第27話 風紀委員の鷹宮さんは、休日の努力も惜しまない②


「おおっ、やっぱり大型店舗だと品揃えが豊富だよね! 見てよ、お兄ちゃん! この落し蓋、灰汁あくも一緒に取れるんだって!」


「へ、へぇー」


 テンションの上がっているあやとは正反対に、僕は曖昧な返事をしてしまう。


 しかし、綾はそんな僕の態度を全く気にしていないようで、棚に並べられたキッチン用具を目を輝かせながら手に取っている。


 綾は料理だけでなく、こうした道具にも拘りを持っているようで、この前、珍しく熱心にテレビ番組を観ていると思ったら『今オススメのキッチングッズ!』という特集を眺めていたことを思い出す。


「ううっ、どうしようかなぁ……お小遣いは残ってるけど……」


 欲しいものを財布と相談する様子なんかは、中学生らしいといえば中学生らしいんだけど……。


 仕方ない。ここは少し、助け舟を出してあげよう。


「綾が欲しいなら、お金は僕が出してあげるよ」


「えっ!? いいの!?」


 すると、綾は僕がそんなことを言うとは思わなかったのか、思いっきり目を見開いてこっちを見ていた。


「うん。だって、こういうのって、逃したら次にもうなくなってたりするだろ? だから、欲しいって思ったときに買っておいたほうがいいと思うし」


「た、確かに……」


 僕の言ったことに一理あったからなのか、綾は顎に手を当てながら、じっと考え込む。


「それにさ、結局、綾の作ってくれる料理を食べるのは僕だし、情けは人の為ならず、ってね」


 つまり、この買い物は巡り巡って、僕の為にもなるのだ。


「ん~、じゃあ……お願いしてもいい?」


「ああ、勿論さ」


 すると、僕の考えに納得してくれたのか、綾は笑顔を浮かべて、僕に告げる。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 その笑顔は、我が妹ながら、なんとも愛らしいものだった。


 しかし、落し蓋を買ってもらって喜ぶ女子中学生なんて、きっと僕の妹くらいだろう。


 いや、案外こういう意外なものをプレゼントして好感度が上がるイベントがゲームにあったりしたら面白いかも……なんて考えながら、僕は綾と一緒にレジへと向かおうとした。


「……ん?」


 すると、ふと横のコーナーに目を向けると、白い帽子を被った女性が立っていた。


 どうやらフライパンを買おうとしているようで、手に取ったものを凝視している。


 それくらいなら、僕だって別に気にすることもなかったのだが……。


 その強張った顔と、何より、透き通るような黒髪の女の子に思わず声を掛けてしまう。



鷹宮たかみや……さん?」



 すると、彼女はビクンッと肩を震わせる。


 そして、僕の姿を確認すると目を見開いたまま声を上げた。


「ふ、藤野くん!? どうしてここに……」


 どうやら、彼女にとっては予想外のことだったらしく、かなり慌てている様子だった。


 もしかして、あまり声をかけちゃいけない場面だったのだろうか?


「お兄ちゃん、知り合いの人?」


 だが、ここで僕の隣にいた綾も反応する。


 なので、僕は綾に向かって、鷹宮さんのことを説明することにした。


「う、うん。同じクラスの鷹宮さんだよ」


「そうなんだ」


 すると、綾は間髪入れずに鷹宮さんのほうへと身体を向ける。


「あの、初めまして。私、藤野綾といいます。兄がいつもお世話になってます」


 おお、我が妹ながら、しっかりと挨拶をこなす綾。


「あっ、い、いえ。こちらこそ。藤野くんとは……常日頃から仲良くさせて頂いています」


 そして、鷹宮さんも綾に向かってぺこりと頭を下げる。


 仲良くさせて頂いている、という何気ない言葉が、僕の耳に残る。


「へぇ……お兄ちゃんと……」


 すると、綾が僕のほうをみて、意外そうに声を上げる。


 まぁ、妹から見ても鷹宮さんみたいなタイプと僕が接点を持っているのは意外だと思ったのしれない、なんて考えていると、綾が再び鷹宮さんに話しかける。


「あの、鷹宮さんも今日は買い物に来たんですか?」


「えっ!? ええ……家のフライパンを買い換えようと思って……」


「そうなんですか。じゃあ、料理とかもよくやるんですね」


「い、いえ! その、むしろ初心者と言いますか……なので、どれがいいのか全然分からなくて……」


 綾の質問に、恥ずかしそうに言い淀む鷹宮さん。


 すると、綾は両手をパチンと合わせて、彼女に告げる。


「だったら私、お手伝いしますよ!」


「えっ!?」


「私、普段から料理よくするんです。だから、色々とアドバイスが出来ると思うんですけど……」


 そして、綾からそんなことを言われるとは思っていなかったようで、驚いた表情を浮かべる鷹宮さん。


 しかし、それで綾が何かを悟ったのか、慌てて訂正を入れる。


「あっ! ご、ごめんなさい。つい、はしゃいじゃって……。鷹宮さんにも都合がありますよね……」


 自分が踏み込みすぎたと思ったようで、綾は申し訳なさそうに一歩引いた。


「いえ、そんなことはありません! むしろ……」


 すると、言葉を詰まらせた鷹宮さんが、僕に助けを求めるようにこちらを見た。


 いくら鈍感な僕でも、鷹宮さんの言いたいことが分かった僕は、フォローに回る。


「鷹宮さん。もし、鷹宮さんが良かったから、綾も一緒に選んでいいかな?」


 きっと、綾の申し出は鷹宮さんにとっては渡りに船だったに違いない。


 それでも、自分から助けを求めることに慣れていないのか、上手く返事ができなかっただけなんだと思う。


「……いいんですか?」


 案の定、鷹宮さんは不安そうな顔が残りつつも、僕に確認をしてくる。


「僕たちも急いでるってわけじゃないし、綾も勿論いいよな?」


「うん!」


 そして、綾も元気に返事をしてくれる。


 ということで、僕たち兄妹だけのはずだった休日の買い物は、予定を変更して鷹宮さんも加わることになったのだった。

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