83.どうにもならないこともアル


 「ゼル、どうだった?」

 「……ダメだ、目撃者がいない……。港まで調査したが、船に乗る人間に怪しい奴はいなかった」

 「ギルドカードの偽造は?」

 「受付がグルになっていたら分からんが、それも無い。もしくはすでに出航したか……」

 「この国でほとぼりが冷めるまで隠れているか、だな」

 「父さん……」


 ソファに座っていたお義父様が顔の前で手を組み、神妙に口を開く。その可能性はまだ捨てきれないけど、あたしは期待していない。

  騎士団や町の包囲網をしっかり抜けていくような相手だから、巧妙に抜けたのではと。


 冒険者時代、ランクが低く金周りの悪いやつらが『そういうこと』に手を出す輩は少なからずいたしね。良いことではないけど、誘拐と売買、違法品の取引なんかは組織やグループでやっているからタチが悪い。


 「では各町をしらみつぶしにというのはどうです、あなた?」

 「金を使って協力者を仰ぐか……」

 「それはもう陛下がやってくれています。シェリシンダにも通達しているそうです」

 「なんと、陛下がか? 早いな」

 「ラッド王子とライラ王女が陛下の尻を叩いた感じだな。友達を助けたいと怒鳴っていたとさ」


 あたしはミーア先生と一緒にその場に居たんだけど、双子の鼻水を出しながら大泣きしていたのも効果はあったと思う。これはライラ王女の案だったけど。

 そんなわけで今は町や村、大森林も捜索範囲に入っている。

 

 仕事と捜索は半々といったところだけど、子供一人にここまでしてくれるのはありがたいね。


 「まあ、陛下もアルのことは認めているし、見つけて我が国は安心だと言いたいのもあるかもな」

 「そうか……。よし、ウチの領では冒険者を募ろう。個人的にも報酬を出せば情報くらい集まるだろう」

 「アルのためにそこまでしていただけるんですか?」

 「あの子も今ではあなた達の息子。私達からすれば孫ですからね。今日はこの辺で失礼するわ、あなた行きましょう」

 「うむ。またな、ルークにルーナ。アルは必ず見つかるさ」


 双子に目線を合わせて笑いかけるお義父様とお義母様。

 ようやく泣き止んだけど、いつもの元気はどこにもなく、二人も困っていた。


 「……うん、また来てねじいじ」

 「ばあば、またね」

 「うん、うん……またね」


 お義母様が二人にキスをして帰っていく。

 双子も気を利かせたのか、二人にきちんと挨拶して見送った。


 「偉かったね二人とも」

 「うん……」

 「ありがと、ママ」

 「アルは帰ってくる。だからお前達も無事を祈って待つんだぞ」


 ゼルが微笑みながら二人の頭に手を乗せてそう言うと、俯いていたルーナが顔を上げ、涙を拭いてから拳を握る。


 「パパ、アルにいちゃみたいにルーナも剣を使いたい! おしえて!」

 「ぼくも! ママに魔法もおしえてもらいたい!」

 「ええ、どうしたんだい?」

 「アルにいちゃは魔人に攫われちゃったの。だから、ルーナ達が強くなって魔人をやっつける! そしたら帰って来られるもん!」

 「にいちゃがいなかったらぼくが連れていかれたかも……だからにいちゃをたすけるんだ」


 なんと、泣き止んだ双子は落ち込んでいるわけではなく、アルを助けに行く方法を考えていたみたい。

 ふふ、ウチの子はただ泣いているだけじゃない、強い子だったわね。

 それに修行に明け暮れれば気がまぎれるかとも思う。


 「……それじゃ、学校が無い時は魔法を教えてあげるよ。ゼルも休みの日は剣を教えて?」

 「わかった。そのかわり厳しくするぞ? いいのか?」

 「パパ好きー!!」

 「おっとと……嬉しいけど、お前達アルのことホントに好きだなあ」


 ――そんなわけでイークベルンはアルを探すために尽力することに決め、双子も力をつけるために修行をすることに。

 アルでもきちんと教え始めたのは7歳からだったし、ちょっと早い気もするけど泣いてばかりよりはいいかと切り替える。


 ……アル、あんたは今どこにいるんだい? みんな待っているんだ、生きていてね。そうでなくっちゃあんたの人生、なんだったのか分からないよ――


 ◆ ◇ ◆


 「これは……大変なことになりましたな……」

 「ア、アルが誘拐……」

 

 大臣のテオルドが手にしたイークベルンからの書状にはアルが攫われた旨が書かれていて、私は目の前が真っ暗になる。

 

 「僕達に関わったからだろうか……だとしたら申し訳ないな」

 「何者かはまだ分かりません、金銭目的の犯行なら無事でしょう」

 「そうじゃない場合は……」

 「もし、カーランとやらの仕業であれば……もう大陸を渡っているかもしれませんね……」


 エドワウさんとミスミーさんの言葉にお母様は険しい表情で首を振る。

 やっぱり、あまり状況は良くないみたいね……


 「お母様、ツィアル国へ捜索隊を出すのはできませんか?」

 「難しいわね。こちらはイークベルンと協力関係にあるから、下手に兵を送ると侵略行為とみなされたら大変なことになるわ。ただでさえ、カーランのことで不信がある国だから」

 「でも……」

 

 私が抗議の声を上げようとしたところで、テオルドが口を開く。


 「姫様、王女の言う通りです。可能性の問題として、ツィアル国へ連れ去られたと言っても向こうはこれまで色々とこちらの大陸へ仕掛けてきた国。騎士や兵を差し向ければ大義名分とばかりに攻めてくるかもしれません」

 「う……」


 確かに、口実を与えることになりかねないのは問題がある。けど、ほぼ間違いなくクソエルフ……あ、あら、アルの口癖が移ったかしら。

 カーランのせいだと私の勘が言っている。


 「……そうですね、騎士や兵でなければいいなら、冒険者を使うのはどうでしょう? ギルドに依頼してみては?」

 「エドワウの案はいいと思いますね。しかし、金銭次第で手のひらを返す可能性もあるのが踏み切れませんね」

 「あ、なら俺、騎士やめていいですかね?」

 「は?」


 そこで手を上げたのは横で控えていたグシルス。

 アルと共にエドワウ宅で呪いのガーゴイルと戦った騎士の一人だ。


 「いきなりなにを……」

 「いやあ、騎士がダメなら冒険者。でも、裏切るかもしれない。なら、俺であれば信用できますよね? 冒険者に転向してもいいですよ」

 「な!? お、お前、それでいいのか!?」

 「あー、ヒュードルやアカザは奥さんが居るけど、俺は独身だし丁度いいかなーって」

 「……一人では危ないでしょう」

 「まあ、そのあたりは向こうの酒場かギルドで、ね?」


 お母様の言葉に軽く答えて笑っていた。

 これは……アリなのかもしれないですね。それはお母様も思っていたらしく――


 「分かりました。グシルス、頼らせてください。テオルド、冒険者の手続きと必要なお金を用意しなさい」

 「はっ!」

 「そしてグシルス、あなたに密命を与えます。用件は二つ。アル=フォーゲンバーグの捜索。それとツィアル国の内情の調査。いいですね」

 「承知いたしました、王女。この剣にかけて必ず吉報を」

 「私からもお願いします……アルを必ず……」


 私が言うと、グシルスは『旦那さんは見つけてきますよ』と軽口でニカッと笑ってくれた。


 これで様子は探れるけど……私にもできることはないかしら……

 もどかしい想いを抱えながら、私はアルの無事を願うのだった――

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