ハングリーアングリー

春野わか

グルメの休日

 様々なカラーの電車から吐き出された通勤客が足早に違うカラーの路線を目指し、又はそれぞれの会社へと通じる出口に急ぐ姿が絶えない平日午前8時半の東京駅。


「お待たせーー」


 ソプラノ歌手のような美声を発し、プルンとした二の腕を振るのは田辺好実たべこのみ36歳独身、通信系の会社で派遣社員として働いている。

 

 彼女の生き甲斐は食べる事。

 好物は天ぷら、唐揚げ、焼き肉に大盛ホカホカ白飯。

 マヨネーズに醤油を混ぜたディップを付けるのがお薦めだ。

 勿論、甘い物も酒も大好きだった。


 今日は有給を使って大学時代からの友人、大越塔子だいえつとうこと日帰り箱根秋の味覚ツアーに参加する事になっている。


 日々、職場で溜まるばかりのストレスをグルメで発散させたいところだ。

 

「あれ?また体重増えた?」


 東京八重洲口の高速バス乗り場で待ち合わせの塔子から、開口一番容赦無い言葉が浴びせられた。


「え?そんなに変わってないよう。最近体重計乗ったけど」


 嘘だった。

 かなり増量していた。

 今までの人生、ダイエットを志した事は何度もあった。


 神に誓ってダイエットに励む度、我慢出来ず禁を破り現在に至る。


 体型なんて気にしていたら人生楽しめない。

 でも、その人生の楽しみが体型一つで素通りしてしまう事もあるのも分かっている。

 

 体重計はインテリアと化していたが、数日前思いきって埃を拭って乗ってみた。

 表示された数値が何度も繰り返される失敗を突き付けた。

 数キロなんて微増のうち。

 別に構わない。

 食と美を天秤に掛ける度、どうしても食に傾いてしまう。

 好実は花より団子の見本のような女だった。


 友人の塔子は好実に匹敵する大食漢なのにダイエット不要のスレンダー体型だ。

 恐らく胃下垂なのか。

 追求した事は無いが羨ましい。

 と、言っても枯れ木か鶏ガラみたいで、佐谷姉妹という芸人の姉にソックリだ。

 因みに好実はオナミという海外でも活躍する芸人に似ていた。


 二人の長い付き合いは、好実の食に対する貪欲さに付いてこれるタフさが一番の理由かもしれない。


 バスに乗り込むと、渡された日程表に陶酔する。

 朝もマヨネーズをたっぷり載せた食パンを三枚も頬張ってきたのに、胃が早くも期待感でブルブル痙攣していた。


 武者震いも胃にくるタイプなのだ。

 このツアーを選んだのは観光よりも何よりも朝から晩までグルメ祭りな点だ。

 温泉や史跡なんかに興味は無い。


 若くて体格の良い男子学生らしき集団が騒ぐのが目に付いた。

 参加者は若い男性の比率が多い。

 コスパは良いが、ツアーで提供される食の内容はボリューム満点だから、お年寄りには厳しいだろう。

 

 バスは一路箱根方面に向けて出発した。

 暫くするとコーヒーとマスカット3粒が提供された。


 上機嫌で腹に収める。



 


 

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