第29話 風紀委員の鷹宮さんは、休日の努力も惜しまない④


「それじゃあしずくさん。まずは野菜を洗うね」


「は、はい! よろしくお願いします!」


「あはは、雫さん。そんなに固くならなくていいですって。料理は楽しく作らないと美味しくならないですよ?」


「そ、そうなんですね。勉強になります」


 キッチンからあや鷹宮たかみやさんの楽しそうな声が聞こえるなか、僕は落ち着かない心境のまま、リビングのソファに腰を下ろしていた。


 一方、そんな僕とは対照的に、エプロン姿の女子2人は、さながらお昼の料理番組のようにキッチンで準備をしていく。


 何故、こんなことになっているのか……大方、予想はできていると思うけど、一応の説明は入れておくと……。


 綾の提案で、鷹宮さんを家に招待して、一緒に今日の晩御飯を作ることになったのだ。


 もしかしたら、綾としても、家族の為にご飯を作ってあげたいという鷹宮さんに共感したのかもしれない。


 ともかく、綾の申し出に、最初は迷惑になってしまうからと遠慮していた鷹宮さんだったが、最終的には綾が「私、鷹宮さんともっと仲良くなりたいんです!」と言ったことで、鷹宮さんは僕たちの家にお邪魔することにしたのだった。


「よし、次は切っていくんだけど……雫さん、じゃがいもとにんじんの面取りをお願いしてもいいですか?」


「面取り……煮崩れしないようにするための下処理ですね」


「うん、ちょっと手間だけど、その分美味しくなりますよ。やり方にもコツがあるんですけど、まず、こんな感じに切っていって、っと……」


 綾の手ほどきを受けながら、鷹宮さんは渡された包丁を握る。


 その様子は真剣ではあるものの、綾が「仲良くなりたい」と言った通り、2人の距離は縮まっていると思う。


 その証拠に、いつの間にか綾は鷹宮さんのことを『雫さん』と、下の名前で呼ぶようになっていた。


 それはそれで、喜ばしいことではあるんだけど……。


 しかし、取り残された僕としては、立場に困るというか……同級生、しかも女の子を家に招待してしまったという事実に、少なからず緊張してしまっている。


 それに、今の鷹宮さんの姿はというと、エプロン姿というだけなく、料理がしやすいようにいつも下ろしている長い髪をポニーテールにしているのだ。


 その新鮮な姿に、心がときめかないといえば、嘘になる。


「……お兄ちゃん、さっきからこっち見すぎだよ」


「えっ!? あっ、ああ……ごめん……」


 そして、妹に注意されてしまった僕は慌てて視線を外す。


 しかし、それでも鷹宮さんの様子が気になってしまい、もう一度見ると、彼女は僕のことなんて全く気にしておらず、まな板の上に置かれた野菜たちと格闘しているところだった。


「お兄ちゃんには、私たちのご飯を食べてもらうっていう大事な仕事があるからね」


 冗談っぽくそう告げた綾は、また鷹宮さんのほうへと意識を向けた。


 こうして、すっかりやることがなくなってしまった僕だったが、時折キッチンから聴こえてくる声に耳を傾けながら、時間を過ごす。


 すると、30分くらい経ったところで、美味しそうな煮物の匂いが僕の鼻腔をくすぐった。


 この匂いからして、2人は肉じゃがを作っていたようだ。


「……うん、ばっちりです! 雫さんも味見してみてください」


「はい。では……」


 そして、綾に言われて味見をした鷹宮さんの顔が、驚きの表情に変わる。


「おいしい……!」


「良かった、雫さんも美味しいって言ってくれて。ウチの味付けだったから、雫さんの口に合うか心配だったんですけど」


 どうやら、綾の指導の甲斐もあって、無事上手く作れたみたいだ。


「お兄ちゃん、そろそろ食器とか用意するの手伝って貰ってもいい?」


 綾に言われて、ようやく僕も役立つときがきた。


 と言っても、ただ食器を並べていくだけだが、綾と鷹宮さんが作ってくれた肉じゃがにご飯やみそ汁がテーブルに置かれると、まさに日本の食卓といった感じになった。


「よし、それじゃあ、みんなで食べよう」


 綾がそう口にしながら、エプロンを外した鷹宮さんも席について、一緒に手を合わせる。


「それじゃあ、いただきます」


 そして、僕も箸を手に取って、早速、肉じゃがに手を伸ばす。


 すると、鷹宮さんが緊張した面持ちで僕の様子を見守っていた。


 それでも、僕は気付かない振りをして、箸で掴んだじゃがいもを口に運ぶ。


「……ど、どうでしょうか?」


 思わず質問してしまったのだろうが、僕はそんな鷹宮さんに向かって告げる。


「うん! 美味しい!」


 口に入れた瞬間、じゃがいもの甘みと、しみ込んだ醤油とみりんの風味が広がって、ご飯が何杯でも食べたくなるような味だった。


 何より、食べた瞬間に、なんだか温かい気持ちになったような気がする。


 これで、鷹宮さんが作った料理を食べるのは2回目だけど、あの黒焦げの卵焼きを作った人と同一人物だと言っても、絶対に信じて貰えないだろう。


 綾のサポートがあったとはいえ、ここまで上手に作れたのは、きっと本人の努力もあったのだろう。


「よ、良かった……!」


 そして、鷹宮さんも安心したのか、ほっと息を吐いて、隣に座っている綾も、どこか誇らしげだった。


「雫さん、良かったね」


「ええ」


 そう言って、頬を赤らめる鷹宮さん。


「でも、最初に食べてもらうのがお兄ちゃん、っていうのは、勿体なかったかも」


「なんでだよ」


「だって、雫さんみたいな素敵な人にご飯を作ってもらったんだよ? お兄ちゃん、めっちゃ自慢できるじゃん」


 いいなぁ~、と、少しからかい気味に言ってくる綾。


 すると、何かを言いたそうに、鷹宮さんが口を開こうとするが、結局、何も言わずに自分の前に置かれたご飯に手を伸ばしていた。


 そのことが少し気になったものの、鷹宮さんも美味しそうにご飯を食べているところを見ていると、それを中断させてしまうのも悪いと思って、結局、僕は何も聞かないことにした。


「お兄ちゃん、今日はいっぱい、おかわり用意しといたからね」


 そして、そう告げた綾の宣言通り、この日の僕は、いつもより沢山、ご飯を頂くことになったのだった。


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