和食の日
~ 十一月二十四日(水) 和食の日 ~
※
1.病気を治すのに毒を使う。
2.悪事を制すのに悪事を利用する。
人はみな。
昨日の上に、今日を立つ。
昨日は、雛さんの懐石弁当をのんびりいただきながら。
親父の趣味に付き合わされて。
時代劇とプロレスのDVDを観賞することになった俺たち。
「す、素敵なお弁当だった……」
そんな昨日の経験を。
今日に繋げることに成功したこいつは。
「きょ、今日は楽しみ……!」
「何度も言うが、雛さんに敵うわけねえからな?」
よっぽどお弁当が気に入ったらしく。
俺にも作れとせがんできたもんだから。
ネットを駆使して。
自分の技量を総動員して。
それなりの物は作ってみたけれど。
出来立てならともかく、弁当となると。
プロと素人との差がはっきりと出るもんだ。
……そんな、自信のない品を準備したとも知らず。
テンションあげあげで、朝からずっと暴走していたこいつは。
「で、では、こちらにお並びください……」
みんなにも食べてもらいたいと。
いつもの面々に声をかけて。
「ちょっと狭いか?」
「あっは! 和室は狭いくらいの方が趣あるんだよ、姫にゃん!」
「やば~。俺、靴下臭いかも~」
「あんたは入り口で正座してるのよん!」
畳愛好会の部室を借りて。
総勢七人で食事をすることになったんだが。
「あんまり自信ないって言ってるのに……」
「で、でも。朝見た時はあんまりにも美味しそうで、つい……、ね?」
「それに俺たちの分が減る」
「た、確かにそれは考え無しだった……」
お前、大食いなくせに。
みんなに突かれたらあっという間に空だぞ。
しょうがねえから。
俺は食わずに我慢しよう。
……しかしここまで盛り上げたんだ。
せめてホストらしく振舞おう。
俺は、バカ丁寧にお辞儀してみんなを迎えながら。
風呂敷をほどいて、お重を取り出した。
「あっは! 本格的!」
「相変わらず凄いな保坂は」
良識派コンビが、早速丁寧な褒め言葉を置いてきたんだが。
「お前らやりすぎだよ。なんだその手土産」
「お呼ばれには当然の配慮さ!」
「つまらんものだが」
そう言いながら出してきたものは。
人数分のケーキと。
ポットの紅茶。
いやはや。
バカな遊びもここまで突き抜けると。
逆に笑えなくなるな。
「秋乃には何度も言ったんだが、そんな大したもんじゃねえぞ?」
「でも懐石料理なんて食べたこと無いのよん! ねえ、優太!」
「それは、暗に連れてけってねだってるのか?」
そして今度は。
きけ子と甲斐の二人が。
何かを渡してきたんだが。
「……ピザ?」
「そう! 学食の、予約限定品なのよん!」
「二時間目終わりに聞いてみたら、準備出来るって言われてな」
「こっちの方がメインになりそうだ」
こんなの和室で食べたら。
香りがこびりついちまう。
帰る前には。
念入りに掃除しねえとな。
「しかし手土産って。誰が言い出したんだよ」
「あっは! だから、お呼ばれには当然の配慮だって!」
「王子くんか……」
「あたしは西野ちゃんから聞いて、慌てて優太と相談したのよん!」
「結構センスいいだろ?」
「ん……。まあ、な」
みんなで食うことになるとはいえ。
いただき物はいただき物。
和食にピザぶつけてくんなと。
文句を付けたいところをじっと我慢だ。
「デザートと飲み物まであるし。豪華な昼飯になったな」
「いやいや! メインがまだなのよん!」
「あっは! 自信ないとか言っておいてもったいぶるねえ!」
「開くタイミング無かっただけだよ」
俺が、ちゃぶ台の上に。
三段のお重を広げると。
みんなは中身を覗き込んで。
おおと短く感嘆の声を漏らす。
「…………いやいや、雰囲気にのまれ過ぎ。プロの作った弁当見た後じゃ、見劣りも甚だしい」
「あっは! 素人が作ったようには見えないって!」
「ほんとだな、なんだこの細かな細工。……写真撮っていいか? 小道具の参考にしたい」
「よせよ恥ずかしい。ネットの方がいい素材一杯あるって」
ここまでべた褒めされると。
さすがに恥ずかしい。
俺は、こういう時に便利な奴に話を振って。
話題を逸らすことにした。
「……で? パラガスも、なんかすげえ手土産準備したとか言ってたよな?」
「うん~。先生の机にずっと置きっぱなしになってたの、盗んできた~」
「何やってんのお前!?」
「きゃはははは! 無茶苦茶やるのよん!」
「なに盗んできたんだお前」
「懐石料理には欠かせない物~」
きけ子の命令で、入り口に正座してたパラガスが。
やけに縦長の手提げから取り出したもの。
高級そうな布に包まれていたそれは。
明らかに瓶の形をしてて。
上の方で二つ結び。
「確かに合うのかもしれないけど!!!」
「さすがにアウトだバカ野郎!」
「だめ~?」
「ダメに決まってる! すぐ返して来い!」
でも、俺たちの制止も聞かず。
結び目をほどいちまったパラガス。
その高級そうな布の中から現れたのは。
和食懐石に合いそうな。
……赤ワイン。
「うはははははははははははは!!!」
「和食に合うわけねえだろ。いや知らんけど」
「あっは! 一升瓶かと思ったのに、笑ったよ!」
意外な変化球に笑ったが。
これがまずかった。
散々みんなが笑ったのを。
好意的に捉えたこのおバカ。
「コルク抜いてみた~」
「うわほんとやめろお前!」
「秋乃ちゃん! それ取り上げて!」
「わ、わかった……」
慌てて秋乃が瓶を取り上げて。
コルクを戻そうとしているが。
上手くはまらず難儀してる。
「まったくてめえは……」
「もうバカやってねえで飯にしようぜ」
「そうしよ~。じゃあ、俺もそっちに行く~」
「待つのよパラガス! あんた、靴抜いじゃダメ!」
「まじ~?」
「せめて何かで消毒してからにしろよ、臭うんだろ?」
「アルコールとかねえか?」
「あ、それなら……」
「待て待て待て! チョクはだめ!」
秋乃が、パラガスの脱ごうとしていた靴に。
直接ワインを注ごうとするのを、俺は慌てて止めた。
「ダメなの? これ、アルコールだけど……」
「ダメだろうが。仮にそれ使うとしても、霧吹きみたいなの使え」
「あ……。昨日、DVDで見たあれね……!」
DVD?
昨日見たのは、プロレスと時代劇。
確か、刀で切られた町娘の傷を。
通りかかった素浪人が、徳利の酒を口に含んで……。
ぐびっ
「秋乃ちゃん!?」
「お前、何やって……!」
ぶしゃー!!!
…………昨日DVDで見た通り。
そのままの行動をとった秋乃は。
赤ワインを口に含んで。
それを、霧吹きのように。
パラガスに吹きかけたんだが……。
「ぎゃああああ~! 目が! 目が~!!!」
「うはははははははははははは!!! 何やってんの!? 顔にかけてどうする!」
「……昨日見た、毒霧攻撃」
「うはははははははははははは!!!」
そっちか!
プロレスの反則技の方!
そして見事、秋乃の狙い通り。
迷惑な男を部屋から追い出すことに成功したんだが。
「じゃあ、食べよ……、ね?」
「その前にしっかり口ゆすいでこい!」
パラガスに続いて。
秋乃を部屋から叩き出すと。
同時に響き渡る校内放送。
『あー。職員室から何か盗み出した心当たりのある者は、速やかに出頭しろ』
……こうして昼食会は。
ホスト不在で行われることになり。
俺は、犯人ではないが関係者であるとして。
校内中のアルコール清掃を命じられることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます