177.目まぐるしい一日の終わりと告白


 イリーナが生きていた。

 

 確かに爺さんは『倒れていた』としか言っていないのでその可能性はあったんだが、もうダメだと俺が勝手に思い込んでいただけ。

 ……俺が信じなくてどうするって話だよな。


 「良かった……一人でも生きててくれて……」

 「あらあら、アル様が泣くなんて珍しいですね」

 「そりゃそうだよ! ここに残っていた人はみんな死んだと思っていたんだから……。あ、そうだ! マイヤも生きているよ!」

 「え!?」


 今度はイリーナが驚く番で、口に手を当てて目を見開いて言葉を詰まらせた後に涙を零す。

 ツィアル国の港町で旦那と子供と一緒に過ごしていることを告げ、いつか会いに行こうと背中をさすってあげた。

 二人の再会の時には一緒に居てあげたい、そう思う。


 「アルフェン食べてる? あれ、その人は?」

 「こんばんは、可愛いお嬢さん」

 「あ、はい、こんばんは!」

 「この人はイリーナって言って、この屋敷でメイドをやってくれていたんだ」

 

 リンカがお皿をもって近づいてくると、イリーナが優しく微笑み挨拶をすると、慌てて姿勢を正して返事をする。

 俺が紹介するとイリーナがこっちを見て首を傾げる。


 「アル様の恋人ですか? 可愛らしい人を見つけましたね」

 「ああああ、いや、ち、違うよ、彼女は危ないところを逃げてきて俺と暮らすことにしたんだ」

 「そ、そうです! で、でも私はそれでもいいかも……」

 「なにいってんの!?」

 「あふあぁ……」


 なんかリンカが赤い顔でもじもじしているので頬を引っ張って黙らせる。

 婆ちゃんがなにを言ったんだか気になる。

 いや、だって大して付き合い長くないよ? 好きだとはならないと思うんだが……。


 とりあえずイリーナにはこの6年あまりの話をして婚約者もいることを話しておいた。

 また泣かれてしまったが無事でよかったと、ウチのせいで自分も危ない目にあったのに心配してくれたことが嬉しかった。


 「では、明日からまたお世話になります」

 「うん、イリーナなら慣れているから心強いよ。でも、また危ないことになるかもしれないけど……」

 「その時はその時ですよ。前みたいにいきなり襲撃されるのではなくて、備えていれば結果は変わると思います。アルベール様もいらっしゃいますし、返り討ちにすることが出来るかもしれません」

 「わ、強い」


 一度死にかけたからから怖くないと笑顔で俺達に笑いかけてきたイリーナはちょっと怖かった。

 

 そんな感じでまさかの再会を喜び、宴会が終わるも外で寝ている人達もいっぱいいるが今日くらいはと爺さんが面倒を見るといい放置となった。

 まあ暖かい季節だし風邪を引いたりすることはないと思う。


 風呂に入り損ねたなと思いながら自室へ戻り、昼間干していた布団の上に座る。

 改めて部屋を見渡すと本当にあの夜、惨劇があったのかと錯覚するくらい穏やかでなにも変わらない。

 

 終わりの地からまた始める。

 まだきちんとした計画が決まっていないのでしばらくは穏やかに過ごすことになりそうだが、早いうちに指針は決めたいと思う。


 「久しぶりに『ブック・オブ・アカシック』を開いてみるか」

 <なにを聞くんです?>

 「今後のことだな。黒い剣士についてとかここまで来たらなんか教えてくれそうだし」


 俺は懐から取り出してページをめくる。

 そういやリンカを推していたけど、居ることを告げたらどうなるんだ?


 「……とりあえず実家に戻って来た。ここから黒い剣士の情報を集めるにはどうすれば、いい?」


 ‟……帰って来たか。

 まずは私の情報をばらまくのを優先することが大切だ。あの連中は各地に散らばっているらしいから生家に戻ったなら、向こうも捉えやすくなるだろう”


 なるほど、見解としては同じか。

 やっぱり町の警備強化と俺自身の強化が必要だな。実を言うとどこそこへ行けば戦える、みたいな話をしてくれると期待した。

 こいつ、情報を小出しにしてくるという癖があるからそろそろ出してくるかと思ったんだがな。


 「なら次は――」


 と、俺が考えたその時、部屋の扉がノックされた。


 「はーい、爺ちゃん?」

 「えっと、私よ」

 「あれ、リンカ? どうしたんだ? 開いてるよ」


 まさかのリンカだった。

 先にお風呂に入ると言って、イリーナと一緒に先に戻っていたからもう寝ていると思ったんだけどな。

 部屋に招き入れると寝巻(これも母さんの子供の頃のものらしい)を着たリンカが入って来る。


 「ごめん、もう寝るところだった?」

 「いや、まだ大丈夫だよ」

 <……まさか、夜這い……!!>

 「うるさいよ!?」

 「え? ど、どうしたの急に。やっぱり迷惑だった?」

 「いやいや違うよ!? で、なに?」


 俺が慌てて少し座る場所をずらしてリンカを座らせる。

 しばらく黙っていたリンカだが、困惑した顔で俺の目を見て口を開いた。


 「あの、あのね。変なことをを聞いていい?」

 「内容によるけど……」

 「うん……アルフェンは前世の記憶って信じる?」

 「……!」


 いきなりオカルト的な話を持ち出して来て俺は驚いた。

 なにごとかと思っていると、リンカはさらに続ける。


 「昼間に国王様と話している時に『あの連中が生きているということは他にも犠牲が出る可能性も高いんです。人をあっさり殺す悪魔のような連中をのさばらせておくわけにはいかない』って言ってたよね。あれ、聞いたことがあるの。私がこの世界に来る前に」

 「なんだって……?」


 確かに口にしたことがある、と思う。

 だけどそれは彼女の言う通り前世での話で、家族が殺された時に裏世界へ行く時に師匠に当たる人と、久遠 怜香……親友だった女にしか言った覚えがない。


 「他にもあなたが口にした言葉や仕草に見覚えがあるわ。アルフェンはそういうことない?」

 「俺は……」


 リンカに色々と怜香を思わせるところが、あるといえばその通りだ。

 俺がここに居るんだからあってもおかしくない。

 イルネースならやらかすだろうとも思える。


 だけどそれを知ってどうなるというのか……


 今の俺はアルフェン=ゼグライトでリンカ=ブライネルなのだ。

 

 <アル様、本が……!>

 「なんだ? ……こいつ!」


 ‟そこにリンカ=ブライネルが居るのか! やはり因果は変わらないか……。

 それで、いい。彼女はお前にとって忘れがたい存在――”


 「それは――」

 「どうしたの? ……えっと、私の前世での名前は久遠 怜香。あなたは久我 和人という名前に覚えは、ない?」

 

 『ブック・オブ・アカシック』が筆跡を浮かび上がらせるより早く、リンカが、俺と彼女の前世での名を口に、した。

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