彼女の瞳がコロコロ変わる
青野ハマナツ
告白、そして進展
第一話 告白
「一目惚れしました! 好きです! 付き合ってください!」
――高校一年の五月二十九日、
だが、やってしまったのだ! なぜこんなことをしてしまったのだろうか……!
◇ ◇ ◇
時間は少し遡り、四限終了後の昼休み。それは授業中からの空腹からようやく解放される瞬間。食べ盛りの高校生男子はこの瞬間をそれなりに楽しみにしているものだ。
柊真は一人暮らしであるが故、弁当は常にお手製。今日は冷凍の炒飯に夕飯の残りのカレーをかけてかき混ぜた一品、シンプルな名前を付けるならカレー炒飯。
通常のカレー炒飯は炒飯そのものをカレー粉でカレー味にするものだが、八時に始業する学生にとって炒飯を炒める暇などない。ならば、プロ級の美味さを持った技術の結晶である冷凍食品に何かと余りやすいカレーをぶちまけ、かき混ぜまくればそれはもうれっきとしたカレー炒飯である。
こいつのいい所は簡単で美味いことだけでは無い。それなりに高カロリーなのだ。基本的に食べ盛りで代謝の高い高校生男子にとって、カロリーは絶対的な存在。カロリーを摂取しなくては、腹が減って仕方がないのである。
柊真は下段に入れたおかずと共に炒飯を食べ進める。
そうしていると、横に居た仲の良い友人、
「なあ、柊真。おまえさ、好きな人いるだろ?なんで告白しないわけ? 」
柊真はゲホゲホとむせる。あまりに突然な質問のせいで米を飲み込むタイミングを間違えたのだ。
「は?なんだよ告白って。告白する人なんていねぇよ」
柊真はわかりやすくシラを切る。それはつまり、矢作がなんのことを言っているのかなんとなく察しが付いている、ということである。
「いやいや、キミ
長良さん、というのは同じクラスの女子で、才色兼備な完璧人間である。ふわっとしたボブカットを揺らし、柔らかい瞳で世界を見据える美少女。かつテストの点もとんでもなく良い、これからどんな道に進もうが確実に成功するであろう才女だ。
柊真とは六月の修学旅行で同じ班であり、その準備で何度か話したことがある。最長で二時間ほど。もちろん、そこまで深い関係ではない。
「ち、ちげぇし。勝手に解釈すんなよ」
柊真はまだ嘘をつき続ける。
「いやそんなこと言ったってさぁ、朝昼夕といつも見つめてるからねぇ」
柊真は反論する言葉を失った。何度も見つめるという行為は少なからず興味があるということ。実際のところ、柊真はいつも長良のことを見つめていた。
「ここで否定できないってことはやっぱ好きなんだろ?だったら告白して楽になっちまえって。彼女持ちの矢作さんからのアドバイスだよ。柊真って見た目はいいし、性格もハチャメチャに優しい。今まで彼女がいないのが不思議なくらいだぜ」
恋愛のアドバイスにおいて、彼女持ちというアドバンテージは多少の説得力を与える。
柊真の心は「告白する」という選択の方へ少しだけ動く。しかし長良さんは前述の通りの高嶺の花。自分みたいな人間が告白してもよいのだろうか?振られて変な関係になったらどうしよう。そもそも彼氏がいるのではないだろうか。そんな、柊真にとってマイナスな言葉ばかりが脳内に浮かび上がる。
「なあ、矢作……告白するったってどうすりゃいいんかね……無難にラブレターとか? 」
「おいおい、ラブレターを無難と考えてる時点で告白は上手くいかんぞ?いいか、ラブレターってのは筆跡鑑定が出来るヤツでない限り本人だと特定することが出来ないんだよ。すなわち騙されてる可能性が残るわけさ!女の子は不安だろうなぁ。『からかいだったらどうしよう』『行っても無駄骨だったらどうしよう』ってな? 」
一見とんでもない理論のようにみえるが、柊真の恋愛経験はほぼゼロ。女子とはある程度話せるが恋についてはからっきし。こんな理論も、「彼女持ちの男」から出ているというだけでアリなのではないかという思考に至ってしまう。
「な、ならどうしたらいいんだよ」
「直接呼び出す……しかないだろ? 」
矢作はこれでもかってくらいキメきった声と顔で柊真に語りかける。柊真は流れに乗せられてこくりと頷いてしまう。
「それじゃ、今から誘ってこーい! 本人の口から、『校舎裏に来てくれ……』なんて言われたら『きっと大事なお話なんだ……』と思うだろ? それだけ本気なんだと思わせることができるだろ!? まずは誘ってみるところから! さっさと弁当食い終わらせて誘ってこいやー! 」
「は、はい! 」
柊真は遊び半分のとんでもない理論に返事をしてしまった。これから柊真は、『ジブン、後で告白しまーす』という宣言を相手にしに行くと言って差し支えない。だが、柊真の心は既に揺れ動き、やってみようかなという気持ちへシフトしていた。彼は手抜き料理の米を口にかきこんで飲み込み、よし、行くぞという決意を胸に、その場に立ち上がった……!
弁当を片付け、不自然なまでにゆっくりと長良の元に向かう。
長良はいつも決まって女子三人のグループで弁当を食べている。
一人目が件の
もしかしたら既にいるのかもしれないが、少なくとも学校では男子と喋っている様子はほとんど見たことがない。あるとしたら学校行事の準備の時くらい。あんなにかわいいのに、男が寄りついている雰囲気すらないというのは少々不可解な感じもする。
二人目は
三人目は
柊真は当然告白の相手である長良咲良に話しかける。
「あの、長良さん……」
柊真は相手にギリギリ聞こえるくらいの声量で話しかける。
「あ、え、大井くん? 何か用? 」
長良は少し動揺した。
「えーなんすか? 告白っすかー? 」
普段の昼休みではあまり喋らない男子からの声掛けに、高瀬が水を差す。
「もし告白ならここでしちゃいなよー、大井クン? ここに来て『後で校舎裏に来てくださーい』なんて言ったって、それはもうほぼ告白っしょ? 」
子吉も横槍を入れる。柊真は黙る。否定も出来なければ肯定もできない。ジレンマに陥ってしまったのだ。
「え、なんで黙ってんすか?もしかして――ほんとに告白なんすか!? 」
二人は本気で告白だとは微塵も想像していなかったようで、耳を赤らめている柊真に少し驚く。
「マジ? マジで告白? じゃあやっぱりここでするべきっしょ! その方がおもろいし」
子吉と高瀬はそんな柊真を見て、少し小馬鹿にしたように笑う。それに対し柊真の思考回路はショート寸前! 目をぐるぐると回し、指一本すら動かせなくなってしまった。後には引けない。ここまで来てしまった。そういう思考が駆け巡る。
「ほらこーくはく。こーくはく!」
子吉は手拍子をしながら告白煽りを始めた。高瀬もそれに乗っかっていく。
「こーくはく!こーくはく!」
女子二人は、まるで小学生のような行動をしていた。しかし、ここで逃げると意気地無しだと思われてしまうだろう。結局この状況も自分(と矢作)で蒔いた種。やるしかない。
目をつぶり小さく深呼吸。それから決意とともに喉を揺らす。
「一目惚れしました! 好きです! 付き合ってください! ! ! ! 」
柊真の流されやすい性格と決意――そして愛の気持ちが、通常の人間であればやらないであろう行動を引き起こす。しかし、柊真はそれにある意味の達成感を覚える。
「うっわホントに告白したし! ウケるんですけど! 」
子吉は、笑ってるんだが引いてるんだかよく分からない表情になって柊真を見た。
「やばいっすよ! とんでもないメンタルっす! もはや尊敬の域っすよこれは! 」
高瀬も矢作も付近のクラスメイトも、たまたま廊下から目撃した生徒もみんな困惑。しかし、すぐにざわざわと騒ぎ出す。こんな面白い恋愛ネタに、思春期の高校生が食いつかないはずがない。人前で告白するなんてことをすれば、断られても成功しても英雄であり、一生モノのネタになる!
しかし、当の本人の長良咲良は柊真から
だが、告白されている以上答えは出さなくてはいけない。
「え、えっと…なんて言えばいいのかな…告白とかされるの、初めてだから…どう言えばいいのかよく分からないけど…」
あれほどうるさかった教室が少し静まり返り、全員が一人の少女の発言に耳を傾ける。
「好きになってくれて嬉しいから…イエスで…お願いします…」
クラスは大いに湧いた! 告白煽りをした矢作、子吉、高瀬は笑いながらも拍手で祝福! クラスメイトもみんな拍手! 教室内で告白という少しおかしな状況に、どいつもこいつも大笑い!
「オラテメェら何騒いどんじゃさっさと飯食え!」
そんな狂喜乱舞もつかの間、クラスの盛り上がりは、たまたま近くを通りかかった教師の無駄な一言によって無に帰った……
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