episode.6 そう上手くはいかないものだ
第21話 忍び寄る気配
煌びやかな装飾のされた家具、豪奢な飾り付けをされた室内で二人の男がソファに腰を下ろしながら何やら話している。少し長めの金髪をうざったそうに掻き上げて男は言った。
「まさか、シェリルが逃げるとは思わなかった」
「マーカス様、それはわしもですよ」
彼をマーカスと呼んだ短い湿った茶髪の男が困ったように眉を下げる。髭面のそれなりに歳を取った男は「でも、問題はない」と言った。
「わしの部下が探していましてね。どうやらフルムル国に逃げているらしいところまでは掴んでいるのですよ」
「ほう。それはフィランダー卿の部下は優秀ですねぇ」
フィランダーは「そんなことはないですよ」と髭を撫でながら笑う。その汚い笑みにマーカスは少しだけ眉を寄せたけれどすぐに表情を戻した。
「彼女が行きそうなところなど、王都以外にありえない」
「それは何故?」
「まず職を探そうとするでしょう。それならば人の多い王都を選ぶはず。まぁ、箱入り娘の考える浅知恵ですな」
フルムル国がどういった国なのか考えなしに行ったのだろう。人間が目立つような場所に行けば、すぐに見つかると考えなかったのだろうか。何も知らない箱入り娘というのは面白いとフィランダーは汚く笑う。
「捕まえたら会いますか?」
「あぁ、一応な」
「では、適当に演技をしてわしの妻に」
「それで構わない」
マーカスの返事にフィランダーはにちゃっと笑う。それが気持ち悪くてマーカスは少しばかりシェリルに同情するも、そんな気もすぐになくなったように冷めた瞳を向けた。
***
エイルーン国から逃げ出してからどれぐらい経っただろうか。だいぶ日にちが過ぎていたのだけはわかる。ラルフの元で家政婦をしているけれど、毎日が平和的で自身が逃げてきたことを忘れそうな、そんな和やかな日々を過ごしていた。
婚約破棄された悲しみや怒りももうほとんどなくて、たまに思い出しては愚痴りたくもなるけれどそれだけだ。だいぶ、そうだいぶ落ち着いていた。
今日も馬のブラッシングをしている。これが終わったら洗濯だ。身についたいつもの日課が何だか楽しい。予定を頭の中で立ててブラッシングをしていると玄関先から声が聞こえた。
「ラルフ様、そろそろお考えください」
「じぃや……」
なんだろうかとこっそりと壁の隙間から覗き見る。そこには綺麗に仕立てられた執事服を着た老執事のウルフス族がいた。白髪の短い髪をオールバックにしている彼の背後にはそれまた立派な馬がいた。
それだけでただのものではないのはわかってしまう。悪いとは思いつつも、シェリルは聞き耳を立てた。
「お父上様もそろそろ戻ってきてはとおっしゃっています」
「この前、会った時にも言ったがまだ戻る気はない」
どうやら父に家に戻ってくるように言われているらしい。けれど、ラルフは家へ戻るのを拒否している。どうしてなのかを話す気はないようでそれがまた老執事を困らせれていた。
何か訳があるのなら言ってくださいと言われるも、ラルフは何も答えない。家の環境が嫌なのだろうかとシェリルは感じた。
「集落のことでしたら、お父上様がちゃんと保護して下さると言っているではないですか。ほかに何か理由がおありで?」
「……関係ないだろう」
他に理由。彼が此処にいる理由とはなんだろうか。家の環境が嫌なのもあるかもしれない、集落のことを気にかけているからというのもあるだろう。それ以外にもまだあるのだろうか。
黙るラルフに老執事は小さく息をつく。
「集落の方からお聞きしましたが、家政婦を雇っているようで。彼女の心配でしたらこちらで面倒も見ますよ、ラルフ様」
「シェリルは関係ない! 彼女には選ぶ権利があるだろうっ」
強い口調でラルフは言った。それはあまりにも早くて表情も少し怖くなっていたことにシェリルは驚く。そんな彼の反応に老執事は何かを察したらしく、なるほどと小さく頷いた。
「ラルフ様」
「なんだ」
「お父上のお言葉をお借りしますが……。後悔する前に掴み取るべきですよ」
それでは。老執事はそれだけ言って深く頭を下げると馬に跨り去っていった。どうやら今回は引き下がったらしい。ラルフはその背を暫く見つめていたがふっと小さく息を吐いた。
「俺が掴み取っていいのか、迷うだろう……」
そう囁くように呟くとラルフは家へと入っていった。一連の会話にシェリルは困惑する、どういう意味なのだろうかと。
此処を離れられない理由に自身にも原因があるのだろうかと思わなくもなかった。けれど、老執事が言うことが本当ならば自身はメイドとして雇ってもらえそうではある。だが、彼はそうはしたくないような言い方をしてのあの会話だ。
『後悔する前に掴み取るべきですよ』
あの言葉の意味はなんなのだろうか、考えてみるも思い浮かばず。自身にも関係ありそうではあるものの、ラルフから言われているわけでもない。
「何かあれば言ってくれるかな?」
自身では分からない、ラルフなら黙って消えたりはしないだろう。そう結論づけてシェリルは馬のブラッシングを再開した。
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