランシス・ハーヴェイ海兵隊少佐がとった行動は巡洋戦艦『ライオン』を救っている。
しかし、それは伝統ある王室海軍においての話であり、それが臣民海軍にできるのかと言えば、それは「NO」だろう。
誰も彼も死ぬのが怖い。だが、死とは強制を意味する。
死が目の前に降りて来た時、微かにではあっても人間は英雄になれる可能性を得るのだ。
「ラワルピンディの敵討ちだ」
艦橋要員の誰かが呟いた。
ヴィクスは一人、補助巡洋艦であの戦艦二隻と対峙したラワルピンディの乗員たちのことを思い、その恐怖と絶望を考え、覚悟を決めた。
戦艦『エジンコート』は戦艦であり、それ以上でも以下でもない。
であるならば、その名の通り、ヘンリー5世のように勇ましく戦い、ここの北海が誰のものであるかをドイツに知らしめねばなるまい。
―――
ユトランド沖海戦及び戦間期の研究により、イギリスの夾叉式観測法は夾叉式及び梯子段式観測法に変化しており、ボラン少佐はその通りに砲撃観測を行う。
これから彼女は戦艦『エジンコート』の七基十四門備わる連装砲の内、始めは右側の砲のみを発砲する。
そして初弾の弾着を待つことなく、ストップウォッチに設定した規定時間後に、左砲を発砲する。
弾着が敵艦を挟み込むような状態――交叉した後も、これを繰り返すのだ。
ユトランド沖海戦までは、イギリス海軍は初弾の弾着観測を待って第二射を加え、これを夾叉――目標の前後を挟み込むように弾着すること――するか、あるいは目標に命中するまで繰り返す。
夾叉あるいは命中弾があった場合は、全門斉射に切り替える、――それが以前の射撃方法だった。
これはイギリスの射撃法があくまで『計算』重視であったのだ。
対して、ドイツは多くの砲弾を矢継ぎ早に、かつ弾着を見誤らないようにしつつ発砲を繰り返し、それを正確に観測し、修正に加える『観測』重視であった。
血塗れのユトランド沖での戦訓でイギリスはドイツの射撃法の有効性を認め、それを取り入れたのだ。
元々、イギリスの海軍は実力至上主義であり、かのネルソン提督など多くの天才と呼ばれる海軍軍人は、貴族よりも平民からの成り上がりが多い。
そうでなければ、イギリスはここまで精強な海軍を持つことなく、ブリテン諸島に引き篭もり衰退していたに違いない。
そしてそのイギリス第二の海軍、妾とも呼ばれる臣民海軍の鬼子、戦艦『エジンコート』は、今英独戦争において初めて艦対艦攻撃に入った。
全七門ある右砲が電動機構により稼働し射撃指揮所のメーターが示す仰角と方位になるのに、数秒かかった。
そして波浪に飲まれるエジンコートの上下運動のせいで、射撃のチャンスは絶望的にまで低下していたが、ボラン少佐にとってそれらは些末な問題でしかない。
彼女はハンランダーであり、砲術家である。大砲を扱うことに誇りを持ち、この十四門という破格の主砲搭載量を持つ戦艦『エジンコート』を愛していた。
波間に見える敵艦二隻の姿を捉え、その先頭艦をボラン少佐は睨み付ける。
美しい船だが、それは無意味だ。
軍艦とは機能美によって美しさが決まるものであり、造船的美的センスなどという民間造船所の戯言に惑わされるのは愚の骨頂だ。
想定される事象に対処でき、さらに多目的かつ合理的であるものこそが、機能美という美しさの頂点である。
艦首からのラインがどうとか、塗装がどうとか、そんなもので戦争に勝てると言うのなら、まったくこれ以上楽な話はないのだが。
そうであれば、もっとも美しい巨艦たる巡洋戦艦『フッド』を有する英国は無敵となれるだろうに。
「
ボラン少佐はそう言いながら、引き金を引いた。
それに連動しエジンコートの右砲全七門が、一切に火を噴いた。
身体を突き抜けるような轟音と衝撃がその巨体を微かに揺らし、発砲時に砲口付近で生じた衝撃破は海面を抉る。
発砲の衝撃で艦内のあちこちで陶器が砕け散り、固定されていない私物は床にぶちまけられた。
艦上猫兼マスコット兼エジンコート鼠駆除部所属の白黒猫は、尻尾をアライグマのように太くしながら絶叫しどこかへ走り去っていった。
しばらくすると、砲身内の汚れを吹き飛ばすために圧縮空気が放射され、溜息のように砲口から白い蒸気が噴き出した。
右砲全七門は再び電動駆動により砲身が下がり、装填作業に追われる。
次に装填されるのは徹甲弾である。
徹甲弾といっても、戦艦のそれは内部に炸薬が詰まっているものだが。
「左砲撃ち方用意」
続いて、左砲七門による砲撃。
通常の交叉式観測法なら、先の右砲の弾着を観測してから発砲するのだが、夾叉式及び梯子段式観測法は違う。
砲撃し、観測し、砲撃するというプロセスは同じだが、速さが違うのだ。
交叉式観測法は一度の砲撃につき一回観測を行うが、弾着数は『エジンコート』の場合7発。
対して夾叉式及び梯子段式観測法は、二度の砲撃につき一回の観測を行い、『エジンコート』であれば14発の弾着数を観測できる。
つまり夾叉式及び梯子段式観測法の方が、誤差修正に利用できる判断材料が二倍はあるということだ。
以前の交叉式観測法では、交叉または命中後は全門斉射に切り替わる。
が、夾叉式及び梯子段式観測法では交叉後も半々の砲撃を続ける。
主砲発砲時の動揺を抑えつつ、継続して敵艦への命中弾を叩きこむためだ。なんとドイツ式の実戦的なことか。
「
ボラン少佐が同じように引金を引き、轟音と衝撃が艦内に響く。
次は徹甲弾だ――と思いながら、ボラン少佐は各右砲の準備が完了するのを待ちつつ、弾着を確認しようとしたが、嵐の中での観測ということもあり、数個判別不能な弾着があった。
しかし充分だ。
測距では十一海里となっていたが、弾着結果から推定するに、敵艦はもっと奥にいる。
電探は誤差が大きいが当たっていた。敵艦は十二海里ほどの距離にいるだろう。弾着はほぼすべて近弾だった。
数個見失ったが、あれは波の壁に直撃でもしたのだろう。
方位盤室と射撃指揮所は連携して観測結果を元に、即時に不要な要素を除外し計算し直し、諸元を修正した。
あわただしく戦場の熱気が満ちてきた職場に満足しながら、ボラン少佐は右砲の装填はもう少しで終わるだろうと思った。
すると、ボランの目に一瞬、火の玉のような光が見えた。
あれはなんだと彼女は思ったが、口からはすでにその答えが零れ出していた。
「敵艦発砲、衝撃に備えろ」
―――
数百キロを超す鉄の塊が音速を超えて海面に突き刺さる。
水柱が勢いよく立ち昇り、打上げられた海水が戦艦『エジンコート』に降り掛かってくるが、ダズル迷彩の巨体はそれをものともせず荒海を進む。
衝撃で微かに艦がぐらりと揺れはしたが、各部署に損害はない。
次々と挙がる各部署からの損害なしという報告が昂揚感を生み出すのか、はたまた、敵に撃たれても無傷であるということが、自分は無敵であると言う勘違いを生み出したのか、艦橋に佇む若手士官の数名の表情が僅かに喜色ばむ。
しかし、ヴィクスは違った。
椅子に座り込んだまま事の成り行きを見守るように、彼女は艦橋内を見渡して、時折マクミランの報告に頷き、適切な指示を与えて艦を運用している。
それは傍から見れば堂々たる指揮官そのものであっただろうが、実際は違う。
ヴィクスは恐怖を感じていた。
厳格な指揮官であるように見えるが、その内面は足と手が震えないように見せるだけで精一杯であり、椅子に座り込んだま動かないのは、それを悟られないようにするためでもあった。
「艦長。敵弾、弾着。至近ですが、すべて近弾です。応射までの時間を考えると、我々の発砲以前にこちらの存在を感知していたようです」
マクミランがヴィクスに報告する。
他の士官と違い、マクミランやスヴェンソンは緊迫感を滲ませ、状況を理解しているようだった。
「相手もレーダーがあったか、逆探知か。観測機ではないだろうからな」
この荒天で水上観測機を射出するのは、搭乗員を殺すだけだ。
カタパルトから撃ち出され、飛び立つ間もなく荒波の壁に激突し叩き潰される。
もし無事に飛びたてたとしても、回収のために着水しなくてはならない。
この波浪の中を時速百数キロで着水するのは、不可能だ。
「艦長、目標アップルとバターの速力ですが、想定よりも高速です」スヴェンソンが言った。「このままでは同航戦になります」
「了解した、大尉。針路を変更し距離を保ちつつ、同航戦を展開する。速度そのまま。離脱する際は私が号令を掛ける」
「アイアイ・マム。――針路修正、速度そのまま。敵艦隊と同航戦へ移行する」
操舵員がスヴェンソンの言ったとおりに舵輪を傾け、戦艦エジンコートはその通りに動く。
同航戦とは、敵艦隊及び自艦隊が平行線を辿りながら砲撃を続ける状態のことだ。
そしてこの状態は、戦列艦時代から双方が最大火力を発揮できるという意味でもあった。
古来より主力艦と言うのは、砲搭載容積の多い側面方向への火力が高い。
相対的に前方へ向けての砲撃は苦手であり、T字戦法が推奨されているのはそのせいでもある。
無論、この特性を利用したホレイショ・ネルソン提督が行った〝ネルソンタッチ〟という奇策もありはしたが、この戦法はまず敵艦隊の主砲発射速度が極めて遅く、敵艦隊の砲総合火力が自軍よりも劣っている場合にのみ有効という、極端なものだ。両舷同時に主砲を展開できる戦列艦ならまだしも、現代の戦艦においてこの戦法は時代錯誤も甚だしい。
ヴィクスは思案した。
我が方の砲門数は世界最多の十四門であるが、敵は戦艦二隻。ドイッチュラント級ならば二隻合わせても主砲門数は十二門である。
しかし、敵艦は新鋭戦艦だと言う。
甘く見積もったところで、どう考えても連装三基の総計十二門。
もしくは三連装三基の十八門だ。
たかが四門の差ではあるが、されど四門の差である。
測距儀の数で言っても、単純に敵艦隊はエジンコートの二倍ある。
また、同一目標しか砲撃できないエジンコートに対し、敵艦隊の内一隻はまったく砲撃の恐怖に曝されることなく、こちらを冷静に狙い撃ちできるのだ。
戦艦エジンコートの全右砲が再び火を噴き、轟音と衝撃が腹を震わす。
次にどうすべきか考え続けるヴィクスの耳に、マクミランの報告が入る。
「艦長、主砲射撃指揮所より報告。目標アップルの主砲塔二基発砲炎観ず、目標バターは全砲門健在とのことです」
「そうか。しかし、今更照準を修正すれば、我が方は一定時間砲撃不可能となる。このまま砲撃を続けよう」
「アイアイ・マム。――実はボラン少佐が、目標バターへ照準修正許可を取ろうとしていましたので」
「だろうな」
ボラン少佐は恐らく、目標バターがユトランド沖海戦のドイツ海軍巡洋戦艦『デアフリンガー』と被ったのだろうとヴィクスは思った。
ドイツ海軍巡洋戦艦『デアフリンガー』はユトランド沖海戦の緒戦で、イギリス海軍側のミスによりまったく砲撃にさらされることなく、砲撃を行っていた。
そのデアフリンガーは、英国海軍の巡洋戦艦『クイーン・メリー』を多くの命と共に爆沈させたのだ。
ヴィクスが言ったとおり、一度照準を決めてしまってから他の目標に照準を調整するのは簡単なことではない。
砲術と言うのは複雑な数学をもってして行うものであり、計算による計算が繰り返され、その解を実施し、さらに修正しというプロセスを繰り返すものだ。
そのため、照準を変更している間、『エジンコート』の主砲十四門は完全に沈黙してしまうのである。
『エジンコート』に与えられた任務は、敵艦の撃沈ではなく、足止めだ。
だがイギリスの巡洋戦艦で最寄港にいるのは、『レナウン』と『レパルス』くらいだろう。
その二艦も、クライド湾から出撃した本国艦隊の『ネルソン』及び『ロドネイ』の鈍足に引っ張られ、到着はかなり遅れるとヴィクスは確信していた。
そうでなくても、リヴェンジ級超弩級戦艦を巡洋戦艦に焼き直したような代物で、あのドイツ新鋭戦艦がどうにかなるとも思えない。
味方艦隊の到着が間に合うのであれば、ヴィクスもそれなりに覚悟を決めるつもりではあったが、この天候では雷撃機も偵察機も出せず、足止めに成功しても本国艦隊はこの二隻を取り逃がすだろう。
嫌な発想だと、ヴィクスは歯を食いしばる。
完璧に相手を叩き潰せる戦力をそのままぶつけようとするため、快速の艦が鈍足の戦艦に引っ張られ、艦隊速力は最大でも二十ノットが精々だ。
巡洋戦艦の持つ最大の長所は、その足の速さではなかったのかと、ヴィクスは愚痴りたくなった。
今ここに『レナウン』と『レパルス』がいてくれたなら。
いてくれさえいれば、神と国王陛下に誓って英国海軍を讃美してやろうと彼女は思っていた。
だが、『レナウン』と『レパルス』はここにはいないのだ。
「艦長、主砲射撃指揮所より具申。視界不良のため観測難度高く、有効打を与えんと考えんとするならば敵艦隊への接近を望む、とのことです」
「ボラン少佐だな」
「イエス・マム。砲術長、ボラン少佐です」
どうすべきか思案せねばならない。
だが今は戦闘中であり、各部署の長を招集し会議を開いたり、じっくりと考え込むような時間はない。
こうしている間にも戦艦『エジンコート』は砲弾を発射し、対峙する敵艦隊はそれに応射しているのだ。
ヴィクスにはボラン少佐の言いたいことがよく分かっていた。
ボラン少佐は、主砲の最大射程距離近くでは命中弾を与えることは難しく、さらにこの悪天候では弾着修正も困難で、もともと乏しい命中精度がさらに悲惨なものとなる、と言いたいのだろう。
ただでさえ臣民海軍には士官が少なく、練度も乏しいのだ。
そんな状況で主砲の最大射程距離近くの敵を悪天候の中仕留めろ、というのは、ハリケーンの中でバードハントをするようなものだ。
確実に敵艦隊の足止めをするならば、接近した方が良いだろう。
己が内にある恐怖心に抗ってでも――だ。
「よろしい、では――」
ヴィクスがマクミランに命令を伝達しようとした瞬間、誰かが『エジンコート』の背中を蹴っ飛ばしたかのような、強烈な衝撃が彼女を襲った。
喉まで出かかった言葉ごとヴィクスは椅子から転げ落ち、脇腹を冷たい床に強か打ち付け、悶絶する。
その頭からは帽子が零れ落ち、艦橋の床を器用にころころと転がっていった。
若年の士官の一人がそれを手に取ろうとするが、『エジンコート』が波に揺さぶられたせいでバランスを崩し、彼女もまた転倒してしまった。
見れば、艦橋要員のほとんどはいきなり背中を蹴っ飛ばされた淑女のように目を白黒させて尻もちをついていた。
涙で滲む視界に映ったのは海図台にしがみ付くスヴェンソンと、伝声管を片手に帽子を手で抑えるマクミラン。
必死で舵輪に取りついている操舵手。
頭をどこかにぶつけ額から血を流す士官と、なにがおこったのか分からず首を左右に振る士官。
そして、ようやく停止した艦長帽だ。
「くそったれめ。マクミラン少佐、状況を……報告しろ」
「待ってください、艦長」
痛みに耐えながらヴィクスは立ち上がり、マクミランを見た。
マクミランは各部署からの報告を聞いてから、一言。
「メインマストが折れました」
と言った。
レーダーもです、とマクミランは続け、ずれた帽子を被り直した。
―――
数回の応射を交えて先に被弾したのは戦艦『エジンコート』の方だった。
肝心の砲弾は装甲帯や砲塔バーベット部ではなく、艦橋後部にあるメインマストに命中し、それを抉るように貫いただけに留まった。
貫通した砲弾は海面に突っ込み、その衝撃で爆発したが、それはわずかにエジンコートを揺るがしただけだった。
メインマストは柱の一部失いぐらりと傾いだが、一瞬持ちこたえるようなそぶりを見せ、やはり無理だと力を抜いてしまったかのように左側に折れ曲がり、強風に煽られて斜め後ろに倒壊した。
この影響でメインマストの真後ろに設置されていた『水曜日』砲塔はメインマストの残骸が砲身に直撃し、俯仰ハンドルがたちまち動かなくなり、さらに悪いことに砲尾に砲弾を押し込む棒――ラマー――が故障してしまった。
砲塔付士官の北アイルランド出身でそばかす交じりの顔のイーファ・オドンネル大尉が慌てて砲塔の外に飛び出してみると、水曜日砲塔はメインマストの残骸に押さえ込まれたような状態で、まともな砲撃などもうできないのは明白だった。
雨と冷や汗でびしょ濡れになったイーファ・オドンネル大尉は艦橋に「水曜日砲塔、射撃不能」と連絡したが、この時は誰も、メインマストと水曜日砲塔以外に使いものにならなくなったものがあったことを、気にも留めていなかった。
それよりも、発砲により加熱された砲身内に砲弾が装填されていると言うのに、このまま発砲すると間違いなく、控えめに言って〝物凄い事〟になるだろうという予測の方が現実的で、深刻な問題だと思っていた。
イーファ・オドンネル大尉がメインマストの状況を詳細をマクミラン少佐に説明すると、水曜日砲塔と後部艦橋測距儀、そしてレーダーが使用不可能になったということが明らかになった。
「運が悪かったんです」
と、イーファ・オドンネル大尉が言った。
マクミランはくすりともせず、ただ淡々と受話器に返した。
「呪われているの間違いじゃないか?」
―――
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