実習

 女芸人の器用な指が操り木コントロールを動かすと、ぽかんと口を開けたままの子どもたちの首が、視線が操り人形を追う。まるで子どもたち――いや、後ろに並んだ大人たちまでが彼女に操られる人形のようだった。寸劇が終わり、芸人の前に並んだ人々はどこか操り糸でもつけられたかのような余韻を携え現実に帰って行く。けれど一人だけ帰ろうとしない少女がいた。

 いや、少女はそもそもこの見せ物に間に合っていなかった。継ぎだらけで冴えない服を着た少女がここにたどり着いたのは人形と芸人が揃って終幕の挨拶をした時だったし、少女はその挨拶さえ大人たちの背に阻まれてみることができなかった。きっと少女は最初からこの場にいても芝居を見ることはできなかったろう。最前列で見るためには大道芸人が売るお菓子を購わねばならなかったし、少女はどうみてもそんな持ち合わせなどありそうになく、大人たちも貧しい子どもなど邪険に押しのけてしまっただろうから。

 女大道芸人は、またか、とでも言いたげに溜息をついたが、しまいかけた人形を取り出し、少女を手招きして短い劇を始めた。それはたぶん珍しい気まぐれだったのだろう。人形は即興らしいダンスをし、少女を軽く構っただけの短い見せ物だった。最後に人形はスカートを摘まんで少女に向けて軽く挨拶をし「ありがとう」と喋った。芸人の指は確かに人形がそう動くよう操っていたし、芸人の唇も腹話術というにはややお粗末に動いてしまっていたし、いつの間にか少女と並んで芸を見物していた野良猫がちょうど大口を開けてあくびをしたタイミングではあったけれど、確かに人形そのものが喋っていた。

 少女は人形の言葉が芸によるものだと疑いもしなかったようだし、芸人は勝手に動き出した自らの芸に驚いてはいたけれど、人形そのものが喋ったのを当然のこととして受け入れていたのは野良猫だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る