実習
王妃ミアタはジュッサが通廊に姿を現したのを見て微かに笑う。東の空には今もエンネディが振るう魔術の徴が揺らいでいた。戦況は芳しくないのだろう。ジュッサの足取りにもそれは現れていた。閂の抜かれる重い音が響き、甲冑を鳴らしながら近衛の長が現れ、膝を突く。
「王妃殿下におかれましてはご機嫌も麗しく」
ミアタは声もなく笑う。
「退屈しておったところじゃ。東の国境はどうなっておる?」
「騎士たちの奮戦は見事なもので――」
「繕う必要はないぞ。ノルーディはどうした。ビアズは。ギュッギは」
王妃の列挙した名はジュッサのもとにも届いたばかりの失われた将軍たちもので彼女が知るはずのない事柄だった。
「……戦死いたしました」
「痛ましいことよのう。陛下のお行方は?」
「面目次第もなく。庸と知れませぬ」
「かれこれ二十年か」
「はっ」
「ジュッサ、アーガムスとともに東方へ向かえ。守護を与えようぞ」
近衛の長の顔色が白くなる。
「し、しかし、それは」
「何を恐れる? 我が前に傅け」
王妃が振った手に忽然と王杖が現れた。ぎこちなく進み出たジュッサの肩に杖で軽く触れながら呪文を呟く。体を震わせたジュッサに王妃は頷いてみせる。
「行け。我が守護がそなたを導く」
呪を受けた近衛騎士団長蒼白な顔色のまま退出していった。その背中を見送った側仕えが不服そうに呟く。
「あのような者に任せておいてよろしいのでしょうか」
「構わぬ。ジュッサはよく働いておる」
王の血縁を名乗った者たちも彼に一掃させている。“守護”によってだ。
「しかし陛下」
「よせ。妃殿下であろう」
ミアタは側仕えの呼びかけに苦笑で応じる。ペル王などもとより存在しなかった。男装をしたミアタが王として国と兵を率いていたのだ。東の前線で魔術攻撃を受け部下に露見したが、師団もろとも殺し尽くして秘密を守った。以後王は姿を消したままになっている。ジュッサはミアタの正体を知った者の一人だが、“守護”によって縛り続けていた。それももうまもなく終わるだろう。女王制を厭う元老院の石頭どもも懐柔は目前だ。
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