並の存在では耐えられない重さ

「雨、止んだみたいですよ」


「ですが~~横転しちゃってますし」


「スマホ繋がりません」


「バスの外に出たい! 」


「あ、開いた! 」


 取り敢えずドアの開閉機能は損なわれておらず、全員外に這い出す。

 誰もケガらしいケガを負っていないのは奇跡だ。

 先程までのゴシックホラー感は消滅し、太陽の光り煌めく山麓の長閑な風景はファミリードラマの趣だ。


「あーー茸狩りが! 」


 一人の乗客が早くも日常を取り戻し、大袈裟なアクションで嘆く。


「皆さん、お怪我も無さそうですし、ご希望ならブドウ狩りに変更では如何ですか? 」


「バス、横転してんのに? 」


 と、ギャル利根。


「冗談じゃないわよ!! 」


 好実が旋風を巻き起こすような大声で叫んだ。

 全員の視線が彼女に集中する。


「そうだ!そのオバサンの言う通りだ!茸狩りダメだからブドウ狩りって状況じゃねえだろ! 命助かった良かったって浸ってたい時にブドウ食う気になるかよ」


 ブドウ狩りに抗議するのは再び男子学生Aだ。

 発言の一部をホントに塗り潰したい。


「それよりバスは?横向きじゃ走れないっしょ」


 ブリーチで枝毛だらけ、化粧品を油絵みたいに塗り重ね、睫毛盛り過ぎで目元はゾウリムシ。

 ギャルと呼ぶには年食い過ぎだろうギャル利根はどちらの意見にも賛同しない。


「嫌よ!絶対茸狩りーー諦めないわよ!」


 好実が食への情熱をソプラノで叫ぶ。

 落胆から憤りに変わり、体内に溜まった鬱憤というガスに火が点いた。


 ブドウなんて。

 溶けたシャーベットを啜っただけなのに、BBQじゃなくてブドウなんて。

 今度こそ肉──

 

「でも~~茸狩りは流石に此処から歩いては~~」


 幽霊よりも密やかにツアコンが反論を唱える。


「バスを元に戻せばいいんでしょ? 」


 バッサリ好実は切り捨てた。

 好実の肉体は燃えていた。

 もちろん怒りだ。

 今、アドレナリンが猛烈に分泌され、人体を形成する37兆2000億個の細胞が踊っていた。

 人間の脳は常に10%しか働いていないという都市伝説的神話はソース不明で、実際は全体が使われているらしい。

 糖分や脂質を“人並み”より自分が求めるのは毎日脳を活用し過ぎているせいだと好実は思っている。

 脳は全体重に対してたった3%の重さしかないというのに全てのニューロンの働きを保つ為にはエネルギーの20%も消費されるという。


 いや、ホント理屈はどうでもいい。


 ならば今必要なのは頭を使わない事。

 出来るだけ脳によるエネルギー消費を抑えるべき。

 37兆2000億個の細胞をフル活動。


 目覚めよ──

 

 両手で思い切り頬を張って気合いを入れる。

 大一番の取り組み前の横綱みたいだ。


 好実は集団から離れ、バスに両手を掛けると雄叫びを上げた。


「ふん!ぐごごううおおお」


 ミラクルが起こった。

 横倒しになったバスが徐々に持ち上がり始めたのだ。


「ファンタスティック! 」


 これは場違いな表現だ。

 そんな上品な感じじゃない。


「怪力乱神! 」


 そう、そっちの方が合ってる。


 ともかく六十度まで持ち上げた所で、身体を後ろ向きにして背中に力を入れて押し上げる。

 人間ジャッキかテコか。

 グイグイとバスの横面が地面から離れていく。


「くっうおおおおおーーーー」


 皆が手に汗握り、ギャル利根はスマホを構える。

 静まり返って同じ表情。


 渾身の力を放出し、最後の踏ん張りで車体は元に戻った。


 塔子が胸の前で十字を切って何かを呟いている。

 でもクリスチャンじゃないから神は力を貸していない筈だ。

 細胞全てがサボらず働いたら、こんな事も出来てしまうのかもしれない。

 

「バス、元に戻りましたね~~」


 いい感じにファルセットなツアコンの声。


「これで茸狩りが出来る! 」


 好実は満足気に四股を踏んだ。


 


 


 

 



 


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