101.化かし合い


 「ようこそ、冒険者。この方がツィアル国王の、ヨルダ=ライク=ツィアルである。そして私はこの王宮に仕える魔術士兼陛下の主治医であるカーラン=マクワイルドだ」


 クソエルフことカーランが仰々しくそんな自己紹介をしてくれる。

 知ってるっつーの! ……とはいえず、グラディスと共に膝をついて次の言葉を待つ。


 さて、どうやら目標の人物との接触に成功したらしい俺はマフラーの下にある口元を緩めていた。ここまでは本の目論見通り。

 ここからはどういう経緯を辿って討伐になるのかを確認しなければならない。

 本にはそこまでのことが書かれていなかった……というより、俺がそれを聞いていないからなのだが。

 ともあれ、まずはこいつの話を聞くべきかと耳を傾ける。


 「お前達の活躍、聞き及んでいる。ここへ来てそれほど警戒していないのにも関わらず、魔物を相当数狩っているとな。……名を名乗れと陛下が仰せだ」


 なんだ? 国王は喋れないのか……?

 とりあえず俺の正体を知っているかどうか、確かめる時が来たか。


 「はっ、おほめにあずかり光栄でございます。僕の名はアルフェン、人族です。こちらは魔人族のグラディス。二人で活動をしています」

 「なるほど……魔人族か。それならば魔物くらいなんとでもなるか。それにしても子供がどうして冒険者に?」

 「彼は人族の言葉を話せないので僕が代弁をしております。代わりに戦力を提供してもらっていると思っていただけると」


 俺の言葉にフードが揺れ、下の口が動く。


 「確かに理に叶っているな。話せなければ依頼は受けられない。だが、子供だけでは魔物を倒すのはかなり厳しい。賢いなお前は」

 「いえ、生きるためには知恵を絞らねばなりませんので」

 「面白い小僧だ。……そうですな。二人とも顔を上げて良いとのことだ」


 カーランに言われてグラディスにも魔人語でそう告げ、俺達は顔を上げる。

 こいつは俺の顔を知らないはずだが、万が一のためにマフラーをしていた。

 大将達がピンポイントでさらった理由が分からないからな。


 「……いい顔つきだ。苦労をしているな?」

 「いえ……」


 反応なし。

 となると、大将はエドワウの屋敷で【呪い】を解いたときに送られてきた監視役だったってことか? 一ヶ月あれば特定はできるかもしれないが……

 そんなことを考えていると、カーランが本題に入った。


 「さて、お前達を呼び出したのは他でもない。依頼の乱獲を止めてもらいたいからだ」

 「依頼を、ですか? それはどうしてでしょう?」

 「そこを詮索する必要はないな。お前達は黙って言うことを聞けばいいだけだ」

 「……お言葉ですが、冒険者が魔物を退治してお金を稼ぐのが基本。それをやるなと言われれば僕達はご飯を食べられなくなります」


 ちょっと生意気な口調だが、子供らしく感情で反論をしてみる。とはいえ、これは正論だろう。冒険者に依頼をするななど、有り得ない。

 ゼルガイド父さん達のようにその分、兵士が肩代わりをしているならまだしも、それもやっていない。

 故に依頼が溢れているのだからな。


 「国とてそれほど金があるわけではない。税金が望めぬ今、冒険者に払う金は無いということだ」

 「なるほど……しかし、魔物が増えて困っているのは国民や領民では? そこを改善しない限り、増税は見込めないと思います」

 「生意気を言う。……まあ、言いたいことはわかるが、国を亡ぼすわけにはいかん。意見として聞いておこう」

 「では、僕に代わりの金策を教えていただけるということですかね?」


 俺は目を細めてそう返すと、カーランが口をへの字にして少し考える仕草をし、国王に顔を近づける。

 このまま牢にでも入れるか? 陰湿なこいつならやりそうだ。


 「陛下からの言葉だ。金をやるわけにはいかん。知っているかは分からんが、現在、魔人族の国と我が国は折り合いが悪い。そちらの男を理由にして追い出すことはできるが?」

 「なるほど……では、なにかお手伝いできることはありませんか? それか依頼をどの程度まで許容できるのかを提示していただきたい」


 この国のために、とは言いたくないができれば前者でなにか提案をしてくれると助かる。王宮に入る口実ができるからな。

 しかし、グラディスがここでネックになったかとも感じていた。

 まあ、いきなり処刑やら追放やらされないだけマシと思うしかないか。


 考えているようだがどうする?

 ここで追い返されてもまだ手が無いわけじゃないが、ひとつ聞いてみるか。


 「……決めかねているならひとつお話を。実を言うと、僕がここに来た理由は立ち寄った村が襲撃されて、村人が誘拐されたことを聞きつけたからなんです。

 折角なのでお伺いしたいのですが、そういった情報はありませんか? ギルドでは分からないらしいのですが……」

 「……!」


 ふむ、フードが揺れたか。

 そう思っていると、カーランが口を開く。


 「……聞いたことがないな。そんなことが合ったのか? あそこはルイグラス殿の管轄だったはずだが、報告が無い」

 「そうですか」

 「アルフェンとグラディスと言ったな。金が欲しいなら私の仕事を手伝ってもらおうか」

 「なんなりと。どういった内容かお伺いしても?」

 「もちろんだ。冒険者はなにも魔物を倒すだけが仕事ではあるまい。この王宮は近く起こるであろう戦に備えて改築を考えている」


 戦……イークンベルか魔人族か……? どっちとだ? 攻めてくるとすれば魔人族だろうが……


 「そこで力のある人手が欲しいのだ。となればそこの魔人族の男はちょうどいい。通訳としてアルフェンも雇ってやろう。まあ、金額は少ないが寝泊りと食事、少々の小遣い程度にはなる」

 「ふむ……一日、3000ルクスくらい、ですね」

 「不満か? 3500でどうだ」


 冒険者にしちゃ少ないが、これはチャンスか。

 俺はグラディスに相談すると、任せると言ってくれたので返事をする。


 「承知しました。俺も役に立つことが分かれば値上げを要求しても?」

 「……がめつい子供だ。まあ、私がそう思えればな」

 「死にたくはありませんからね」

 「素直なのは結構だが、あまり調子にのると早死にするぞ」

 「はい」

 「では追って通達する。今日は帰ってもらっていい。契約書を明日までに用意しておくから、早朝尋ねてこい」


 俺は特に何も言わずに頷き、踵を返して謁見の間を出るため歩き出す。

 すると――


 「……待て、アルフェン。お前の顔、どこかで見たことがあるような気がする。そのマフラーを取ってみろ」

 「申し訳ございません、大きな傷を負っておりまして、お見苦しいかと思いつけているのですが……」

 「構わない。見せろ……。う……」

 「申し訳ありません」

 「も、もういい、行け」


 その場でお辞儀をして謁見の間を出ていく。

 マフラーの下には遠目からでは分かりにくいが、酷く焼けこげたように細工してあるのだ。


 ……さて、二つ失言を取れたな。

 一度ルイグラスに連絡を取りたいところだがどうするかね?

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