〇〇したくなる薬

 七条が惚れ薬なる搦め手を使ってきてから、早くも一月が経過していた。

 たびたび、惚れ薬は役目を果たし、俺たちの距離を詰めてくれるのだが……肝心の告白はいまだなされていない。いざ告白となれば、邪魔が入るのは日常茶飯事だし。中々どうして上手くいかない。


 そも、俺から告白しなきゃいけない状況というのも、考えものだ。

 七条は好意むき出しの言動や、カップルにしか許されないような行動を取ってはくる。


 けれど、告白自体は今の今までしてはこなかった。

 結果こうして、ズルズルと付き合わないまま、時間ばかりを重ねている。


 原点に戻るが、俺は七条のことをどう思っているのだろう。

 少なくとも、七条を普通の女子と一緒くたにはしていない。七条ほど、気軽に話せる異性はいないし、男友達を含めても七条は話しやすい相手だ。気の置けない、とでも言うのだろうか。


 考え方を少し変えてみよう。

 七条に彼氏が出来たとしたら、俺はどう思うのだろうか。


 くそ……考えただけで、なんかイラついてきた。

 架空の彼氏相手に、お前は七条のこと本気なのかと問い詰めそうだ。下手を打てば、そのままグーが出るかもしれない。……これはまさかアレか。父性か。七条のことを娘のように深層心理では思っているのか俺。……違うね、うん。この思考は逃げだ。


 本当は、素直に嫌なのだ。

 七条が誰かのモノになってしまうことが。

 七条とこれまで通り、接することができなくなることが。

 この上なく、なりよりも、嫌……なんだ。


 だったらやはり、誰かに取られるより先に、俺が行動に出るしかない。



 ★



「ねぇ惚れ薬とか考える人間って、頭おかしいんじゃないの」

「おっと、ブーメランすげぇ」


 告白への覚悟を改めて、現在。

 俺と七条は、古川家のリビングにいた。やっていることといえば、テレビを使ってのゲーム。誰が一番早くゴールに着くかを競うレースゲームだ。

 道中、レースに役立つアイテムが存在し、先頭を走っていると良いアイテムは入手しずらい。反対に、下位を走っていると強力なアイテムが手に入り、逆転を狙える。それでも結局のところ、プレイヤースキルに依存するところが多く、運というよりは実力が重要視されるゲームだ。まどろっこしいな、ハッキリ言おう。マ〇オカートである。


 ソファの上で横並びなって、ゲームに興じながら七条があっけらかんと言った。

 自然と、俺の頬が斜めにひきつった。


「好きな人に惚れ薬を使って、仮に惚れさせたしてもさ。それって、虚しいだけじゃん。要するに感情を操作しているわけで……そんなの凄く惨めな気がするのよ」

「確かにその通りだけど、マジどの口で言ってるんだ感がすごい」

「そもそも、あたしだってね。こんな妙竹林な手段を取りたかったわけじゃない」

「……ん。お、おう」

「ただ、色々考えすぎた結果、惚れ薬に行きついちゃっただけなの」

「行き着いたまでの道程が知りてぇよ」

「でもさ……一度、始めちゃったからにはもう後には引けない。そうでしょ?」

「そう、だな」


 一度始めたら、最後まで突き通すしかない。そういうことはザラにある。


「でね、だからあたし……もう頭おかしくなろうって思ったの」

「もう既に手遅れ感は否めないけどな」

「あたしを暴力系ヒロインにしたいの?」

「ごめんなさい嘘です。冗談ですから、だからコントローラーを振りかぶらないでっ」

「ふんっ。わかればいいのよ、わかれば」

「……独裁系ヒロイン」

「あ?」

「調子に乗りました……」


 深々と頭を下げる。その隙に、俺の操作しているキノコ頭のキャラクターは七位に転落していた。

 七条は、一位を独走している。あれはもう、追いつけないな……。


「でね、何が言いたいかというとね」

「お、おう」


 七条が本題を切り出してくる。

 一位のまま、ゴールを決めるとコントローラーを手放した。


 ちなみに俺はまだ走行中だ。あと三十秒はかかるんじゃなかろうか。


 俺が画面に集中する中、七条はポケットの中を漁る。そうして、馴染み深いものを取り出した。


「こ、これを使うとね……無性に、き、キスがしたくなるの。キスがしたくなる薬」

「ごほっ! は、はぁ⁉︎ なんだって?」


 突拍子もないことを言われたせいか、ついコントローラーを手放してしまう。CPに次から次へと追い抜かれていく。最下位に転落する。だが今はそれどころではない。画面から七条へと、視線を入れ替えた。


「だ、だから! キスしたくなる薬!」

「これは本格的に重症じゃねぇか!」

「ふ、古川のせいでしょ。いい感じになっても、毎回毎回ヘタレて有耶無耶になっちゃうし! も、もういっそ後に引けなくなるしか……」

「どうしてそうなるんだよ!」

「い、いいでしょ。あたし達、とっくにキスくらいした仲なんだし」

「小さい頃の話な⁉ 今になって掘り起こすのはダメな奴だから。地雷原だからそれ!」

「小さい頃だろうと、キスはキスでしょ。あ、あたしの初めては古川に奪われたんだから……」

「どっちかと言うと、俺が奪われた側だけどな!」


 今でも鮮明に覚えている。

 人間、やはり初めて行うことは記憶に残りやすいらしい。


 思い出すと恥ずかしいので、回想は割愛する。


「とにかく。今からこれを使おうと思うの。いいよね?」

「いいわけあるか!」


 小首をかしげて問いかけてくる七条に、俺は激昂気味に切り返していた。

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