実習

じりっ、と左足を引きながら太刀の柄に手をかけて緊張を高めつつも、鯉口はまだ切らず、相手の強ばった表情に内心でほくそ笑むのはこちらも斬り合いなど端から御免被りたいからに他ならず、なのに奴の手が鍔から下げた飾り物を自身で弾いた物音に驚いたあまり抜刀してしまった間抜けさに舌打ちをしながらそっと気配を殺して鍔を押し、腰をわずかに腰を落としたところで視界の隅で捉えた赤提灯に「うまい酒が飲みたい」などと悠長なことを考えはじめたらもう止まらず、鰭塩を美しく打ち香ばしく焼き上げられた鮎と添えられた茗荷を思い浮かべ「いや、田楽もいい」などと思ったらもう酒の肴のことで頭がいっぱいになり「合わせる酒は焼酎が良いか清酒が良いか」という方向に考えが流れ涎が湧く始末で、ここで切られて譫言に「田楽……」などと口走れば俺の戒名は『無抜刀田楽大兄』などというものになりかねないと頭の中はさらにあらぬ方向へと走り、そのせいで口元を緩めてしまったせいだろうか、侮られたと思ったらしい相手はさらに激高し眼を血走らせ太刀を大上段に構えて距離を詰めだす有様で、これはもう抜かずには済まされないと覚悟を決めたのだがその刹那、近くの塀の陰から慌ただしく飛び出してきた蝙蝠が俺と奴の間を横切ろうとし、勝手に反応した身体が一歩踏み出すと同時に羽ばたく黒い獣を一刀で両断し、こともあろうかその血糊を奴に向けて振り払って納刀してしまい、殊更に挑発した形になってしまい奴に「うぬう」という声を上げさせることになった。

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