Chapter7

第35話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない⑥


 三枝さえぐさについていく形で、僕たちは車の中へと入っていった。


 三枝は、『爺』と呼んでいた人が運転する助手席に、僕と鷹宮たかみやさんは後部座席に乗っている。


 ちなみに、僕はあまり詳しくはないので正確なことはよく分からないけれど、多分、今乗車しているこの車は、高級車と呼ばれる部類の車なんだと思う。


 座席の革シートもピカピカで、座り心地も最高だった。


 しかし、今はそんなことに気を取られている場合ではない。


 僕たちは三枝に色々と説明しないといけないし、その逆もまたしかりだ。


「先輩、とりあえず、どっちの家に先に向かったほうがいいですか?」


「えっ、どっちって……」


「決まってるでしょ。藤野ふじの先輩の家か、鷹宮たかみや先輩の家、どっちの家に先に向かうかってことですよ。ま、その前にちょこっと寄り道しますし、先輩たちの話を聞くために、適当に車を流しますけどね」


 どうやら、三枝はこのまま車で僕たちを送り迎えしてくれるようだ。


「それじゃあ……鷹宮さんの家のほうからでいいかな?」


「先輩ならそういうと思ってましたよ。じゃ、鷹宮先輩、家の住所教えてください」


「は、はい……」


 隣に座る鷹宮さんは、まだ戸惑った表情を残したまま僕と目を合わせる。


 だけど、僕に何かを言うことはなく、鷹宮さんは家の住所を三枝に伝える。


 すると、そのタイミングで道路に面したコンビニの駐車場へと車は止められた。


「お嬢様、それに皆さんも少しだけお待ちください」


 そう言い残し、燕尾服の男性は車から降りてコンビニへと入っていった。


 あの服装でコンビニに入ってきたら、店員さんはさぞかし驚くことだろう。


 支払いはどうするのかな? 意外に電子マネーとかでポイントを貯めたりするのだろうか?


 そんなどうでもいいことを考えている間に、燕尾服の男性は運転席に戻ってきた。


「藤野様、どうか、こちらをお使いください。あり合わせになってしまって申し訳ないのですが……」


 そして、燕尾服の男性から手渡されたのは、アイスパックとタオル、それにガーゼなどの応急処置に使う医療品だった。


「ありがとう……ございます」


「いえいえ、今度、先輩がアタシにお菓子でも奢ってくれたらいいですから」


 僕がお礼を告げると、助手席の三枝がぴょこんと手を出して反応した。


 そして、燕尾服の男性が運転席に戻り、車は再び道路を走り出す。


「じゃ、先輩。しっかり説明してくださいね。さっきまで何があったのか、どうして休日なのに先輩たちが一緒にいたのか、全部包み隠さずね」


 三枝からそう言われて、僕は今日の出来事を順を追って説明した。


 時々、鷹宮さんも間に入ってくれて、僕1人で説明するよりも、かなりスムーズに話すことができた。


「ふーん、そうなんっすね」


 しかし、三枝は退屈そうに相槌を打つだけで、いつものように話を中断させて茶化したりすることはなかった。


 なんだか、車内が重たい空気になっていくような気がして、気まずい……。


「あの、三枝さん……先ほどは、助けていただき、ありがとうございます」


 すると、場の空気を察してなのか、鷹宮さんが三枝にお礼を告げる。


「どうして、三枝さんがあの場にいたのかは分かりません。ですが、私たちを助けてくれたことは、本当に感謝しています」


 鷹宮さんは、僕の隣で深々と頭を下げる。


 果たして、その姿を三枝がバックミラー越しで確認したのかは分からない。


「全くですよ。いつもトラブルメイカー扱いのアタシに助けられるなんて、風紀委員の鷹宮先輩にとって、最大の汚点になっちゃいますよ」


 それでも、三枝がいつもの調子で返答したことに、僕は心の中で少しほっとする。


「でも、葉子ようこがいなかったら、アタシも先輩たちのピンチに気付かなかったので、あの子にも感謝してあげてくださいね」


「……葉子?」


「先輩たちが庇った女の子ですよ。あの子、アタシと同じクラスの友達なんです」


 三枝からの報告に、僕と鷹宮さんは同時に息を呑む。


「あの子に会って、先輩たちがトラブルに巻き込まれてることを知ったんですよ」


「そう……だったんですね」


 鷹宮さんも僕と同様、思いがけない偶然に驚いてしまったものの、彼女はすぐに新たな質問を三枝にぶつける。


「あの……それで、葉子さんは……」


「安心してください。爺がちゃんと家まで送ってくれました。さっき、アタシからも先輩たちは無事だってお伝えしておきましたから」


「そう、ですか……」


 鷹宮さんは、胸に手を当てて、ほっと息を吐く。


 ちゃんと、その葉子という女の子が無事であることを知って安堵したようだ。


「鷹宮先輩」


 しかし、三枝が重い声色で鷹宮さんの名を呟き、告げる。


「葉子のことを助けてくれたことには、友達としてお礼を言います」


 そして、ひと呼吸置いたのち、三枝ははっきりとした口調で言い放つ。



「ですけど、先輩のことまで危険な目に遭わせたことは、許しません」



 そう言ったときの三枝の声は、まるで別人の声のようだった。


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