死ねない若者たち

魚の目

 

「〇〇駅で女性が刃物を振りまわす 怪我人少なくとも5名」


ネットニュースに速報が入る。


この近くじゃないか。病院でカルテをまとめながら、安達理央が呟く。

そのままSNSを開き、検索をかける。

事件に居合わせた乗客が撮影した動画が上がっている。


SNSがリアルに情報を与えるこの世の中、マスメディアは何の意味を持つのだろうか。

テレビの電源をつける。

先ほどSNSで見た内容が表示される。

「これはSNSにアップされた映像ですが〜」


この事件を起こしたのは22歳の大学生だった。

まだあどけなさが残るが、どちらかといえば可愛いと言われるタイプの少女だった。


「こんにちは、精神科医の安達です」

「はじめまして」


名前や簡単な応答を済ませて本題に入る。


「どうしてこんなことをしようとしたのかな」

「死刑になりたかったから」

「どうして」

「生きるのに嫌になったから」

「どんなことがあったのかな」

「就活に失敗して、将来が不安になった。」


淡々と答える。


「1人で死ねよ。って思うでしょ。」


ほら、と言いながらミミズ腫れした手首を見せる。


「ここまでしても死なないの。薬物は手に入らなかった。どうしたら死ねるんだろうって思ってたら、テレビで見た事件を参考にしようって。人を殺せば自動的に殺してもらえるんだって思った。最初はそんなのよくないなって思ってたんだけど、電車に揺られてたらずっと持ち歩いてたカッターを振り回してた。」


彼女の弁護人は計画的ではない突発的なもの、彼女自身精神的に不安定なことを述べていた。


死にたい。そう願う人に私は何をしてあげられるのだろうか。

1人で死ねない人たち、そうした人たちは何を抱えているのだろうか。

孤独、不安そうしたものから逃れて死を選ぶ人、そんな人にとって独りで自分の意思で死ぬ自死は選択できないのだろうか。

彼女のように、死のうとして、そのための道具が抑制されると今回のような狂器に人はなってしまうのだろうか。

死にたくて死ねない人は、誰かが殺さなくてはいけないのだろうか。

選択的自殺の是非が問われたことが過去にあった。

どうして自死はダメなのだろうか。

私はこの答えが見つけられないでいる。

今回のような事件が起こるたび、悩む。

なんの罪もない人が傷つくのであれば、そうした手段も良しとされるのではないか。


「理央さん、悩んでますね」

同僚の佐々木がコーヒーを持ってくる。

「佐々木は自死がダメだと思う?」

コーヒーを受け取りながら質問をする。


「難しいこと聞きますね。でも不思議なもんですよね、事件起こすと矯正プログラムが入って

少しでも状況を改善しようとするじゃないですか。でも自死だとそういう選択肢がないじゃないですか。」


明確には言ってないけど、この事件のことだと勘づいたのか。


「それに、人を傷つけるだけ傷つけて自身に刃を向けない人もいるじゃないですか。

結局、死ぬ勇気がないのかなって。」


コーヒーが苦く感じる。血を飲み込んでいる気持ちだ。


「じゃあさ、死にたくても死ねない人にはどうするべきだと思うの?」


「俺らの職種上、そういう人を未然に防いで更生することなんでしょうけど。何かが起こらない限り、そんなこと思っているとかわからないですからね。あとは、直接脳波を見て未然に防ぐとか。非現実的ですけど。」


「あと、肉体的に殺すのがダメなら、心的に殺すしかないんじゃないですか?極論。死にたいんなら。」


「それが結局自死か事件を起こすんでしょ。」


「今では心的暴力も問題になりますからね。」


「じゃあ、どうすればいいんだろうね。」


「生きていてよかったって思わせればいいんですよ。死より生きることを優先順位に挙げる。」


「それが難しいんでしょ」


「世の中ハードルが高すぎるんですよ。ただ息してご飯食べて寝てれば人は生きていける。幸せにするための道具たちが満足に与えられないと人を不幸にする、皮肉的ですね。」


「そうなると人は一生幸せになれないわね。」


「やっぱり俺らはロボットにならなきゃいけないのかもしれないですね。脳に電極さして、命令に従って、プログラムされた感情で。心的死とか肉体的死とか今と変わらないんですよ、結局。だから死にたい人はそうしたロボットになればいいんじゃないですか。」


「それって倫理的に問題があるんじゃないの?」


「この世を捨てようとする人間に倫理なんて要りますか?」


そう。あの日の佐々木はとても冷めて、話のところどころが刃物のように鋭かった。


数十年後、現場での仕事をリタイアした私はテレビで元同僚を知ることになるのだった。


「佐々木カンパニー 脳内ICチップでの実験を開始 実践映像を公開」

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