第64話 大事な話
死の淵から覚醒した翌日。
朝食をアニーに用意してもらったら病人食だった。野菜を磨り潰して作るスープにクルトン。ピンピンの体にこれはもたない。お昼からは普通の物を出すようにお願いした。
食事の後ノックがあった。返事をするとお爺様とお婆様、父様、母様が俺の部屋に来た。
午後から歩く練習の補助具が来るらしい。
アニーも外に出し、お婆様が遮音の魔法を掛けた。皆がベッドの脇に集まる。
お爺様が話し出した。
「今日は大事な話じゃ、家族だけで話したい」
「アル、お前は神様に会ったのか?教えてくれ」
視た。
御子を預けると神託が下り、俺の使命を恐れている。
「お爺様、なぜ知っているのです?」
「そうか!アローシェ様にやっぱり会ってたか」
「はい、アローシェ様にも会いました」
「にも?」
「はい、ネロ様、デフローネ様、ネフロー様、ウルシュ様、ユグ様にも会いました」
「なんと!六神様と?」
「はい」
皆が顔を見合わせ驚く。
「神々は何と言っておられたのだ?」
「このアルベルトのお爺様、お婆様、父様、母様は情が深く見守る親と褒めておられました」
「なんと!見ておられるのだ!ロスレーンの者を見ておられるのだ!おぉ、神よ!感謝いたします」
「アルベルトを預けるに足る親だと仰いました」
四人は震えていた。己の善性を神が認めてくれたのだから。
「神はその、アルに何を仰ったのかな?」
アラン父様が言う。
「生を与えると。世界を見て己を磨けと仰いました」
まぁ、そういう事だよな、嘘は言ってないよな(笑)
「使徒の使命は受けなかったのか?」
ラルフ爺ちゃんが言う。
「学んだ上に自由に生きろと仰いました」
皆が複雑そうな顔をする。
「それで生を与えられたのかい?」
アラン父様が聞く。
「はい、間違いありません。人の世を学ぶため」
ラルフ爺ちゃんが目を見開く。
「それは貴族の事では無いの。この国でもないの。まさしく人の世であろうな」
ラルフ「未だ戦乱の地もある、そういう事かの?」
エレーヌ「まさかその様な場所にアルベルトを!」
ラルフ「早まるな。この子はまだ歩けぬ」
アラン「学校にも上がって無い。エレーヌ大丈夫だ」
ラルフ「そうじゃ、その時が来れば解ろうよ」
ルシアナお婆ちゃんが黙って手を握ってくれる。
「お爺様、お婆様。父様、母様お願いがあります」
「何かな?」
「私に先生を付けて頂けませんか?」
「先生とは?」
「魔法と武術の先生です。何もかも知ってる程の」
「十三歳から学校があるぞ」
「学校は必要ありません、優れた先生で足ります」
「貴族の
「お爺様、お婆様、父様、母様から学びます」
「学ぶために生を受けたのです。お願いします」
ラルフは驚いていた。承諾せざるを得ない程も眼光に
ラルフは眼光に流されぬように聞いた。
「アラン、お主の子だ。どう思う?」
「神が仰ったことは本当だと感じています」
「エレーヌ、お主の子だ。どう思う?」
「神の祝福を受けた我が子を誇りに思います」
「わかった。当代随一の師を探してやる」
そして子爵家当主ラルフ・ロスレーンは決断した。
「アルベルト・ロスレーンは病弱のためロスレーン家の継承順位から外す。神から与えられた生を全うするがよい。このラルフ、ルシアナ、アラン、エレーヌの4名が神に誓おう。見守る親としてアルベルトを責任持って神から預かろう」
「アル、神を裏切るでないぞ」厳しい顔で言った。
「はい!感謝します。ありがとうございます」
「表向きはの。裏側は今まで通りじゃ」
お爺様が笑う。
「はい、分かっております(笑)」ペコリ
ここにいる誰もが、命の
大事な話の七日後、ロスレーン領都の執政官(文官)、騎士団、近衛(領主邸の守備隊)、従士隊、守備隊(街や城壁の治安部隊)を集めて子爵家当主ラルフ・ロスレーンがアルベルトを横に宣言を行った。
演習場でも空気が震える
「この度、横のアルベルトは病弱によってロスレーン家の継承順位から外れる。貴族学院並びに2年の任官も貴族院へ辞退を申し出る。驚く者もいるかと思うがアルベルトはこれまで通りワシの可愛い孫じゃ。継承順位が外れた分、ワシもルシアナも親のアランもエレーヌもこれまで以上にアルベルトを支援して行く。この場に居る皆もこれまで以上にアルベルトを可愛がってくれ」
「そんな者はおらんとは思うが、アルベルトが継承順位から外れた事で侮る者がおるやもしれぬで申し渡すぞ。のうヒースよ?」
名前を呼ばれた第一騎士団長ヒース・オブライエンは(侮る者がいる訳ねぇよ!と内心で毒付きながら)答えた。
「恐れながら申します。この領にロスレーンの名を侮る者など只の一人もございません。その様な者が居るのであれば我らが責任もって叩き出しましょう」
これまた大音声。
「うむ、よしなに頼むぞ(笑)」
領内全てにアルベルトの事が公にされた。貴族が公に口に出して家臣に伝えたのである。侮れば首が飛ぶ。(領主家で只でさえ首が飛ぶ)
この国では貴族が治める領地の中では自分の爵位以下の称号を与えて自由に領地を与える事が出来る。
ロスレーン卿は子爵であるため男爵、準男爵(騎士爵、士爵)を与えて給金か領地を自領から与える事が出来る。当然男爵位ともなれば継承する爵位であるため、独立の資金も多額になり親もおいそれとは出せないが一代爵位の士爵(一代文官:序列有り)、騎士爵(一代武官:序列有り)などは安易に家臣や子に与えるのである。
※以後は準男爵の爵位は騎士爵(騎士)、士爵(文官)などの一代叙爵の準貴族を差します。
継承順位に外れても領地内ではアルベルトの存在自体が怖いのは変わりが無い。子爵家直系の三男だからである。
領都ロスレーンで発された宣言は王都貴族院と子爵領の執政官事務所(役所)全てに書簡が送られた。
・・・・
転生翌日に補助具が届き、歩く練習が始まった。
俺は赤ちゃんの歩行器見てドドドドドーと
病院で見るお爺さんたちが歩いてる四角い枠みたいのと思ってた。枠は枠でもサークル状のあの歩行器だ。鈴が周りに付いて無くてマジ良かった。
ベッドから降りて歩行器の股上に入る時、アニーが抱っこしてお母さんの顔するから恥ずかしくて死にそうだ。しかし俺は向き合うと決めた。歩行器に向き合うんじゃねぇよ!歩くことに向き合うんだよ。
歩行器で屋敷の廊下を何往復も歩く。
赤ちゃんの躍動感など一切なく歩く。
自分の足が言う事を聞いてくれない事を知った。
そんな想いを余所に・・・通りがかるメイドがまぁ可愛いと目を輝かせるのが視える。
二週間もして
少し薄目の輝く金髪、母と同じブラウンの瞳、ロスレーンの血を引く掘りの深い端正な顔立ちを持つアルベルト。10歳とは言うが3年近くも寝ていた体は身長120cm、体重18kg程しかない。7歳ほどの身体で小さく痩せているのだ。
(歩行器が取れて残念な)アニーはどれほどゆっくりな歩みでも俺の後を付いて歩いた。
一月程も経つとゆっくりと歩くのは出来るが、足が思ったほど上がらない。まだ可動範囲が狭く、足が上がらず小さな段差で
執事のシュミッツを始め、メイドの皆が驚いていた。貴族のお坊ちゃんが朝から晩まで脂汗を流す。泣きごと一つ言わずに毎日休まず、黙々と努力するのを目の当たりにするのである。民を率い導く血の尊さを見た。
朝から晩まで階段を往復した。
二カ月経つと目に見えて足に筋肉が付いてきた。
メイドが荷物を持って三階まで往復すると息切れする階段を苦もなく上がる。
庭に出て、ウォーキングから始めた。缶コーヒー程の重さの石を持って元気よく腕を振って庭を歩く。上半身も含めた科学的なトレーニングを徐々に課して行った。次の段階に行く股関節の開脚ストレッチも徐々に深くなっていった。
骨格の可動域に柔軟で伸びる筋肉を満遍なく付けていく。監督の組んだ下半身メニューをこなす下準備である。
子供が元気に角度を保った腕を前後に振って歩く。
お屋敷の10周10kmを朝と夕に二時間掛けて歩く。ゆっくり歩く時から付き添っていたアニーも今更止められずについて歩く。靴裏の革が2週間で擦り切れ、親指や小指が靴の横からも顔を出す。
擦り切れる革を見て歩くバランスを調整し、両足の負担を均一にする。それはすぐにジョギングになっていった。
普通に庭を歩く孫を見かける頃。そろそろ良かろうと子爵家当主ラルフ・ロスレーンは腰を上げた。
三か月が経つと、今までのメニューにキャッチャー練習で体に叩き込んだ下半身強化を徐々に取り入れていく。明が通って来た道だった。強化のセットメニューが徐々に一セットずつ追加されて行く。
メイドのアニーはアルと綱引きをしたり、手をパンパンと等間隔で叩いたり、板に乗ってアルに庭を引きずられた。体に良いと言われて一緒に体操も覚えた。アル様が作った球遊びもした。庭に大の字に休憩するアル様の泥だらけの身体にクリーンを掛けた。
下半身をいじめ過ぎて帰りはアニーに抱えられて部屋に帰った。アニーは16歳 身長150cm 体重はアルの2倍だった。アルベルトは納得するまで、同じ事ばかりを計った様に繰り返して行く。毎日毎日、同じ苦しみの表情で繰り返す。
明の記憶の真骨頂をアニーは見ていた。
アルベルトはあっちの身体の記憶を視て、今の身体にダウンサイズして運動機能を落とし込んでいた。同じ運動能力を求めていない、可動域、バランス感覚、縦横無尽に動けたキャッチャーの守備の形を追っていた。
毎日、目の前の事に向かう。小さな身体が理想の姿を追う。道具が喜ぶ声を追ったあの日の姿ではない。その意味を知り、手に入れた男がそれを最短距離で追っていく。追っていく先にあるものを知っていた。やらなきゃ損だった。
ラルフが手紙を出した一か月後。
賢者と呼ばれる魔法使いに手紙が届いた。
「また貴族の教師か!」ゴミの山に投げ捨てた。
同じ頃・・・
この国一番の傭兵団の団長に手紙が届いた。
「武術教師だと!(笑)」団の事務方に投げ捨てた。
両人とも興味のない仕事は必要ない情報だった。
興味があったなら考えたかもしれない。
一日経ち、三日経ち、五日経ち・・・十日目が過ぎる頃。魔法使いがゴミの山に動いた。なんじゃこの手紙は!一日ごとに威圧感が増す。気になってしょうがない。
呪いを調べても何の痕跡もない。またゴミ山に捨てる。十四日目になると気が付くとゴミ山を見ている。手紙を調べるのが日課となり、またゴミ山に捨てる。
十五日目、手紙の入ったゴミ山から目が離せない。
抗えない。気が付くと部屋に居る時間の大半を見ていた。
あの家庭教師の話が頭から離れない。考え事をしていたと思ったら何時の間にか家庭教師の話にすり替わる。寝るときも飯の時も風呂の時も戦っている時まで家庭教師の話が頭から離れない。
「俺が家庭教師?ふざけんな!」
と口に出してる最中も頭は家庭教師だった。
二十日目、二人はそれぞれの拠点を旅立った。
四カ月が過ぎるとアニーと二人三脚の訓練ばかりだった。山ほどの小粒な庭石をザルに入れ左右に投げてもらう。下が庭石で不安定な中、反射神経とスクワットの合わせ技。アルベルトは嬉々としてやった。その姿は監督と共に過ごしていた日々を思い出す。
アルベルトの訓練は進み、慣れ親しんだランニングまで回復していた。先生はまだ決まらないらしい。今は亡き監督を
(自分を棚に上げて監督を亡き者にしている)
色々と教わりたくてジリジリとしていた。
本当にジリジリしていたのだ!
我慢してたのだ!
実は転生して三日目にアルはやらかしていた。
作戦を立案した。
外の空気が吸いたいとメイドにせがみ、介助を受けて裏庭を希望する。奥の壁の側に座って一服しようとお茶の用意を頼む。ダメならメイドに
そんな作戦を決行したのだ。
しめしめ、やっとしつこいメイドを追っ払えた。トイレまでメイドだ。わざわざ作戦でも立てないと追い払えない。
まず火魔法の初級。ファイアボールである。
子爵邸の塀の石壁に向かって魔法を発動させてみたのだ。
どれ程ワクワクしていたかは言うまでも無い。
ラノベの主人公は秘密特訓で凄い魔法使いになるのだ。
右の手のひらを壁に向け、照準がブレない様に右手の肘を左手で支える。深呼吸しながら充分なイメージと共に「ファイアボール!」と気合も十分に唱えてみた。
5本の指のそれぞれから太陽の核融合をプロミネンスまでイメージした直径20cm程のファイアボールが凄い勢いで天に向かって発射された。
中指から出たファイアボールが先頭、それを追うように薬指と人差し指のファイアボールが追う。勿論小指と親指からもファイアボールが天高く上昇していく・・・
天を見上げ震える、放心状態のアル。
バルーインパルスの五機による急上昇を彷彿とさせる様だった。それは見事に天駆ける五機のファイアボールだった。
手の平から出るものと思ったらまさかの指である。
怖くて魔法使うのやめた。調子に乗ってコッソリ独学など捨てた。絶対に教えて貰うまで使わない。もし部屋でやったら子爵邸大炎上事件だった。テンプレの通じない世界はマジ怖い!
アルは火遊びを反省したのでアル。
メイドがお茶の用意をして裏庭に戻ると、ガクガクアウアウしてるアルベルトがギギギと首を回して泣きそうにメイドを見る。
可愛いアル様が裏庭で一人。寂しくて泣きそうだった。
アニーはキュンとした。
次回 65話 夜の勉強会
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