娘さんを全員ぼくに下さい!

かがみゆう

第1話 娘さんを全員ぼくに下さい!

「娘さんを全員ぼくに下さい!」


 鳴爽なるさわ道長みちながは、畳に両手をついて頭を深々と下げながら叫んだ。


 八畳の居間に、しーんと沈黙が落ちる。


「――おい。おまえ、今なんて?」


「ですから、娘さんを全員いただきたい、と言っています」


「なるほど、わかりにくい言い回しだな。俺とドツき合いたいなら、そういやぁ言いだろ」


 土下座する鳴爽の前には、年季の入った卓袱台がある。


 その卓袱台を挟んだ向こう側に、ボサボサ髪の中年男が座っている。

 中年男は紺色の作務衣姿で、おもむろに上衣を脱ぎ始めた。


「違います! ぼくは――俺は真剣です!」

「俺はおまえが真剣なほど、ぶん殴ってやりたくなるんだが」


 鳴爽が顔を上げて必死に叫ぶと、中年男は作務衣を脱ぎかけた手を止めた。


「なんだったか……鳴爽っつったか」


「はい、鳴爽道長、17歳です! 星京せいきょう学園高等部二年、身長182センチ、体重70キロ、心身極めて健康です!」

「そんなデータ、訊いてねぇよ」


 中年男は嫌そうに言って、まだ畳に両手をついたままの鳴爽を睨む。


 鳴爽道長は、本人が言ったとおり、長身で身体付きもしっかりしている。

 キャメルカラーのブレザーに濃いグレーのズボンという制服もよく似合う。

 淡い茶色に染めた髪は軽いクセがあり、顔つきは目鼻立ちが整っていて、大きな目が印象的だ。


 ざっくり言うと、鳴爽はスタイル抜群のイケメンだ。


「てめえな、ちょいと見てくれがいいからって、調子乗ってんじゃねぇか?」

「いえ、そんなことは決して。ですが、容姿を褒めてくれてありがとうございます」


「褒めてねぇよ。あのな、鳴爽くんよ。自分がどんだけ常識外れの話をしてるか、わかってんのか?」

「はい、よくわかってます」


 鳴爽は畳についていた両手も離し、背筋を伸ばして正座する。


「その上で、四人の娘さん全員とお付き合いするために、お義父さんのお許しをいただきにきました!」

「許すか、ボケぇ!」


「ちょ、ちょっとお父さん、手は出しちゃいけません!」

「ええぃ、離せ、絆奈きずな!」


 遂に卓袱台を踏んづけて鳴爽に殴りかかろうとした中年男を、背後から一人の少女が羽交い締めにして食い止める。


 黒髪ロングの美少女だった。


 鳴爽と同じキャメルカラーのブレザーに、チェックのミニスカート。

 制服の上からでも、ほっそりした上に出ているところはしっかり出ている抜群のスタイルがよくわかる。


「こいつ、寝ぼけてんじゃねぇのか。一発ぶん殴れば目も覚めるだろうよ!」

「私もそう思いたいですが、残念ながら鳴爽くんは大真面目なんです!」


 黒髪ロングの美少女――絆奈の言葉に、中年男はギョッとした顔になる。

 それから、父は絆奈を一度見てから、あらためて鳴爽に視線を向ける。


「なるほど……よし、おまえが真剣だっていうのは百歩譲って認めよう」

「認めてくださるんですね!」


「真剣だって部分だけだ! それ以外は一つも認められるか!」

「そんな……」


「いや、どうやったら認めてもらえると思えるんだよ? むしろそっちが気になるわ」

「お義父さんが疑問に思われるなら、俺はすべてにお答えするつもりでここに来ました」


「お義父さん、やめろ。つーか、悲壮な覚悟を決めるより、来ないでくれたほうが嬉しかったんだがな」

「人生、辛いこともあります」

「知っとるわ! 娘と同い年のガキに言われるまでもねぇ!」


 父は今まさに辛い目に遭っているのかもしれない。


 なにしろ、娘を全員持って行かれようとしているのだから。

 そう思うと、鳴爽の胸は痛んだ。


「あの、父さん……卓袱台に足を乗せてはダメだよ……」

「あ、ああ。すまん、乃々香ののか。あとで綺麗に拭いておく」


 父は、やや怯んで、卓袱台に乗せていた足を下ろし、手で軽く拭くマネをした。


 今、父をたしなめたのは部屋の隅に正座していた少女だった。

 セミロングの黒髪で、整った顔立ちをしているものの、前髪を長めにして右目がほとんど隠れている。


 彼女もまた、鳴爽と絆奈と同じキャメルカラーの制服姿だった。

 ただしスカートは膝丈で、黒いストッキングもはいている。


 絆奈以上にすらりと細く、それでいて女子としては背がかなり高い。

 170センチは軽く超えているだろう。


「まあまあ、父上。最初からそんな喧嘩腰じゃ話が進まないよ。もうちょっと、鳴くんの話を聞いてあげたら?」

「話ぃ? おい、まい。ケンカを売られりゃ、喧嘩腰にもなるだろうが」


 ソファには、一人の美女がだらしない姿勢で座っている。


 スマホをいじっていて、居間でのドタバタにはまるで興味なさそうだ。

 赤みがかった髪をボブカットにしていて、ハイネックのニットと白いミニスカートという服装だ。

 太ももが剥き出しで、異様に色香が溢れている。


「心配しなくていいよ、お兄さん。パパはちょっと短気でガラが悪くてべらんめぇなだけだから」

「おーい、みつば、おまえまで……なんでこいつをかばうんだよ」


 そして、もう一人――

 居間のテレビ前に、小柄な少女が座っている。


 茶色の髪をポニーテールにして、白い長袖セーラー服という格好だ。

 いかにもイキイキとしていて、健康で活発的な印象を受ける美少女である。


「うちの娘ども、全員揃ってこのクソガキの味方なのか……?」

 父は大げさなため息をつく。


 若菜わかな舞――赤毛ボブカット、大学3年生。

 若菜乃々香――目隠れ黒髪セミロング、高校3年生。

 若菜絆奈――黒髪ロング、高校2年生。

 若菜みつば――茶髪ポニーテール、中学3年生。


 この四人が若菜家の四人姉妹だ。


「と、とりあえず、私たちはちょっと黙っていましょう。みんなが口を出すと話がまとまりません。お父さん、まず鳴爽くんと二人で冷静に話をしてみてください」


「くそっ、わーったよ。冷静に、だな」

 父は、卓袱台の前に座り直す。


「鳴爽くんよ。まず、俺の話を聞いてくれるか」

「はい、もちろんです」


「あのな、昭和じゃねぇんだから、俺も娘たちが誰と付き合おうが文句は言わねぇ。よほど娘を不幸にするロクデナシじゃねぇ限りはな」

「つまり、俺と娘さんたちの交際を認めてくれると?」

「おまえがそのロクデナシだっつってんだよ、この野郎!」


 父の冷静モードは一分ももたなかった。


「なるほど……それなら、こちらも出方をあらためます」

「な、なんだ? できれば、出て行ってほしいんだがな」


 父は、鳴爽の不敵な目つきにやや怯んでいる。

 鳴爽はそばに置いてあったリュックに手を突っ込み、さっとなにかを取り出した。


 A4サイズのカラープリントされた紙切れだった。

 そこには――


「ユーノボーイコンテスト優勝!」

「はぁ?」


 父はその紙切れを見て、首を傾げる。

 それはWEBのページをプリントしたもののようだった。


 全身が大きく写っている少年――それは紛れもなく、この居間にいる鳴爽道長だった。


“第●回ユーノボーイコンテスト優勝 鳴爽道長くん(16)”と、キャプションがついている。


「これって……おまえ、だよな?」

「はい、優勝させていただきました。他に、こんなのもあります」

「な、なんだよ」


 さらに続けて、鳴爽は三枚の同じようなサイズの紙を卓袱台に置く。


「インターハイ柔道73kg級個人戦優勝、統一全国模試一位、LM文庫ライトノベル新人賞大賞受賞!」


「な、なんだなんだ、なんなんだ?」


 父は続けて置かれた三枚のプリントアウトを一枚ずつ確認しているようだ。


 三枚とも、鳴爽が言ったとおりの情報が載せられている。


 柔道着を着て小さくガッツポーズをしている鳴爽。


 全国模試の順位表の、“1位”の欄に書かれた鳴爽道長の名前。


 さらに、こちらもネットでプリントアウトされたLM文庫公式サイトの新人賞大賞作品『僕は愛しか信じない』にも鳴爽道長の名前が載っている。


「この一年の間に、四つほどの分野でトップを獲らせてもらいました」

「もらいましたって……これ、マジで全部おまえか? たった一年で?」

「はい」

「はいって……」


「髪型を変えて身体を絞ってファッションを研究し尽くし、毎日柔道場でボロ雑巾のようになり、夜は日付が変わるまで猛勉強、日付が変わってから朝まではライトノベル執筆に励みました」


「ありがちな質問で悪いが、いつ寝てんだよ?」

「それは俺にもわかりません!」

「威張るな! つか、おまえ若いからって無茶しすぎると死ぬぞ!」


「ああ、お義父さんに心配してもらってますね……これはもう娘さんたちとのことを認めてもらったと思っていいんでしょうか?」

「いいわけねぇだろ?」


 父は、卓袱台の上の四枚の紙切れをドンと叩く。


「この四つを仮にマジでおまえが成し遂げたとして……だから、なんだっつーんだ?」


「あのー、お父さん?」

「なんだ、絆奈? 口を挟まないんじゃなかったか?」


「実はそのー、補足しておこうかなと。えーと、その四つは私たち四人が、鳴爽くんに突きつけた条件と言いますか」


「条件……って、おい、まさか」

「え、ええ。私の場合は――付き合いたいなら、模試で全国一位を獲ってみせたらと」


「はぁ? このガキは、絆奈に言われたとおりに、全国一位を獲った……ってことか?」

 絆奈だけでなく、鳴爽もこくこくと頷く。


「あたしは、ユーノボーイコンテスト優勝って無茶振ってみたんだよね」

「わたしは……なんでもいいのでスポーツで全国優勝をと……」

「ボクは、ラノベの新人賞獲ってデビューしてって!」


 続けて長女と次女、四女が補足を加えていく。


「娘さんたちからの課題、四つとも達成させてもらいました」

「…………こいつ、人間か?」


 父は、まじまじと不思議な生き物を見る目を向けてくる。


「というか、おまえらな……かぐや姫じゃねぇんだから、無理難題を吹っかけてどうすんだ!?」


「いやー、まさかユーノボーイコンテストで優勝しちゃうなんてねー。芸能界での成功を約束されるくらいのコンテストだよ?」


「まさか、柔道始めて一年も経たずに個人戦優勝するなんて想定外だったよ……」


「全国模試一位なんて、狙って獲れるものじゃありませんからね」


「ワナビが山ほどいるのに、まさか初めて書いた小説で大賞なんて」


 四姉妹も、父と同じく不思議そうに鳴爽を見つめている。


 自分で言っておいて、本当に鳴爽が達成するとは夢にも思っていなかったのだろう。


「あー……鳴爽くんよ。確かにすげー。とんでもねぇことだよ。でもな――」

「わかってます。あくまで四人からそれぞれ無茶ぶり――いえ、出された条件を達成しただけです」


「無茶ぶりだってわかってて、やっちまったのかよ。イカレてんな」


「ですが、これだけでは舞さんと、乃々香先輩と、絆奈と、みつばちゃんとそれぞれ一対一で付き合う権利を得ただけです。四人全員と付き合うとなると話が違います」


「そこは常識的に判断できてて嬉しいよ。娘たちと付き合う権利があるのと、娘たち全員と付き合うのは別の話。ああ、まったくそのとおりだよ」


 父は、ようやく笑みを浮かべる。


「ですから、四人全員と付き合わせてもらう条件を出してもらいました」

「どん欲すぎるんだよ、てめぇは!」


 父の笑顔は一秒で消えた。


「ええ、どん欲なのはわかっています。ですが――」


 鳴爽は、四姉妹の顔を一人ずつ眺めていく。


「この鳴爽は、恥ずかしながらほんの一年前まで初恋もまだでした」

「なんだ、急に。つーか、それは情緒に若干問題がねぇか?」


「ですが、ある日――この四姉妹を一目見て、四人を全員一度に好きになったんです。詳細はいずれSNSででも語りますが」


「バズらせようとしてんのか? せめて俺に話してから――いや、言わなくていい。四人まとめて好きになるとか、頭おかしすぎて理解できねぇだろうし」


「残念です。ですが、四人を好きになった以上、四人全員と付き合いたい。それが俺の偽らざる本心なんです」

「そこは本心を偽ってでも、一人で満足しろや」


 父はもはや、一対一なら交際を認める発言をしてしまっている。


「俺は残念ながら、まだ――“四姉妹からの試練”は達成できていません」

「四姉妹から……? つまり、娘たちが一つずつ出した試練とは別で、四姉妹セットで付き合うならってもう一つ試練を出したってことだよな? ああ、言っててややこしい!」


「だいたい、その理解で問題ないかと。おそらく、その試練の内容は言うまでもないと思いますが――」


 鳴爽は畳に両手をついて、またもや頭を下げる。


「娘さんを全員ぼくに下さい! ――それが最後の条件です!」


「ああ、娘たちがまともな判断しててよかったよ! その試練は絶対に達成できな――」


 父はまた卓袱台に足を乗せかけて、ぴたりと止まった。

 その場に正座して、鳴爽をじっと見つめる。


「おい、鳴爽よ。鳴爽道長っつったか。おまえ――本気なのか? 本気でウチの四姉妹と付き合いたいって言うんだな?」

「はい、本気です」


 鳴爽も、父の目をじっと見返す。

 二人はまるで運命の恋人のように見つめ合ってから――


「俺は、この四人の娘に対して責任がある。四人を育てあげるっていうのが、どこを区切りにするのか難しいところだが、俺は娘たちが“夢を叶えるまで”だと思ってる」


「夢、ですか……」


「そうだ、夢だ。ただ、娘たちが身体的、社会的に大人になればいいってもんじゃねぇと思ってる」


「あの、お父さん? お話が少し逸れてませんか?」

 絆奈が、なにやら不安そうに父の顔を覗き込んでいる。


「いや、逸れてねぇ。だからな、鳴爽。もしも、本気で四姉妹と付き合うって言うならな――」


 鳴爽は、このあと父が言った台詞を生涯忘れることはなかった。


 この四姉妹の父――若菜昌仁の口から、たった二度だけ聞いた台詞。

 一度目はなにを言っているのか、まるで理解できなかった。

 二度目に聞いたときに初めて、若菜昌仁の真意を知ることになる。


 その台詞とは――


「次はおまえだ」

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