会話
「……っ?」
お菓子を食べる度に一々感想を呟いていた玲。
その夢中でお菓子を食べていた手が急に止まってしまった。
食べかけの羊羹を持ったまま、完全に停止している。
「どうした?」
「いえ……なんでも、ありません……?」
「なんだよ、気になるだろ。何でもいいから言ってみろ」
「……口内炎が、できたようです……?」
「は?」
舌で口の中をまさぐっているのか、玲の頬がぷっくりと膨らんでいる。
口内炎とは、そんな急にできるものだっただろうか。
俺も理解できていないが、玲自身も理解できていない様子だ。
「……もしかしたら、口内炎ではないのかもしれません。その、急に頬の内側に水ぶくれのようなものが現れまして……」
「痛いのか?」
「いえ、痛みはありません」
「じゃあ、ほっとけばいいんじゃないか? 急に甘い物を食いすぎたことに対する反応だろ、多分」
「……やはり、食べ過ぎは体に悪かったでしょうか」
「甘い物に限らず食べ過ぎは良くないだろうが、甘い物は特に影響が大きいかもな」
「……では、この羊羹で最後にしておきます」
玲はゆっくりと、ちまちまと、食べかけの羊羹を食べ尽くすと、お茶を一口飲んだ。
そしてそれきりお菓子には目もくれず、人形のように正座の状態で固まってしまった。
「……」
「……」
玲の様子は俺の食事中と同じだ。
ただ無言で、静かに、傍で控えている。
目は開けているものの、どこを見つめているのかは定かではない。
わざわざ居間にふたりでいることの趣旨を理解しているとは思えない態度だ。
「……玲」
「はい」
「……なんか話してくれ」
結局玲からお菓子の感想を聞いていただけで、まだまともに会話を交わしていない。
まだ家を出るまでは時間がある。
せっかくの機会だから、玲のことを教えてもらうこととしよう。
「なにか……ですか……」
「ああ、何でもいい」
「…………。一宏様、今日の夕食は何がよろしいでしょうか」
「そうだな……それじゃあ、からあげで頼む」
「承知しました。ご用意しておきます」
「……」
「……」
「……」
「……」
どうやら、今ので終わりらしい。
玲の忠誠心に文句はないが、もっと俺を楽しませようとする気概を見せてほしいものだ。
「……玲、他に無いのか」
「他、ですか……」
「何でもいい。俺に訊きたいことでも、俺に言いたいことでも。何かないのか?」
「…………昨夜は申し訳ありませんでした」
黙り込んでいたかと思ったら、玲は謝罪をし始めた。
俺の発言の意図を何か勘違いしているのかもしれない。
「昨日の夜……もしかして、夜伽のことか?」
「はい。夜伽も、その後の片づけも。昨夜は一宏様に多大な手間を取らせてしまいました。まことに申し訳ありませんでした」
そう言って、玲は額を畳につけた。
所作が綺麗であれば、土下座でも品位が感じられるものだ。
「確かに、昨日の玲は随分と下手だったな」
「はい。面目次第もありません」
「やっぱり、玲も久しぶりだったからか?」
「……そうかもしれません。体でのご奉仕は刺激が強いので……」
そもそもとして、玲の体は男性の物を受け入れるための構造になっていない。
本来は玲は入れる側であるはずなのだ。
したがって、夜伽の際に玲に負荷がかかるのは当然だろう。
尤も、その負荷が強い快感として現れているのはどうかとは思うが。
「昨日はどれくらい振りだった?」
「……最後の夜伽から、一か月空いておりました」
「そんな空いてたっけか。いつもは一週間に一回とかだったか?」
「はい。バラつきはあれど、概ねその通りです」
「そうか……。まあ、これからはそれくらいのペースでしていけば問題ないだろ」
期間を開けるとお互いに敏感になってしまって夜伽の手間が増える。
それがわかったのだから、昨日のことにも意味があったのだろう。
「同じ失態を晒さぬよう、精進致します」
顔を上げて、無表情のままにそう宣言した玲。
夜伽に向けて具体的にどう精進するのかはわからないが、やる気は見える発言だった。
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