第31話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない②


「は? なに、お前?」


 鷹宮たかみやさんに声を掛けられた男は、不機嫌そうな声を出しながら、いきなり声をかけてきた鷹宮さんを睨みつける。


 服装は、黒のジャージ姿にサンダルを履いており、髪の毛も三枝のような綺麗なブロンドではなく、所々に染められていない黒髪が残っているような感じだった。


 身長も、鷹宮さんどころか、僕よりも一回り大きく、正直言って、あまり関わりたくない感じの雰囲気の男性だった。


「ですから、あなたは何をしているのかと聞いているんです」


 しかし、睨みつけられた鷹宮さんはというと、臆するどころか、さらに語気を強めて同じ質問を繰り返す。


「何って……別に、そこの女に声かけただけだろ、なぁ、お嬢ちゃん?」


 そういって、男は面倒くさそうに頭を掻きながら答える。


 しかし、男に声を掛けられた女の子は、「ひっ!」と、小さな悲鳴を上げる。


 多分、見た目的に僕や鷹宮さんと同じ、高校生くらいの女の子だった。


「やめてください。怯えているじゃありませんか」


 鷹宮さんは、さらに自分の身体でその女の子を庇うようにして、男の前に立つ。


「……ここは、私がなんとかしますから、あなたは行ってください」


「えっ? だ、だけど……」


 そして、女の子にここから立ち去るように促す。


「いいから、早く」


 最初は逃げることを躊躇っていた女の子だったけど、鷹宮さんが催促したのが功を奏したのか、最終的には、彼女は言われた通りに、この場から立ち去っていった。


「おいおい、やっぱ失敗してんじゃん」


「うわ、だっせー」


 すると、おそらくこの男の知り合いであろう、コンビニ前に残っていた2人の男も、僕たちのところまで近づいてくる。


「うるせえな、お前らは黙ってろよ」


 そして、そんな男たちに向かって機嫌が悪そうに話しかけたかと思うと、また鷹宮さんを見下ろすようにして、口を開く。


「おい、お前のせいで俺が馬鹿にされてんじゃねえか?」


「私のせいではありません。それに、あなたたちも店の前にあんなにゴミを散らかして、店員さんやお客さんたちに迷惑がかかると考えなかったんですか?」


 だが、鷹宮さんは決して、そんな脅しには屈しない。


 それどころか、面白がって近づいてきた男たちに対しても注意を促した。


「分かったのなら、今すぐ自分たちで散らかしたゴミを片付けてください。それと、もう二度と、あの女の子のように、人を怖がらせるような行為はしないことです。いいですね?」


 そう鷹宮さんが告げると、男たちは呆気に取られたように目を丸くする。


「……く、あははっ!」


 だが、数秒の沈黙があったのちに響いたのは、男たちの笑い声だった。


「お前、おもしれぇな! あー、マジで受ける!」


「なっ、何が可笑しいのですか!?」


 そして、鷹宮さんも思わず声を荒げてしまうが、男たちはそんなことを全く気にすることなく笑い続ける。


「……いいねぇ、お前。俺たちみたいな奴に、そんな風に言ってくる女は初めてだよ。それに……よく見たら、なかなかイイ顔してんじゃねえか」


 ジロジロと、今度は明らかに値踏みするような目線を鷹宮さんに送っていた。


 そして、またしてもそれに倣うように、後から来た男2人も、鷹宮さんのことをジッと見る。


「んじゃ、さっきの子の代わりに、お前が俺たちと遊んでくれよ? それくらいの責任は取ってくれよ、なぁ?」


 そういって、男が鷹宮さんに手を伸ばす。


 その瞬間、だった。



「や、やめてくださいっ!」



 思わず、僕は大声を上げてしまっていた。


「……あー、なんかさっきからいたけど、何も言わねえから無視してたわ」


 そのせいで、男たちの目線が一気に僕のほうへと向けられる。


藤野ふじのくん……」


 そして、鷹宮さんも振り返って僕の姿を見る。


 だが、彼女が先に何かを言う前に、男は僕に告げる。


「ところで、お前ってもしかして、この女の彼氏かなんか?」


「だとしたら、なんか全然パッとしねえ奴だな」


「ってか、普通に陰キャだろ、こいつ」


 そして、今度は僕に対して、馬鹿にしたような笑いが起こる。


「やめなさい! あなたたち! 人を悪く言って、何が面白いんですかっ!」


 鷹宮さんは、そんな男たちの行動を咎める。


 ただ、いつも風紀委員で注意を促すような言い方ではなく、明らかに怒りをぶつけるような声色だった。


 しかし、そんな鷹宮さんの言葉を無視して、男たちは僕に告げる。


「なぁ、女の前でかっこ悪いとこ見せたくねぇなら、どっかいなくなったほうが身の為だぜ?」


「逃げてもダセェけどな」


「おいおい、そんなこと言ってやんなよ。痛い目みないほうがいいに決まってるだろ? 安心しろよ、俺たちは弱い者いじめは嫌いなんだ。分かったなら、とっとと消えな」


 そして、男は今度こそ、鷹宮さんに手を伸ばして、彼女の腕を掴む。


「きゃ!? は、離してくださいっ!」


「暴れんなよ、自分が痛いだけだぞ?」


 そういって、抵抗しているのにも関わらず、男は鷹宮さんの腕を放そうとしない。



 ――このままだと、本当に、鷹宮さんが何かされてしまうんじゃないか。



 ――その恐怖が、僕の胸の中で大きくなって、爆発する。



「やっ、やめろッッ!!」


 気が付けば、僕は手に持っていた袋を、思いっきり男に向かって振り回していた。


「なっ!?」


 咄嗟のことだったからなのか、僕が振った袋が、男の横腹にヒットする。


 その結果、男は鷹宮さんから手を離して、地面に膝をつく。


 もちろん、ただの荷物だったなら、非力な僕の力では大した攻撃にはなっていなかっただろう。


 だけど、袋の中身は、今日の買い物で買ったフライパンなど、重量がある上に固いものが多く入っていたので、当たり所が悪ければ、かなり痛いはずだ。


 実際、男も僕に袋をぶつけられた腹部を抑えながら、苦しそうにしている。


 そのせいで、袋の中身は全部道に落ちてしまったが、それを拾って集めるような余裕なんて、僕たちにはない。


「鷹宮さんっ!」


 僕は、躊躇することなく彼女の手を握って、その場から急いで立ち去ろうとする。


 だが、駅やコンビニまでの直線は、たまたまだろうけど、残りの2人の男によって阻まれてしまっている状態だった。


 なので、仕方なく僕は自分の家に引き返すような形で逃げることを選んだ。


 僕は、鷹宮さんを放さないようにと、ぎゅっと彼女の手を握る。


 すると、鷹宮さんも僕の手を握り返してくれたような気がしたのだが、すぐに僕たちを追いかけてくる気配がしたので、僕は全速力でその場から立ち去ったのだった。

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