おわりのない話*魔女と世界の隠し子と

 むかしむかし とおいむかしのことです。

 ひとりのしょうじょが まおうを たおすために しにました。

 ひとびとは しょうじょを せいじょとあがめて へいわにくらします。

 ちからをなくした まおうは なきながら ねがいました――


𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼


 羽ペンを走らせる音だけが響く部屋に言葉が落とされます。


「それ、英雄の話じゃないの? 聖女が死んだ話なんて聞いたことないけど」

「聞いたことなくても、よ。これもまた一つの記憶」

「また、歪めたの?」

「いつも言ってる、私は歪めてないって。ちょっとした偶然と必然で道が変わってるんだよ」

「出た、シーア理論」

「出た、テオの勝手分類」


 菫の瞳と暁の髪を持つ双子は仲良く顔をそっぽに向けました。


𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼


 ねがいがつうじたのか まおうは しょうねんに せいじょは しょうじょに もどりました。

 しょうねんは ちからが あふれないように うごきます。しょうじょから はなれるために たびにでました。

 しょうねんが きえたことに きづいた しょうじょは ないてくらします。ときはながれ しかたなく まえとおなじように くすしとして はたらきました。

 やがて せかいは くろいくもにおおわれ しょくぶつはかれ どうぶつはたおれ ひとびとはくるしみました。

 だれもが まおうがあらわれたのだ とくちにします。そして しょうねんは まおうをたおすために しにました。

 ひとびとは しょうねんを えいゆうとあがめて へいわにくらします。

 そうして せかいは すくわれたのです。


𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧𖡼


「ねぇ、シーア。結局、魔王って誰なの? 聖女は魔王を倒して、死んだんだよね? 少年は魔王である自分を殺したってことだよね? なんか、おかしくない?」


 最初は二人死んだはずなのに、魔王がお願いしてるの、変だよね、とテオが続けました。顔の中心にしわがよっています。


「世界の災厄は人ではないから」

「じゃあ、魔王っていう力を封じ込めたらいいってこと?」


 うん、とシーアは頷きました。

 妹の曇りない瞳にはテオの納得できない顔が映っています。


「……死ななくてもいいよね?」

「力を縫い止めるくさびがいるから。死なないと無理だと思うよ」


 兄の疑問に、シーアは答えました。言葉の意味よりも軽い口調にため息が返されます。

 気を落とす兄に妹はにっこりと笑いました。いつも、シーアの尺で言葉を選び、切り取られ、組み合わされ、テオにはよくわかりません。


「大丈夫。世界はめぐるから」


 その言葉を追うように、兄妹の名前が呼ばれます。続いて現れたのは濡れ羽色の髪に月をはめ込んだような瞳を持つロビンです。


「夕食の時間だよ」


 彼女の言葉にシーアが飛び上がり、部屋から走り出そうとして急に振り返ります。


「聖女はね、きれいな月色の瞳を持つの」


 ふふ、と笑い声を残して、シーアの影は消えていきました。

 言葉の意味をはかりかねて、ロビンはテオを見下ろしました。瞳は何の話をしていたのかと語ります。

 菫の目を泳ぎ、机の上を示しました。そちらに月の瞳が向きました。

 紙には一つの真実が記されています。


「私だけの英雄でよかったのにね」


 声は無情に響きました。


「死んで生まれ変わるのと、死なずにあなたを待つのと、どちらが楽かしら」


 物語はまだ終わらないようです。



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