実習
K
宝石になれるというのが口上だった。エンバーミング・サービスのだ。どうせ、遺体に人造宝石でもまぶすのだろうとKは思ったけれど、本当に宝石になれると知ってKは惹かれずにいられなかった。宝石、といってもなれるのはダイヤモンドではなく化石の一種だった。いや、正確にいえばそのエンバーミング事業は亡骸を化石化するサービスだった。自然に産する石灰質の化石の中には稀にオパールのような光沢と遊色を持つものがあり、それを技術で再現したものであるらしい。生きていたときそのままの姿で宝石になった女性のサンプルを見て、Kは己がそれを欲していたとに気づいた。
S
まただ、とSは内心で溜息を吐く。若く美しい女ばかりがこのサービスを受けようと訪れる。確かにギャラリーに安置された骸は美しく宝石そのものであったけれど、若くしてそんなものになりたいという顧客の気持ちはかけらも理解できなかった。十代の少女からの問い合わせが多いのもやりきれなかった。
K
宝石になった自分の姿を見ることはできないのです、というその接客担当の言葉はKには奇妙に思えた。遺体の加工サービスだ。死後の自分の姿を眺めることができないことなど当然だろう。不思議に思ったが、そう説明すると契約を考え直す依頼人が多いのだという。Kは笑う。
「宝石になった姿なら、知っているわ」
そういってブラウスの袖をめくって見せた。
S
Sは息を呑まずにはいられなかった。目の前にいる客の腕は真珠光沢を帯びていた。
――化粧ではなかった。
真珠様のパウダーが入ったファンデーションでも使っているのだろうと思ったけれど、この女性客は逆に素肌を隠そうとして隠しきれずにいたらしい。稀にそんな肌を持つ者がいるという話は聞いたことがあった。女は言った。こんな柔らかな肉を持つことに耐えられないのだ、と。
K
接客係はKの肌を見て残念そうに説明する。オパールのような虹色の石や石灰岩、琥珀にするサービスはあるが真珠にできるわけではないのだ、あなたの美しい肌そのままに宝石になれるのではないのだ、と。構わない、とKは応じる。真珠ではすぐに色褪せてしまうから。
S
Sの脳裏にはKの真珠光沢を帯びた肌が常に居座るようになってしまった。こんな仕事――ジュエル・エンバーミング・サービスに就いたのも宝石が好きが高じて地質学を納め、けれど宝飾品店ではそんなタイプの宝石好きが求められることもなく、宝石加工職人も博士号持ちが必要とされることはなかった。Sは技術者兼接客係としてエンバーミングの実務にも携わっていた。柔らかな状態の遺体を扱うのは通常のエンバーマーであり、Sの仕事はデザインの済んだ骸を石にすることだ。
――そう遠くない将来、私の真珠はサービスを受けることになるだろう。
経験的に知っていた。このサービスを受けようとする若い女は契約を済ませると数週間以内に遺体となってここにやってきた。死因は失血であったり一酸化炭素中毒であったりと様々だが、ほぼ例外なく自死だ。優秀なエンバーマーが雇われているので、激しく損壊していたとしても修復は可能だけれどそういう意味で彼らが腕を奮う機会は少ない。生体モニタが顧客の死を告げ、美しい遺体が速やかに運ばれてくる。真珠の女も、予期したとおり二週間後には遺体となってSとの再会を果たした。
――待っていたわ。
L
一週間ほどの休暇から職場に戻ったKの助手・Lは首を傾げる。仕事馬鹿の上司の姿が見あたらなかった。出退勤記録を見ると彼女は出社しているはずで、けれど、五日も前に出勤したきり退勤していないことになっていた。Kのデスクは整頓され、退勤後というよりは辞職後のように見えた。ネームプレートさえ倒されている。予感がした。プラントフロアへ向かってみると予感は的中していた。化石化装置のひとつ、確か若い女性の骸の処理が進められているはずの容器の前にKの名札が載せられた衣服が一揃い積まれていた。プラントは軟組織の炭酸カルシウム置換プロセスが始まってすでに五日、中にKがいたとしても完全に石化してしまっている頃合いだった。超音波モニタによれば容器内部には二人――ニ身体の人体が封じられていた。
――このために自動化を進めていたのか。
死亡診断書も埋葬許可も揃っていた。Kは、法的にはLが休暇に入った翌日には死亡したことになっている。Lは溜息を吐く。ここまでお膳立てが揃っているならば後はLが遺された衣服を処分してしまえばすべて丸く収まるのだろう。少し考え、LはKの直情の上司ではなく運営者の一人に連絡を取ることにした。
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