第18話 前哨戦(2)

(まっっったく、さっっっぱり、イミが分からねー……)


 それが速水はやみの作品に対する雷斗ライトの率直な感想だった。速水の「ライティングポイント」は早くから高い値を示し、完成後には「ストーリーポイント」も大きく伸びて対戦相手のライフをゼロに追い込んでいたが、雷斗には結局この作品がどういう話だったのか少しも理解できないままだった。


「どうかな? ボクの力量が伝わっただろうか」


 画面に輝く「WINNER」の表示を親指で示し、速水ひとりが楽しそうに歯を見せて笑ってくるが、雷斗だけでなく隣の松葉まつばも、反応に困ったように首をかしげていた。


「今の対戦相手もそこそこ書ける人ではあったけど、ボクの相手ではなかったね。橘香きっかさんなら読み解けるだろう。ボクの勝因が」

「……えっと」


 唐突に名指しされ、松葉は眼鏡の奥の目をゆらゆらと頼りなく泳がせて言った。


「このお話……叙述トリックになってるんですよね? つまり……人間の仕掛けた認証システムを破りにくるAI視点の一人称だと思わせておいて……実は人間側が機械をもてあそぶ話だった、っていう……」

Exactlyイグザクトリィ、まさにそうさ。やあ、さすがは橘香さん、ボクの意図をバッチリ理解してくれている。他にはあるかな?」

「……あの、昔のコピペを引用して……実際に読めちゃうのが凄いなって」

「うん、いいところに目を向けてくれる。タイポグリセミアというんだけどね、アレ」


 ぽつりぽつりと答える松葉と、満面のナルシストスマイルでそれを褒めそやす速水。雷斗は困惑を悟られないように表情を取り繕いながら、ひたすら頭の中でハテナマークを爆発させていた。


(なんだよー、またジョジュツなんちゃらかよぉぉ。ワケわかんねーって。ていうかSFって何!)

《《うーん……》》


 今回は珍しく紫子ゆかりこも首をひねっている。あれ、と思って雷斗が顔を向けると、彼女は「えーとね?」と乾いた声で切り出した。


《《何がしたいかは分かるんだけど……。やりたいことをやってるだけっていうか……見せたい知識を見せてるだけっていうか……うーん、これはちょっとマズイかもね》》

(マズイって?)

《《勝負にならないってこと》》


 さらりと言い放った紫子の一言に、ぞくっと得体の知れない戦慄を感じた。ちょうどそのとき、速水が雷斗にも視線を向けてきた。


「ライトくんはどうだい。ボクの作品を見ての感想は」

「えぇ……」


《《ライト、ちょっとこの御曹司くんに言ってあげて。このままじゃ自分とは勝負にならないよー、って》》


 紫子がいつになく切実な口調で促してくる。そんなロコツに挑発するのはこじれそうでイヤだなあ、と思いながらも、彼女の勢いに押され、雷斗は渋々口を開いた。


「正直さー……このままじゃオレとは勝負にならないと思うよ」

「ほう? それはどういうことかな」


 きらり、と速水が挑戦的な目を向けてくる。

 紫子がすぐに言葉を続けた。速水からは姿が見えないのをきっと承知の上で、それでも彼の目をじっと見返して。


《《実際、キミはすっごく頭がいいんだと思う。文章も上手だし、批評家なんか向いてるんじゃないかな。……でも、今書いたみたいなのがキミの思う最高の小説なんだったら、たぶんキミじゃ松葉ちゃんを幸せにはできない》》


「えーと……実際アンタはすごく頭がいいんだと思うし……文章も上手で、批評家には向いてそうだよ。だけど、今書いたみたいなのがアンタの思う最高の小説なら……」


 その後のセリフを通訳するのは気恥ずかしかったが、こうなったらヤケクソだ、とばかりに雷斗は勢いで言い切った。


「アンタには、彼女を幸せにはできない」


 傍らに立つ松葉が、ぴくり、と目を上げた。

 速水は不敵な笑みを崩さないまま、小さく肩をすくめる。


「おやおや。これはまた随分と手厳しいご意見だ」


 大会でやり合ったタンクトップの男などとは異なり、彼は雷斗の言葉に逆上して声を荒げるような男ではないようだった。あくまで紳士的な、あるいは王子様的な口調を保ったままで、彼は言った。


「教えてくれないかな。ボクに、橘香さんの相手として何が足りないというのか」


 名前を言及され、松葉がまたもぴくりとまぶたを震わせる。

 どーすんだよ、と雷斗が心の中で問うそばから、紫子は少し切ない目をして言葉を紡いでいた。


《《いいんだよ、賢いことをムリに文章で表さなくても。皮肉めいた話運びや小手先の技術で読者の鼻をあかすことよりも……本気で作家を目指すキミには、読者の心を満たすことを覚えてほしい》》


 雷斗が通訳しようと口を開きかけると、紫子はそっとそれを手で遮って、「プレイを代わって」と言ってきた。


《《わたしも勝負の前にデモンストレーションしてあげる。わたしはキミほど頭が良くもないし、SFの専門家でもないけど……教えてあげるよ。キミに一番足りないものがなにか》》


「……アンタに一番足りないものを、オレが勝負の前に教えてやるよ」


 それだけ告げて、雷斗は速水の隣の筐体の前に立った。速水はプレイ料金を出すと言ってくれたが、雷斗はその厚意を断り、なけなしの小遣いから料金分の硬貨を筐体に投入した。


《《自由に書けるモードってあるのかな》》


 紫子の質問をそのまま雷斗が口にすると、速水は「フリーモードのことかい?」と横から手を出してモードを設定してくれた。

 対人戦でもなければお題もない、NPCのサンプル小説とバトルするだけの画面が表示される。


「お手並み拝見といこうか」


 速水の真剣な声がすぐ後ろから聞こえた。松葉もまた、逆側から雷斗の画面を覗き込み、「ライトくん……」と小さな声で下の名を呼んできた。

 仮想バーチャルキーボードに両手を添え、雷斗はごくりと息を呑む。紫子は一体何を書くつもりなのか……。


《《ジャンルはSF、お題は「人工知能」、文字数は2,500字。小ワザは人と機械を誤認させる叙述トリック》》


 速水が好きで使ったテクニックまでも自らの課題に織り込み、天才作家は宣言した。


《《タイトルは、「ロボット職人の朝は早い」》》


「ロボット職人の……朝は早い……」


 そして、雷斗は打ち始める。速水の目を覚まさせるための一作を――。

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