魔女と世界の隠し子と――【Ⅱ】

 シーアが首の後ろで赤いリボンを結んだ蝙蝠に、テオが深くフードを被った木乃伊ミイラに変身した後、男は声を上げます。


「おや、私には魔法仮装をかけてくれないのですか」

「何でかけてやる義理があるんだい」


 魔女はぎろりと男を睨みました。飢えた狼も逃げてしまいそうな恐さですが、男はへっちゃらのようです。


「二人の護衛には持って来いでしょう」

「マヤをつけるから問題ない」

「ロビンは、行かないの?」


 魔女の小指をテオが引きます。

 言葉を話せないシーアも魔女の周りをパタパタと飛びました。


「行かないよ。私に染み付いた匂いは化け物達を恐がらせる上に、時には甘い毒になる。オマエ達だけでも大丈夫なように腕輪も渡しているだろう――ああ、シーアは首輪になってるね、重くないかい?」


 パタパタと飛んでいたシーアは魔女の肩にマヤを真似して乗ろうとしましたが、こてんと滑り落ちました。今の姿は逆さまにぶら下がる方が得意なようです。

 テオはシーアを両手で受け止めて籠に入れてやります。

 低い位置の止まり木にぶら下がろうとしたシーアはごちんと頭を打ちました。どうにか逆さになると、首輪が顔にべちりと当たります。ぶら下がったまま、ぱたぱたばたばた。

 やれやれと魔女は光る人差し指で、リボンを残し、首輪だけを足輪に変えてやり、止まり木を調整しました。

 きーきーと高い声で、蝙蝠は礼を言います。


「そういった面倒ごとも請け負いますよ」


 男の言葉を聞いた魔女は梟のように目を細めて考えます。ぱたぱたきーきー言う蝙蝠は言うことを聞くように思えません。


吸血鬼ヴァンパイアの牙」

「お安いご用です。ダースで用意しましょう。おまけにお菓子なんてどうです?」


 ぽつりとこぼれた魔女の言葉に男は頷きました。

 お菓子の入った籠を差し出され、魔女は首をふります。


「過剰な施しは結構。牙だけ寄越しな」


 そうして、人差し指が光りました。


「なるほど、これは不思議な感覚ですねぇ」

「……首なし騎士デュラハン


 自分の頭を手にぶらさげた男を見たテオは青ざめました。魔女の後ろに隠れて男をじっと見つめます。


「霊に会いに行くのだから、ちょうどいい仮装だろう」

「ええ、とっても都合がいいです。騎士道はよくわかりませんが、紳士に振る舞えばたいていのことは上手くいきます」

「紳士がする発言か、それは」

「私個人の見解ですから」


 男は二対の半眼を笑顔で受け流します。

 魔女の深い深いため息は濃い霧でも消せそうにありません。


「どの霊を探しているか知らないが、策はあるんだろうね?」

「バンシーに聞いてみようかと」


 デュラハンとバンシーは死を予見する妖精です。

 顎に手をあて、ふむと魔女は頷きます。


「西の方にお行き。今年もそこで騒いでいるだろう」


 魔女の言葉を受けて、ミイラとデュラハン、それから蝙蝠は西に進みました。


/\^•ω•^/\


 新米魔女に、二足歩行猫ケット・シー、花の化身のような妖精の恋人リャナンシー、荒れ狂う嵐を漂わせる黒い馬プーカ、それから形がおぼろげな霊達が、列を成しています。一方向に進んでるかと思えば、くるくると踊り出したり、どこかに行ってしまったり。

 自由気ままなパレードはそれたり、途切れたり、西に進んでいきます。

 パレードに見て興奮した蝙蝠は飛び回りました。飛び回るといっても、籠の中なので限りがあります。


「シーア、暴れないで」


 テオが小さな声で言いました。

 ばたばたきーきーぱたぱたきゅー。

 あっという間に蝙蝠は籠の目に挟まりました。包帯の奥でしぶい顔をしたテオは、できるだけ優しく外してやります。


「かわいい蝙蝠を連れてるのね。外に出してやればいいのに」


 テオの背後から覗きこむように声をかけられました。

 テオは飛び上がって籠を落としそうになりますが、男がなんなく取りました。

 くすくすと可笑しそうに笑いながら、テオの後ろから女が現れます。

 

「あらぁ? 見ない顔ね。馬はどうしたの逃げられたの?」


 女の興味は籠を取ったデュラハンのようです。頭を持った腕にまとわりつき、艶やかな唇を笑顔の形にします。


「いつも縛っているだけではかわいそうだと、離してるだけですよ」


 デュラハンの姿をした男は顔を女の前に持ちあげました。

 女は男の顎に手をやり、指で輪郭をなぞります。親指は男の唇にあて、触感を楽しむように柔らかく押しました。

 ふふ、と女は空気を震わせます。


「気さくなデュラハンなんているのねぇ」

「麗しのレディ、ちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ふふ、いいわよ。私、ハンサムには甘いの」

「バンシーを見ませんでしたか?」

「あら、レディに他の女のことを聞くなんて無粋じゃない?」


 ぷくりと頬をふくらませた女は、でも許してあげると肩をすくめました。


「あたしがお探しのバンシーよ。なぁに、ご用事は」

「……親切なバンシー、ちょっと人探しをしているのですが」


 男は女の細い手を取り、触れるか触れない程度の口付けを落とします。


「死に人? それなら心当たりが多すぎてわからないわぁ。生きてる人なら心当たりなんて、ちっともないわぁ。でも、あなたがあたしを悦ばせてくれたら思い出せないこともないかもね」


 女はいたずらっぽく言いました。




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