124.いつかまた戻る日まで


 シェリシンダ王国から戻ると本格的な旅の準備が始まり、慌ただしい日が続いた。とはいえ、収納魔法がある俺にとって荷造りはとても楽なものだ。

 必要なものとしては食料と水、お金と少しの着替えがあると良い。

 で、マチェットは目立つので一応、通常の剣と盾を一式購入。

 防具はツィアルで買ったものがあるのでそれを使うことにした。

 

 双子には俺は出かけてくることを告げ、必ず帰ってくることを毎日言い続けた。

 二人とも大泣きしていたが、ルークは程なくして納得してくれ、ルーナも俺と母さん、それとエリベールが説得し続けて三日。ようやっと泣き止んでくれた。

 

 一番懸念していたのがこの二人の依存だったので、これは僥倖というところだろう。ぶっちゃけエリベールが居なかったらちょっと難しかったかもしれない……。


 「私も待つんだから必ず帰って来てよね」

 「待つのー……ぐす……」


 と、同じ女の子同士、はては同志としての共通項か、お兄ちゃんからお姉ちゃんへシフトチェンジとなっていた。


 「ぼく、強くなって兄ちゃんを追いかけるね!」


 ルークは別のベクトルでモチベーションを上げていたのでそこはやはり男の子かな。

 何度かラッド達と冒険者の依頼を受けた時に連れて行ったことがあるんだが、目を輝かせていたあたり父さんの子だなと苦笑したものだ。


 ちなみに夜の営みはきちんとしていたことをここに宣言します。

 寝室は双子に邪魔されないよう離れに移動していたので仲を深めることはできた。


 「絶対、何人か連れて帰るわよねこの子」

 「大丈夫です。何人いても私が制御してみせますから!」


 だが、恋人からの信用は薄い。

 そうそう、異性がついてくるなんてことは有り得ないと思うけどな?


 ――そしていよいよ旅立ち前夜となり、今日は一人でベッドに寝転がっていた。


 <九日も一緒でしたし、急に居なくなると寂しいですね>

 「まあな。それでも、やらなくちゃいけないことだ」


 両親や双子だけじゃなく、こっちの祖父母も良くしてくれた。

 あっちの祖父母にも紹介したいってのもある。フォーゲンバーグ家のおかげで俺はここまで成長できたってな。

 

 あの時、母さんに助けられなかったとしてもなんとか生き延びたに違いない。

 だが、もっと荒んで本当に復讐に凝り固まった前世と同じ道を歩んでいたと思うのだ。

 

 「……大森林で盗賊に襲われていたあんたを助けてもう6年も経つのね、早いわ」

 「あの時は父さんが焦って母さんのところに来たのが面白かったなあ」

 「そりゃ別れたとはいえ、好きな人が子供を連れていたらそうなる……お前だってエリベール様がラッド王子に相談しに行っていたのを嫉妬したんだろうが」

 「ふふ、そうだったのね」


 父さんの反撃に口を尖らせているとエリベールが柔らかく笑う。そこでベイガン爺さんが口を開く。


 「たった6年、されど6年。アル、お前の家はここにもあるということを忘れるな? 復讐などいつ止めてもいいのだ。辛くなれば戻ってこい」

 

 最近は双子にデレデレだった爺さんが真面目な顔で俺を見据えてそんなことを言う。

 でも俺は知っているのだ、子が産めない母さんを排除しようとしていたことを子供が居ない時に何度も謝罪していることを。

 自分の子に妙な伴侶をつけたくない、というのは貴族社会でメンツを保つためにも必要なので爺さんだけが悪いという訳ではない。


 「ゼルガイドを失わず、孫に恵まれたのは間違いなくアルのおかげですからね。血は繋がっていなくてもフォーゲンバーグ家の子として胸を張ってもらえると嬉しいわ」

 「ありがとう、爺ちゃんに婆ちゃん。なんかあったら帰って来るし、手紙も出せそうなところから出そうかと思ってる」

 「ええ、待っているわ」


 初めて会った時のキツイ表情とは打って変わって優しく微笑むモーラ婆さん。

 意外だったのはこの人が双子が生まれても俺を蔑ろにしなかったことだ。

 理由は聞いても教えてくれなかったので、母さんの治療をしたことで感謝しているから……と思っていたが違った。


 俺には『復讐』という目的があるので、放っておくとどんどん危険な方へと行くという心配があるから目を離せないのだとか。

 だから居心地のいい家にしなければ俺はきっと早いうちに出て行くであろうと考えていたらしい。

 恩人でもあり、母さんが連れてきた子を分け隔てることはしたくないとの意思があたようだ。……できれば旅に出させたくないとは婆さんと二人で話した時に聞いた。


 「……」

 「……」

 「ルーク、ルーナそんな顔をするな、兄ちゃんは必ず帰ってくる」

 「そうよ二人とも。次に会える時も笑顔で居ないと、アルは帰ってこないかも?」


 母さんが意地悪でそう言うと、二人は慌てて俺の方を向いてにこーっと微笑む。


 「ぜったい帰って来てね!」

 「ぼくたちずっと待ってるから!」

 「ああ、もちろんだ」


 二人を撫でて最後の朝食を終えると屋敷の外へと歩いていく。

 馬車で港まで行けば後は一人……。


 そんなことを考えていると、屋敷の外には――


 「やあ、アル」

 「……見送りに来たぜ」

 「ラッド、イワン……」


 ――学校の同級生が立っていた。


 「来てくれたのか……」

 「そりゃあ、親友の門出ってやつに来ないわけにはいかないだろう? ……寂しくなるねえ」

 「アル、死ぬんじゃねえぞ。……くそ、目から汗が出てしかたねえ……」

 「ありがとうな二人とも。友達なんて要らないと思ってたけど、悪くなかった。いや、良かったよ」


 俺が手を差し出すとラッドが笑いながら握手をし、目から大量の汗を流すイワンが握手に手を置いた。


 「あーあ、僕はアルを側近にしたかったけど、将来はシェリシンダ王国の国王か。ま、親友枠として頼むよ?」

 「厄介な話だな……ふふ……はははは」

 「あはははは! ……気を付けてね、アルベール将軍から連絡が無いのがどうにも怪しい」

 「ああ」


 真面目な顔をするラッドの手を離して頷く。

 こいつは賢い。きっと将来いい国王になるはずだ。後で即位した時に色々教えて貰おうと思う。


 そして馬車に乗り込む前にエリベールと双子が近づいてきて抱き着いた。


 「お、おい……」

 「最後に一度だけ……必ずまた……」

 「「にいちゃぁぁぁぁん! あああああん!」」


 みんなには見えないようにキスをし、俺はそっと離れて馬車へ。

 ゆっくりと進みだし、俺は窓から顔を出して叫ぶ。


 「ありがとうみんな! 父さん、母さん、育てて貰った恩って訳じゃないけど俺の部屋にお金を残してきた。双子のために使ってくれ! 本当に……ありがとう!

 エリベール、必ず戻ってくる! だからごめん、少しだけ待ってて!」

 「うん……!! 気を付けて――」


 屋敷の前で手を振るみんなに見送られ、姿が見えなくなるまでずっと見ていた。

 町の門を出たところで御者の使用人が苦笑しながら声をかけてきた。


 「……珍しいですね、アル坊ちゃんが泣いているのを見るのは初めてかもしれません」

 「かもね。俺は精神的には大人なんだと思っていたし、復讐しかないと思っていた。けど、俺はここで幸せだった。多分、このまま過ごしても罰は当たらないんだろうけど――」


 ――身内が居なくなる寂しさはよく知っている。アルベール爺さん達には攻めて俺が生きていることは知らせたい。


 「……さて、まずはグラディスのところか」

 

 すんなり帰れるといいが……

 そんなことを思いつつ、イークンベルの景色を見ながら港町へ向かうのだった――

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