043_奴隷再び
私は真相が知りたくなった。
神谷さんは生気が無くなったようにふさぎ込むようになった。
連日ワイドショーでもあんなに言われている。
でも、それが本当なのか・・・一ノ清(いちのせ)夫妻に相談してみよう。
連絡を取って、一ノ清夫妻の家を訪問した。
リビングに通されて、夫妻からは深々とお礼を言われた。
シロちゃん・・・一ノ清まひろ(いちのせ まひろ)さんはあの後、病院で1週間の精密検査を受けてから自宅に戻されたらしい。
そうなると、家に戻られてそろそろ2か月・・・
「あの・・・その後、まひろさんは・・・」
「それが・・・」
旦那さんは重い口を開いた。
奥様は泣いている。
「まひろは、うちに帰ってから一度も口をきいていません。それどころか・・・最初のうちは暴れていて・・・」
旦那さんが苦しそうに続けた。
「まひろがいなくなった時のままにしてあった部屋の中は・・・めちゃくちゃにされてしまいました・・・」
ソファに座った旦那さんの握りこぶしに『ググっ』と力が入る。
「それどころか、ご飯もろくに食べなくて・・・」
横に座っていた奥さんが、その握られたこぶしにそっと手を添える。
「警察が言うように、まひろは・・・洗脳されてしまっているんでしょうか!?どうやったら!?」
ギリギリと歯を食いしばりながら続けた。
「うちの娘に酷いこと!あんなに全身を焼きやがって!あの子の一生が台無しだ!なんで私たちだけがこんなに苦しめられるんだ・・・」
頭を抱えていた旦那さんが私の顔を見て我に返った。
「すいません。姫川さんには娘を見つけていただいたのに・・・悪いのはあいつだ・・・神谷とかいうやつ・・・ワイドショー見ていてもろくなやつじゃないと分かる!異常者め!」
「・・・」
私は何も言えなかった。
ご両親の悲しみは深い。
「あの・・・娘さんに、一目お会いできますか?」
「・・・」
***
少しだけ現在のシロちゃんと・・・まひろさんと会うことが許された。
奥様も同行してくださっている。
(トントン)「まひろ、入るわよ」
奥様がドアをノックして開けた。
十畳ほどの部屋は、子供部屋と言った雰囲気だった。
ベッドには一人の少女が横になっている。
見慣れた顔だったが、少女には似つかわしくない拘束具で身体を締め付けられていた。
「お見苦しいでしょ・・・やりすぎだと思われるでしょうが・・・外すと暴れて・・・自分の顔も手もひっかいてしまって傷つけるんです・・・」
確かに、少女の顔にはひっかき傷がある。
手は拘束具でぐるぐる巻きだから見えないが・・・
これは恐らく精神病患者が暴れたりするのを防止するための拘束具だ。
「もっと簡易的な物では、引きちぎろうとして手首に傷が・・・」
打つ手なしということなのだろう。
確かに、この子は数ヶ月前まで私が『シロちゃん』と呼んでいた子に違いない。
でも、私が初めて会った時と比べても、いや、比べるまでもなく目に生気がない。
目の光がまるでないのだ。
まるで生きる希望を奪われたみたいに・・・
「お医者様のお話では、ここ1年くらいの記憶しかないらしくて・・・私たちのことも分からないらしいの・・・」
「それはお辛いですね・・・」
「帰ってきてすぐは、泣いて泣いて・・・、そして思い出したように暴れだしてしまって・・・」
奥様はハンカチで涙をぬぐった。
「それでも、異常者の洗脳が解ける様にって、専門のお医者様のアドバイスもいただいて・・・」
ここで私は分からなくなった。
ご両親にしたら、5年ぶりに娘が帰ってきたのだから心配だろうし、かわいいだろう。
でも、目の前の少女は誰だ!?
旦那さんが『異常者』と言った神谷さんと一緒の時のメロメロのシロちゃんはここにはいない・・・
ちっとも幸せそうには見えない。
全身をぐるぐる巻きにされて、身動きも取れなくて・・・
神谷さんの話が本当なら、シロちゃんは数年間行方不明だった。
その間のことは分からない。
相当ひどい生活を強いられていたのかもしれない。
全身の火傷を見れば想像は難しくない。
そんな子にトラウマが起きないはずがないのだ。
神谷さんとの生活の方が奇跡だった。
ほんの微妙なバランスが崩れても成り立たなかった奇跡のバランスだったのかもしれない。
そのバランスを崩したのは私・・・
これが私のしてしまったことの結末なのだろうか・・・
吐き気がしてしまった。
本当に逆流しそうになった。
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