観察しました

 静かな控室。


 ツキがポリポリとナッツを食べる音と、空調の音だけが響く空間。

 飯田とちひろたちが盛り上がっている音が微かに聴こえてきて、

 なんとなくいたたまれなくて、

 ツキに倣ってプレートへと手を伸ばした。


『あっ……』


 同じチョコレートを目指していた指先がぶつかって、同時に声が漏れる。


「……」


 ちらりと横目でツキを窺うと、ツキも同じくこちらを見ていて――


「っ、す、すみません……」


 ツキは遠慮するように手を引くと、牛乳をこくりと飲んだ。


「こちらこそ……すみません……」


 ただ指先がぶつかっただけ。

 謝るようなことではない。


 でも、無性にツキに謝りたかった。


 マニュアルにあるとはいえ、ツキが見せてくれた好意を無碍にしてしまった。

 ツキに恥をかかせてしまった。

 謝っても無かったことにはできないのはわかっている。

 だから、何かフォローをしないといけないのも理解している。


「……」


 しかし喉がきゅうっと閉じてしまって、チョコレートも飲み込みづらくて――

 無理やり喉を開くようにカルーアミルクを呷る。


「ぷはっ……。あのっ……おかわり、いただけますか」

「……はい」


 グラスを渡して、ツキがカルーアミルクを作る様子をぼうっと眺める。


 ツキはグラスを段ボールテーブルに置いて――

 カルーアと牛乳を注いで――

 マドラーで混ぜて――


 その所作はなんてことのないありふれたものだったけれど、それでもツキが行うと特別なように思えた。


 細い指先にマドラーが絡んで――

 掌がグラスを包んで――

 脇をしめた時に控えめな胸が寄せられて――


「はい、アキラさん……どうぞ?」

「っ!? あっ、ありがとうございます」


 ぎこちなくにこりと微笑みながら、グラスを差し出すツキ。


 慌てて視線を胸から逸らしながら笑顔を返して、カルーアミルクで満たされたグラスを受け取った。


「……」


 再びの沈黙。

 ツキの唇がポテチを挟んで、ぱりっと乾いた音が鳴る。


 ポテチを食む口。

 新たにお菓子を求めてプレートへと伸びる指。

 指はナッツを一粒つまんで、またその唇へと戻っていく。


 なんとなく話しかけることができなくてツキの動きを視線で追ってしまう。


「……」


 こうして隣に並んで観察してみると、ツキはそこまで小柄ではないことがわかる。

 大柄でもないけれど、160弱はありそうだから女性の平均身長くらいだろうか。

 童顔や可憐な仕草が相まって小さく見えていたのかもしれない。


 ドレスの裾から伸びる手足は細く長い。

 バストとヒップも控えめで、スラっとしたスレンダーなモデル体型だ。


「……っ」


 もしもツキが男性なのだとしたら、あの胸は偽物ということになる。

 ちひろたちのように大袈裟な胸パッドであればわかりやすいが、ツキの胸の膨らみでは判断がつかない。

 パッドでも本物でもありえる範囲だ。


「……っ……ぁっ……ぅっ……」


 詳しい人間であれば、動いた際の胸の揺れでわかったりするのだろうか。

 例えば今、ツキがもじもじと身じろいでいるこの瞬間に。


 衣服の隙間からパッドが見えたりすればわかりやすいのだけれども、なだらかな胸部はドレスにフィットしていて見えそうもない。


「あっ……あのっ……」


 声に釣られて、ツキの顔へ視線を向ける。

 その顔は、真っ赤に染め上がっていた。


「…………っ!?」


 ツキの恥ずかしがりようを見て、ようやく自身が何をしていたのかを自覚した。


「すっ、すみません! じろじろと見てしまって……!」

「いえ…………はい……」


 先ほど顔をじろじろと見る無礼を働いたばかりだというのに。

 今度は体を観察するなんて、セクハラ以外のなにものでもない。

 これでは飯田に文句を言う資格もない。


 やはり酒の一気飲みは良くなかったかもしれない。

 頭の中がどんどんと広がるような感覚と、熱に浮かされるような浮遊感。

 アルコールに侵され始めている証拠だ。


「ほんとうにすみません……。ツキさんに、なんて失礼なことを……」

「その……あまり気になさらないでください。この職業は見られるのもお仕事だって、私わかってますから。ちょっとだけ……恥ずかしい、ですけど……。でも、アキラさんが私を見てくださること自体は……嬉しい、ですので……えへへ……」

「ツキさん……」

「でっ、ですからっ……色々と、聞かせてほしいです……。アキラさんのこと……アキラさんから見た私のこと……いっぱい、お話しましょう……? お酒もお菓子も、たくさん楽しみながら……」


 そう言ってツキは手の上にチョコレートを乗せてきた。

 多分、それは失敗したあーんの代わりなのだろう。


「ありがとう、ございます……」


 ツキの手の熱と、アルコールで火照った体で少しだけ表面の溶けたチョコレート。

 カルーアミルクに合う、深い苦みのあるビターチョコレート。

 口に含むと微かにだけれど、確かな甘みが感じられた。

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