5.魔法


 「うぷー、あばー?(ふむ、こいつは……?)」


 あわや頭に落ちていたら即死だったであろう分厚い本に近づいた俺。

 四つん這いの格好で本をめくってみると、そこには『魔法』についての記述が並んでいた。

 こうやって文字を読め……いや、認識できること自体不思議だなと思いながら、昔やっていたゲームのことを思い出しながら開いているページを読んでみる。


 「あぱー……(へえ……)」


 【――魔法


 体内にある‟マナ”を消費して使うことができる生活や戦いに欠かせない能力。

 四大素である火・水・土・風・光・闇を基本として、組み合わせにより氷や雨といった自然を模すことも可能。

 この四大素を使うことで攻撃・防御・生活といったあらゆる場面で活躍することができるため、魔法使いは貴重な存在である】


 ……と、そのままゲームの世界にありそうなことがつらつらと書かれていて俺は興味を引かれる。

 あんまり言いたくないし今更だが、魔法が使えればあのクソ野郎を暗殺することだって出来たに違いない。 

 

 まあこのまま成長すれば、両親があんな感じだし、そんな殺伐としたことにはならないと思うけど。

 それはともかく本に書かれていることで気になるのが「攻撃」「防御」の二点。


 古びた感じはしないが、どこか懐かしいような装飾や壁紙の部屋や廊下、そして書斎……もしかしたら、本当にゲームと同じで剣で戦うようなことがあるのかもしれない。


 それを裏付けるかのような記述が次のページにあった。


 【さらに傷の治療や解毒といったものを可能とする、希少な神の魔法‟ベルクリフ”。

 希少と呼ばれる所以は使える者が限られているためであり、さらに戦争に駆り出され命を落とす者が後を絶たないからだ。‟ベルクリフ”は覚えれば使えるというものではなく――】


 ということらしい。

 この世界には戦争が常識として発生し、死ぬこともある。さらにベルクリフを使える人間はさらに危険度が増す。


 「あばぶ……(恐ろしいな……)」


 とりあえず俺はそこの記述を見なかったことにし、ページをめくる。使える人間はあまりいないみたいだから俺が使えるとも思えないけど。

 

 さて、めくったページの先には魔法を使うための方法が書かれている。マナとやらが使えるのか分からないが、ひとつ試してみよう。


 「あぶ、あーうー(火は火事が怖いし、風を起こす魔法にしてみよう)」


 書斎が燃えでもしたら動けない俺は死んでしまう。流石に生まれてすぐに死ぬのは申し訳ないので安全を取るべきだろう。


 「あーあーうー。あぶ、あばぶー!(風よその僅かな力を我に!)」


 ……

 …………


 なにも起こらない……も、もう一度だ……


 「あーあーうー。あぶ、あばぶー!(風よその僅かな力を我に!)」


 もう一度気合を入れて手をかざすも、そよ風ひとつ吹かなかった……


 「あー……(言葉がはっきり喋れないとダメってことか?)」


 俺はもう一度だけと思い手をかざしたところで――


 「今、ここで声が! ……いたあ! いました奥様! アル様が居ましたよぉぉぉ!!」

 「本当!? ああ、良かった……ごめんなさいアル、少しうたた寝をして目を離してしまって……!」

 「あぶー(母さんとマイヤだ)」


 どうやら姿を消した俺を必死に探してくれていたらしい。涙目で抱きかかえる母さんに申し訳なく思い、首をあたりをさする。


 「良かったですね奥様、外に出ていなくて」

 「ええ、マイヤありがとう」

 「いえ、わたしにとってもアル様は大事ですし! あ、お尻のあたりが濡れてますね、お漏らししているみたいですよ、取り替えましょう」

 「そうね。さ、行きましょう」

 「あー(うう、もう少し読んでいたかった)」


 とはいえ、喋れない今の俺では知識を蓄えるだけ……もう少し成長してから見ても遅くはない、か。

 俺はそんなことを考えながらおしめの交換に甘んじるのであった――

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