第8話 風紀委員の鷹宮さんは、風紀の乱れを許さない⑦
「…………えっと」
そして、それを三枝も察したのだろう。
「じゃあ、先輩。アタシたち同好会の活動内容を新入部員にも説明してください」
あっ、でも部活じゃないから新入会員って言うんですかね? と、
ただ、鷹宮さんも「どういうことですか?」と眉を寄せているようなので、とりあえず僕は後輩の指示に従って、説明をする。
「えっと、まず、僕たちの同好会……『文化研究同好会』って言ってるけど、いわゆるサブカルチャー的なものに触れて、その文化を広げようっていう活動なんだ」
まぁ、もっと分かりやすくいえば、オタクが好きな文化に触れていこう、というのが、この同好会の活動理念となっている。
ただ、なぜそんな理念にしたか、というのは、これは当然、僕たちの目的にも関わってくることだからだ。
いや、目的というよりは……三枝が背中を押してくれた、僕の目標なのかもしれない。
「だけど、もう1つやりたいことがあって……ただ、これは僕個人の目的というか……」
「先輩。そこ勿体ぶるところじゃないですって。さっさと言っちゃってください」
「わ、分かってるよ……」
結局、最後は三枝に背中を押されるような形で、僕は鷹宮さんに言った。
「実は僕……自分のシナリオのアドベンチャーゲームを作ってみたいんだ……」
「アドベンチャーゲーム?」
勇気を出して言ってみたものの、やはり鷹宮さんはピンと来ていないらしい。
多分、アドベンチャーゲームというジャンルどころか、鷹宮さんがゲームをしている姿すら、想像できない。
すると、三枝が横からフォローする。
「簡単にいえば、映像や音を組み合わせて物語が進行する紙芝居だと思ってください。まぁ、こんな説明したら、作ってる人とかユーザーに怒られるかもしれないですけどね」
「はぁ……」
三枝の説明を聞いても、鷹宮さんはあまりピンと来ていないようだった。
「えっと、すみません。そういった方面には疎いので、ちゃんと理解はできていないのですが……」
顎に手を当てて、考え込むような仕草をみせる鷹宮さん。
普段の印象も相まってか、その様子がとても知的な女性というイメージを膨らませた。
「藤野くんたちは、そのアドベンチャーゲームを作ることが目的なのですね?」
まさに、その通りだ。
ちなみに、もう少し詳しくいえば、ゲーム作りの中で、僕の役割はシナリオ作成。
そして、三枝はプロデューサーという立ち位置。
これだけの人材でゲームなんて作れるのか? と思うかもしれないけれど、今では優秀なゲーム作成用のソフトがあったりするので、三枝の見立てでは、素人でも作成自体はそんなに難しいことではないらしい。
それでも、簡単なプログラミング知識が必要なのは確かなので、三枝に教えてもらいながら、少しずつ知識を付けているところだ。
「いや、ですが……」
しかし、鷹宮さんはまだ悩んでいる様子であった。
だが、それは僕だって同じことで。
僕たちの同好会の目的と、三枝の要求は全くもって一致しない。
それなら、最初の目的として挙げられた『同好会に参加して欲しい』という要求のほうが、まだ筋は通っている。
何より、鷹宮さんが僕の彼女になってくれることと、僕にシナリオを書けるようになることが、全く別のベクトルの話なのだ。
「いやぁ~、ところがどっこい、そういう訳でもないんですよねー」
すると、三枝がわざとらしいため息を吐く。
「一応、この数ヶ月の間に、先輩には色々とゲーム用のシナリオを書いてもらったんですけど、これがまぁ……びっくりするくらいの駄作でしてねー」
「うっ!!」
ズキッ! と、僕の心が抉られる音が聞こえた。
「なんというか、ヒロインが可愛くないというか……全然リアリティがなくて読んでるこっちが途中で冷めちゃうようなものばっかりだったんですよね」
三枝は、前に僕にも言った駄目出しを鷹宮さんにも伝える。
初めて聞いたときは、そりゃあもう帰って寝込むくらい落ち込んだものだ。
実際、今だってちょっとショックを受けてしまった。
「それでですね。アタシなり考えてみたわけですよ。どうしたら、先輩が可愛い女の子を書いてくれるようになるかって……」
三枝は、とんちが得意なお坊さんのように、両手の人差し指で自分の頭をくるくるとなぞる。
そして、最後は手をポンッと叩いて、にこやかに告げる。
「そしたらですね、気づいちゃったんですよ。『あー、先輩って本当に女子との絡みがなかったんだなぁ』って」
「……それは、別に悪いことではないとは思いますが。私だって、あまり異性の方とは、関わりのないほうだと思いますので」
一応、鷹宮さんなりに僕を気遣ってくれたのかもしれない。
しかし、三枝は全く別の方向へ話をシフトさせる。
「あっ、良かった。ってことは、やっぱり鷹宮先輩も処女なんですね」
「はあっ!?!?」
「いやぁ、流石は風紀委員さんですね。そういう不純異性行為にはお堅いと思ってましたよ~」
「あなた……! そういうことは口に出すものでは……!」
思わず大声を上げてしまう鷹宮さんだったが、三枝は全く悪びれる様子もなく、話を続ける。
「そんな鷹宮先輩だからこそ、都合がいいですよ。なんというかですね、やっぱり、男の人って自分が最初の男になりたいって思うじゃないですか? なんか、そういう名言残した作家が海外にいませんでしたっけ?」
とぼけるように質問をする三枝だったが、当然、僕たちはどちらもそんな質問に答える暇などない。
「とにかく、です。鷹宮先輩には藤野先輩が惚れるような女の子になってください。あっ、ただ、鷹宮先輩が心配しているような行為を強要なんてしません。あくまで、高校生の範囲を逸脱しない交際で構いません。もし、ウチの先輩が変なことをしたら、遠慮なく警察に突き出してください。で、肝心の先輩なんですが――」
僕の理解が追い付く前に、三枝は僕にも指示を出す。
「先輩は、鷹宮先輩との交際で感じたことを、そのままシナリオに落としてみてください。出来ればシチュエーションとかも織り込んで欲しい所ですが、それは今の先輩には無理そうなんで、こっちで調整します」
そして、三枝は両手をパンッと合わせて、満面の笑みを浮かべた。
「はい。アタシからの説明は以上です。というわけで、今日から晴れてお二人は恋人同士ですよ。おめでとうございます~」
パチパチパチ~、と乾いた拍手だけが響く。
「い、いえ! だから、待ってください!」
しかし、そこは経験の差なのか(なんの経験かは、僕にも分からないけど)鷹宮さんはすぐに三枝に突っ込みをいれた。
「私はまだ、何も承諾していませんよ!」
それは、鷹宮さんから出てくる当たり前の抗議声明だったが、
「えっ? じゃあ、鷹宮先輩の秘蔵動画をネットにアップしていいんですか?」
「そ、それは……!」
わざとらしく、三枝はポケットに入れてあったスマホを取り出して指を差す。
「いや、分かりますよ。藤野先輩なんて、全然パッとしないし、顔も普通だし、かといって性格が特別いいわけでもないし、何か特別な能力に秀でているわけでもないし、お金持ちでもないし、クラスカースト低いですけど、そんな先輩と一緒にいるだけでいいんですって。ね♪」
なんか、最後語尾だけ可愛く言ったつもりだろうけど、結構酷いことを言われている気がする。
しかし悲しいかな、言い返すほどの偽証があったわけでもないので、訂正ができなかった。
ああ、帰ったら1回、自分の部屋で泣こうかな。
「いや、本当にお願いしますよ鷹宮先輩! ほら、人助けだと思ってくださいよ! 別に、鷹宮先輩を取って食おうってわけじゃないんですよ!!」
今の状況だと、十分取って食おうとしているようにしか見えないけれど。
「…………人助け」
意外なことに、鷹宮さんがある言葉に反応を見せた。
そして、そんな隙を見逃さないのが、策士として名高い三枝の本領だった。
「そうです、人助けですよ! 重い荷物を持ったおばあちゃんがいたら、鷹宮先輩は声をかけるでしょう!? それと一緒なんですよ!」
全然一緒じゃないと思うが、三枝はここで一気に畳みかけた。
「お願いしますよ鷹宮様~! 嘘でもいいですから、先輩に人並の青春をあげてやってください!」
なむなむ~、と、今度は下手に出る作戦なのか、鷹宮さんを拝むようにする三枝。
「…………藤野くん」
すると、鷹宮さんは三枝にではなく、僕に声をかける。
「……あなたがいいのなら、私はそれで構いません」
「えっ!?」
まさか鷹宮さん……。
本当に、三枝からの提案に乗る気なのか!?
「……もしかして、嫌なのですか?」
「い、いえ! 滅相もございません!!」
鷹宮さんは多分……いいや、間違いなく学校内でも美人として有名な女子生徒だ。
ただ、風紀委員としての彼女のイメージが強すぎるせいか、そういった色恋沙汰の話題にはあまり上がってこないし、むしろ恐れられているような感じがする。
だけど、やっぱりこの場で改めて見る鷹宮さんは、すらっとした身体だけじゃなくて、顔立ちもとても綺麗なのだと実感させられた。
そんな彼女が、僕のカノジョになる。
本当に、夢のような話で……。
それこそ、創作の話でしか出てこないような展開だ。
「はい!! では、交渉成立ですね!!」
三枝は大満足といった様子で、僕たちを見つめていた。
「それじゃあ改めまして、ウチの先輩のこと、宜しくお願いしますね、鷹宮先輩♪」
こうして、僕たちは互いの目的の為に、恋人関係になってしまった。
果たして、真面目なクラスの風紀委員が僕のカノジョとなった学園生活がどうなっていくのか。
それはまだ、この場にいる誰も、知る由もないことだった。
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