第44話 風紀委員の鷹宮さんは、僕に秘密のお願いをしたい⑤


「じゃ、先輩方~。アタシはこれで失礼しま~す♪」


 学校で上履きに履き替えたところで、三枝さえぐさがにこやかな笑顔で僕たちに別れを告げる。


「……三枝、なんか機嫌良さそうだったね」


 特に、鷹宮たかみやさんへのからかいが不発に終わったあたりから、むしろ上機嫌だったような気がする。


「そうですね、どうしてでしょうか?」


 どうやら、鷹宮さんも思い当たるところがないらしい。


 まぁ、三枝の気まぐれは今に始まったことではないので、あまり深く考えても仕方がない。


 不機嫌より、上機嫌のほうが良いに決まってるし。


「いや、それはそれで面倒くさいかも……」


藤野ふじのくん?」


「ううん、なんでもない」


 首を傾げる鷹宮さんだったけれど、僕はそれ以上何も言わず、教室へと向かう。


 その間、僕は鷹宮さんの隣を歩いていたのだけど、想像していたよりも周りからの注目を集めることはなかった。


 もしかしたら、僕が想像しているよりも、人の目というものは、あまり気にしなくていいのかもしれない。


 だったら、これからも自然と鷹宮さんと話をしたり、出来ることなら一緒にお昼ご飯を食べることだってできそうだ。


 そう考えていた僕だったけれど、2人で教室へ入っていくと、既に登校していた生徒たちからはそれなりに視線が集まってしまった。


 流石に相手がクラスメイトともなると、僕たち2人が一緒という組み合わせに好機の目が向けられてしまうようだ。


「では、藤野くん。また」


 しかし、鷹宮さんはこれといって気にしている様子はなく、自分の席へと進んでいく。


 なので、僕も自分の席に戻ろうとしたところで、ある異変に気付く。


「……ねえ、鷹宮さん」


 ちょうど、鷹宮さんが席に座ったところで、彼女の机に集まるように2人の女子生徒が彼女の前に立ち尽くしていた。


 あの人たちは、確か……。


古賀こがさん、それに新田にったさんも、私に何か御用ですか?」


 そうだ、彼女たちは、この前、鷹宮さんのことを皮肉交じりに揶揄していたクラスメイトたちだ。


 もしかしたら、僕と一緒にいるところを見て、今度は鷹宮さんに直接何か言おうとしているのだろうか……。


 だったら、このまま黙って見ているわけにはいかない。


「あの……さ」


 だが、僕の予想に反して、彼女たちの言葉は歯に物が挟まったようなキレの悪さがあった。


「……どうされましたか?」


 そして、僕と同じように異変を感じとっている鷹宮さんも、再び彼女たちに質問を投げかけると、意外な返答が返ってきた。


「昨日さ……鷹宮さんがウチの生徒を助けたって本当?」


「えっ……?」


「その子さ、私たちの部活の後輩なんだよ。だがら、鷹宮さんが助けてもらったっていう連絡が来て……」


 そう話すと、古賀さんに続いて新田さんも口を開く。


「だからさ……その……ありがと。それとさ……」


 そして、2人は合わせたように、鷹宮さんに向かって頭を下げる。


「今まで、色々言って、本当にごめん」


「私たち、勝手に鷹宮さんのこと目の敵にしててさ、凄いダサかったよね……」


「い、いえ。そんなことは……」


 さすがに、鷹宮さんも2人の改まった態度に困惑しているようだった。


「えっ、なになに? 鷹宮さんが助けたって、なんの話?」


「あっ! それ、あたしも聞いたよ。運動部の後輩たちの間で結構噂になってるみたいだけど、本当だったんだ!」


 すると、今度は他の生徒たちも鷹宮さんを囲うように彼女の席の前へと集まってくる。


「ねえねえ、鷹宮さん。鷹宮さんが不良の人たちを追っ払ったんでしょ? 凄いよね!」


「えっ、わたしが聞いた話だと、鷹宮さんがみんなやっつけちゃったって聞いたけど、それも本当なの?」


「えっ、えっと……」


 結果、クラスメイトたちがどんどん集まって来てしまい、いつもの冷静な鷹宮さんの姿はなく、どうしていいか分からないのか、アタフタし始める。


「ってか、あれでしょ? 駅前でよく占拠してる怖い人たちだよね? 私も、たまに部活が遅くなって通るときがあって怖かったもん」


「……凄えな、鷹宮。俺だったら絶対ビビッて注意なんてできねえよ」


「情けねえけど、俺もそうかも……さすが、鷹宮って感じだよな」


 そして、女子生徒だけでなく、男子からも羨望のまなざしを向けられている。


「あ、あの。皆さん、誤解されている部分も沢山あるのですが……」


「ねえねえ、鷹宮さん! 今日、ご飯一緒に食べようよ! そのときの話、詳しく聞かせて!」


「あっ! じゃあ、私も!」


 なんとか弁明を試みようとする鷹宮さんだったが、その努力も空しく、周りはどんどん盛り上がってしまう。


 結局、朝のHRが始まるまで、鷹宮さんを中心とした人の輪は散らばることはなかった。


 どうやら、この状態だと今日のお昼ご飯を誘うのは難しいかもしれない。


 ただ、その光景は決して悪いものではなくて、今までどこか避けられがちだった鷹宮さんがみんなに囲まれている姿を見ていると、僕も自然と笑顔になる。



 ――こうして、鷹宮さんの噂は学校中に広まることになり、いつしか彼女は、怖い風紀委員というレッテルが取り外され、学校中の人気者となっていったのだった。


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