冬の章

弐拾伍

 秋が終わり、空気も一日中冷え込む毎日が続いている。

 年末年始は初めて友人であり、同業者の甘味処・玉月とむぎまめ麵生家。そして、飯森伊久実の飯森食堂の三店舗合同でお店を期間限定で開店をする。

 三店舗合同の出店はお正月の開催で二回目。最初は夏祭りに買収疑惑があった会社と対抗して戦って以来だ。

 地域住民から、お正月も出店してくれと懇願されて今回の出店に至った。

 お正月では定番のお雑煮などを店内で販売する。また、お持ち帰りように甘酒などの販売も予定しており、伊久実はお正月も玉穂とこむぎと一緒にいられることが嬉しい。

 しかし、飯森食堂としても忘れてはいけない収益がある。飯森食堂があるのは稲荷餅の北東地区にある。付近の神社仏閣としては銀月神宮の内宮が最北に位置している。

 伊久実達が年末年始に担当する店舗は内宮とは逆方向に位置するため、今回はベテラン社員、パートさん達が中心となり本店を回すこととなる。


「伊久ちゃん」

 伊久実はベテランパートさんから声をかけられた。

「ほへ」

「年末年始の食堂は任せなよ」

 そういうと、パートさんは親指をグッドポーズしてキメた顔をしていた。

 伊久実の目にはバックに光が差しているように見えた。流石は、全国有数の神社がお膝元であるこの神聖なる土地。改めて、ここに生活していてよかったと思った。


 十二月に入り、飯森食堂は日頃の食材の調達と並行してお正月の準備をしている。そこに馴染みの漁師から鮭、ブリ、鯉を買い付ける。様々な地域から出稼ぎでやって来る労働者も少なくない。度々、食堂だからとなんでも出来るだろうとメニューにはないものを頼まれることがある。その為、裏メニュー的なものを出したとしても、壁に掲載などはせずに、頼まれれば可能な限りあるもので提供をしている。

 しかし、お正月に限っては鮭とブリに限っては同じくらいの割合まで注文があるため、二種類は同じくらいの量を調達する。鯉は稀に注文されるため、予め完全予約制での提供としている。


 伊久実は白い車で乗せられてきた発泡スチロールに詰め込まれた鮭、ブリの丸ごと詰めパックを荷台に乗せては地下冷凍庫に持ち運ぶ。

「伊久~~、これも頼む」

「は~~い」

 伊久実の父親から完全予約制の鯉は荷台が足りないため手に持って運ぶように頼まれた。


 魚だけの注文が多いかと思われるが、飯森食堂もお正月定番のメニューや変わり種のお品書きの出店も考えている。

 これも年末年始の長時間番組に飽きを感じる者達を救済するための万能飲食店なりの戦略だ。


 お正月当日。

「明けましておめでとうございます!」

「いらっしゃいませ~~」

 飯森食堂は内宮参拝者で大盛況。また、他の神社仏閣帰りや行きの参拝客達も多く訪れる。


 その裏で捨てられてしまうものたちがいた。だが、ある人物は無駄にしまいとする少女がいた。


「ただいま~~。あっ、取っておいてあった~~」

「もちろんだよ。看板娘が環境に悪いっていうからさ」

「それに、ここからはいいだしが出るんだ。折角、多額の投資したのにも関わらずそのまま使わず処分はいけないから、最後まで使わせてもらうよ~~」

 外宮の店舗から帰って来た直後の伊久実は疲れを抱えているもの、鮮度命の生ものを冷凍から出し、大鍋に続々と骨や皮など、そのまま捨てる部位を水と共に詰め込む。これも伊久実なりの倹約家的もったいない精神と同僚たちは言っている。


 大鍋から出た汁はオリジナルのだし汁として、飯森食堂に来た客達へ無料配布することになった。また、お味噌汁、煮物にも使われる。


 結果的に宣伝を全くせずとも、人伝いで倹約家の作った家庭料理は母の味だと大人気となった。また、そのお店が自由研究で有名となった飯森伊久実のお店だということも一緒に広まり、伊久実の嫌いな人流の波が再来したことでほとんどの地域住民に顔を覚えられてしまった。夏休み後のその状況に少しは慣れたと思っていた伊久実だったが、何かと縁起があるとして頭を撫でられまくってしまった。特に経営陣からだ。

「もうぅ~~、やだぁ~~」

 しかし、今回のお客さん達からのサービスを求めた無茶ぶりには少々態勢ができたのは事実。


 お店の出入り口にはパートさんや両親、家族から、心の声としていくつか注意書きが書かれた。


――――――――――

・うちの食堂の飯森伊久実は当社が保護している小学六年生なので、許可なく接触したお客様がいらっしゃいましたら、すかさず警察に通報させていただきます。

・飯森伊久実は業務中のお声がけはお控えください。

・飯森伊久実への勝手なカメラ撮影や盗撮は犯罪になります。

――――――――――


 久々に休みをもらった玉穂とこむぎは食堂の注意書きを読んでいた。

「なんか、人気アイドルとか、大御所俳優的な立ち位置になったのかしら」玉穂は唖然とした。

「伊久実ちゃん。凄~~い!」

 こむぎは急に伊久実がアイドル的な立場になれたと少々夢を膨らませていた。

「二人は別に友達だから、盗撮とか全然いいからね」

 伊久実は平然とした表情と普段と変わらない言い方で二人に言った。

「なんか、ちょっとムカつくわ。手を出すとかではないけど」

「まあ、こんな状態になったら仕方ないよね」

 玉穂とこむぎはこんなにも彼女に人気が出るとは小さい時にから見ていた時には全く思い当たるところはなかった。

 しかし、どんなに伊久実の身長と鼻が伸びたとしても二人が両親に変わって矯正していく。伊久実と二人にはそう思った。

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