焼きりんご 第5話


 体を見られるよりも、目をみつめられるほうが恥ずかしい。心の中まで届いてしまうような目だ。思っていることを全部知られてしまっているんじゃないか、そんな錯覚に陥る。  

「う、うん……」  

 はるかは私のカットソーをめくりあげてそのまま脱がせた。そして自分も上を脱ごうとして服に手をかけたまま、動きを止めた。何か考え込むみたいにして、私の目を探るように見ながら、ゆっくりと脱いだ。    

「?」  

 カーテンの隙間から漏れる薄暗い光の中で、はるかの肌は艶めいていた。きれいな形のいい腕だな、と思う。私のただ細いだけの腕と違って、女性として美しい筋肉と張りがある。  

 はるかは自分のブラジャーも取ると、首を傾けたまま私を見ていた。なんだろう、この、こっちの気持ちを見極めようとしているような目は?  

「なに?」  

「…………」  

 彼女は私の手をとると、自分の胸に持っていって肌に触れさせた。触ってほしいということか? どんな顔をしていいのかちょっとわからない。

 私の手が、柔らかい感触に埋まる。……いいのかな、触って。 

 前回はるかは脱がなかった。途中から暑くなったのか、トップスだけ脱いだ。でもキャミソールから下は脱がなかった。私だけ全部脱がされた。一方的に弄られた感じがして、恥ずかしくてならなかった。  

 触れるのもそれはそれで気恥ずかしい。戸惑いながら、ふにふにとつまんでみた。

「やわらかい……」

「児嶋さんって、柔軟ですよね」  

 はるかは心底感心したみたいにつぶやいた。  

 そのまま私に抱きついてきた。  

 私はその感触に慣れていない。  

 肌が素のままで触れ合って、はるかの呼吸に包まれて、とろんとした夢の中にいるみたいだ。  

 はるかが私の耳を舐め、かすかに吸い付いた。  

「あぅっ」  

 自分の声にびっくりして、唇をかむ。思わぬ大きな声が出てしまうと、さすがに恥ずかしい。  

「かわいい」  

 はるかは調子に乗って、耳に口付けた。髪を撫でながら首筋をついばんだ。自分の髪が耳元でさわさわと揺れて、それまでもが、くすぐったくて、私は身をよじる。  

 はるかの舌が首筋を這い、顎の先に口付け、鎖骨をなぞる。  

「ぁ、」  

「皮膚、……も。なんていうか、邪魔です、もう……どうしていいのか」  

 物騒なことを言う。  

「これ……は、ぬ、脱ぎたく…ない……」  

 一瞬動きをとめて、ぶっとはるかが吹き出した。  

「可愛いこと言ってるし……!」  

 可愛い? オモシロイじゃないのか? はるかは私に触れ始めると、いつも語彙が同じようになってくる。  

「児嶋さん日記に書いておきたいです。語録として」  

 はるかはヒーヒーと苦しそうにして、本当に腹をかかえていた。  

「なにそれ。そんな日記あるの」  

「目の裏側あたりに。あるような感じがするんです。あー、苦しい」  

 はるかは悪戯そうに眉をはねあげて、私をじっと見つめ、明るく笑った。  

「児嶋さんの寝てるときの顔とか、声とか、仕事中のパソコンの音とか、お菓子食べてうっかり指舐めたときの表情とか、記録されてるんですよ」  

「やめて……」  

 思わず笑ってしまう。  

「イッたときの顔も、声も、ぜんぶ」   

 カッと頬が火を噴くように熱くなった。急にそんな風になったから、自分が怒りを感じたのかと一瞬間違えた。はるかの目が、私を映して、ほんのひととき止まった。私の目を覗き込んで、彼女は目だけでにやっとした。ふっと変なスイッチでも入ったかのように。

「……え?」

 はるかが顔を隠そうとする手を捕まえた。

「児嶋さん、またこうすること、想像しました?」  

 目を逸らそうとした私の手首を取ったままそのまま開いて、はるかは私をベッドに組み敷いた。含みのある目つきで私の目を覗き込む。  

「教えて。わたしにされたこと、何回、思い出しました?」  

 私は黙り込んだ。  

 自分の耳が熱くなっているのがわかる。何回思い出しただろう? というか、思い出さないように頭を切り替えようとしたのは何回だろう、頭がくらくらしてしまって、正直に答えられそうもない。  

 突然、同じベッドで、同じ体勢で、見つめられていることに気がついて、私の体をなぞるあの日のはるかの指がまざまざと肌に蘇った。  

「ほんと、いじりがいありますよね、児嶋さん」  

 ――可愛い子ぶって首を傾げて笑って言うセリフなの!?  

 はるかは私を見下ろして、手の平全体で胸を撫でるようにした。ころころと先端を転がされて、私は急にそのやり方に羞恥を覚える。  

 はるかに見られていることをあまり意識しないですむように、ぎゅっと目を閉じて我慢する。

「はるかだって、何回思い出したの?」

 私は反撃を始める。

「何回だと思います?」

 何回かぐらいは、思い出したんじゃないかな……、あまり多めに言っても意識過剰と思われそうだし、少なく言っても嫌がらせにならないので、私は適当に答えた。

「三回ぐらいは?」

 はるかはちょっと呆れたように私を見た。

「その答えでいいですか?」

「なにそれ」

「あんまり大幅に外れたら苛めちゃいます」

 じゃあ多すぎる方向で言って笑い飛ばしてやる。

「じゃ、十五回!」

 髪を梳きながら、

「大幅に外れてますね」

 ゆっくりと小さな声で耳元ではるかがささやく。

「……だいぶひどい外し方です」

「ま……」

「児嶋さんが隣でDVD見てる時も、小松菜のお浸し食べてるときも、仕事中も」

 耳元で低い声で言って、耳たぶをかすかに噛んだ。

「んっ!」

「耳に触るだけで声が出ちゃう児嶋さんを。乱れる児嶋さんを。フツーにしてる児嶋さんを目の前にして、まざまざと思い出して、見てました。毎日毎日」

「ま、……まいに、ち?」

 ぎょっとする私の指に、はるかは指を絡めてぎゅっと握った。私を見つめる目が、本当に距離が近くて、捕まったら逃れられないような気分になる。

「あんなことしないからって約束した舌の根も乾かないうちに、表情から何から全部思い出して。児嶋さんは、下着もびしょびしょで、アッアッアッてちっちゃい声で泣いて、」

「わ……わかった。ごめん、わかった、もういい!」

 ――――きくんじゃなかった。

 恥ずかしがらせるつもりが、逆手に取られている。

「残念でしたね。いっぱい苛めてあげますね?」  

「あっ、」  

 つつ、と指が体の線をなぞり、腰のあたりでツクッと刺した。思わず腰がはねる。そのまま、はるかは左手で私の胸の先を弾き、そこに唇をつけた。  

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