016奴隷の神様の生活

俺は一言で言えば偏屈なのだろう。

人とうまく接していくことができない。

色々あって、今では一人暮らしをして、大学生でもある。


別に大学に行きたかったわけじゃないが、ソフトの勉強をしたかった。

ソフトウェア、アプリ、呼び名はどうでもいいけれど、自分で作れればお金になる。

家にいながらでもお金を稼げそうな職業だ。


他にも絵をかいたり、ライターのバイトをしたり、WEBサイトの運営をしたり・・・


とにかく世の中から逃げてきた。

たどり着いたのが、この8畳ほどのワンルーム。

大学生と言っても、通信制の大学なので、動画を見るのが『授業』だ。

毎回、授業の後にテストがあるので、真剣に見る必要がある。


1つの講義で大体40分から1時間くらいかかる。

1日に4つ~5つの講義を受けるので、それなりの時間はかかる。

講義を受けている間、シロはずっとおとなしくしている。


ベッドと壁・・・というか棚との隙間があり、そこに嵌まり込んで体操座りをして床を見ている。

1日のほとんどはそんな感じだ。


虐待のトラウマなのか、気持ちの浮き沈みも激しい方だ。

明るい時はすごく明るくて楽しい感じ。

暗い時はすごく落ち込んでいて、なんとかしてあげたいと思ってしまう。


俺は、講義と講義の間には休憩を入れるようにしている。

実際の大学の授業でも休憩時間はあるし、何より集中力はそんなに続かない。


休憩の時はコーヒーをよく飲む。

時には休憩ごとにコーヒーを淹れるので、1日に4~5杯飲むこともある。

飲みすぎだろうか・・・


授業が終わってキッチンに向かうとシロが近づいてきた。

こんな時の挨拶は『お疲れ様』だろうか。


俺もシロもそんなに多弁な方じゃないので、シロは何も言わない。

だが、すごく気持ちのいい笑顔を見せてくれる。

それだけで他には何も要らないのだ。


「かみさま、コーヒー飲むの?」


「ああ、休憩だ。シロも飲むか?」


「うん・・・かみさまのコーヒー、シロがやってもいい?」


『コーヒーをやる』とは、淹れてもいいかという意味だろう。

どうせインスタントだ。

粉を入れて、お湯を注ぐだけ。

俺はいつも少しだけ牛乳を入れているが、それでも簡単な作業だ。


「シロが淹れてくれるのか?じゃあ、頼もうかな」


「わーい♪」


シロは嬉しそうにコーヒーの瓶を取り出した。

スプーンとカップを取り出したところで、きょろきょろし始めた。


「どうした?」


「・・・」


どうしたらいいのか分からないのか。


「教えてやるから一緒にやってみるか?」


「はい!かみさまのコーヒー淹れる!」


じゃあ、俺はシロのコーヒーを淹れて見せることになるのか。

シロが俺のコーヒーを淹れて、俺がシロのコーヒーを淹れる。

意味あるのか、これ。


まず、ティファールを持ってきて、ふたを開けて見せた。


「ここに水を入れるんだ。2人分だったらこの線くらいまで」


電気ポットの横にあるスリットにある目盛りを指さしながら説明した。

シロはわくわくしているのが容易にわかるくらい楽しそうだ。


電気ポットでお湯を沸かすだけで嬉しいのだったら幸せなことだ。


「かみさま、このくらい?線の上の方?下の方?」


「んー、あんまり変わらないから大体でいいよ」


「はい!」


なぜ敬礼。

シロは『分かりました』の意味で『はい』の時、時々敬礼する。

おもしろい。

そして、かわいい。


誰も教えていないけれど、テレビかなにかの影響かもしれないな。


「お湯は1分くらいで沸くからその間にコーヒーの粉をカップに入れる」


「はいっ」


文字にしたら『はい』のあとにちっちゃな『つ』が入る『はいっ』だ。

声もかわいいし、聞いていて気持ちがいいな。


「だいたい量はこれくらい。俺は1杯で十分だ」


キッチンの台の部分に少しの粉をこぼしつつも、カップに粉を入れた。


「はいっ」


今度は、『完了』の『はい』だろう。


「そうしているうちに、お湯が沸くからコップの7分目くらいまでお湯を注ぐ。熱いから落とすなよ、火傷(やけど)するからな」


「はい・・・」


そんなに緊張する作業じゃないのだけれど・・・

顔が真剣なので、何だかおかしくなってくる。


「あ、かみさまが笑った」


「あぁ、よそ見するとあぶないぞ!」


「はいっ」


お湯はこぼさずに注ぐことができた。

俺は冷蔵庫から牛乳パックを取り出しながら聞いた。


「俺は難しい顔をしてたかな?」


「真剣な顔をしてました」


まあ講義を受けていたからな。

C(C言語)の授業だったから、どんな時にそれが使えるのかとか、もっと簡単にできないかとか、色々考えながら受けるので割と真剣だったかもしれない。


「かっこよかったです・・・」


シロがスプーンを持ってくねくねしながら言った。

顔も少し赤くなっていた。


そんなことを言われたのは初めてだ。

パソコンの画面を見ているだけで褒められるなんて今までは経験がない。

『ただしイケメンに限る』と注意書きを後から付けられそうだ。



「そうか・・・ありがとう」


きっと俺も顔が赤くなっていただろうな。

顔が熱いのが分かる。


「牛乳はこれくらい・・・。コーヒーを淹れた後に入れると牛乳の風味が残る」


照れ隠しも兼ねて早速牛乳を入れて見せた。


「お湯より先に牛乳を入れると風味が落ちる気がする。お湯の温度のせいかな」


シロはカップに顔を近づけて真剣に見ていた。

目は大きいし、まつ毛が長い。

長い銀髪もシロらしくて、改めて美少女だと思わせられる。

外から入ってくる光で髪の毛が輝いている。

天使だな。


部屋では俺のTシャツをワンピースの様に着ているのが若干残念だが、それはそれで見慣れてしまったので、かわいく感じている。


「よし、できた。座って飲むか」


「はいっ♪あ、シロが持って行ってあげる」


「熱いから落とすなよ。1個ずつでいいからな」


ここで落とすようなお約束はなかった。

熱いから火傷したら大変だ。


シロはこぼさないようにコーヒーの水面を見ながら1歩1歩歩いてテーブルにカップを運ぶ。


綱渡りをしているような動きがかわいい。

こんなかわいい彼女がいたら毎日楽しいだろうなぁ。


俺とシロの関係は何だろう?


保護者と扶養家族?

親と子?

神様と天使?

引きこもり大学生とひきこもりの奴隷?


キッチン横の棚からお菓子を出しながら考えてみたが、どれも合っているようで、どれもしっくりこない感じで・・・


俺がシロを彼女にしたいと言ったら、シロはなんて言うだろうか・・・


「あ!たけのこの里!シロそれ好きっ!」


この間、アソートのお菓子をまとめ買いしておいた。

まとめ買いじゃないと通販なので、送料がもったいないのだ。

シロが見ていたのは、箱に入っているやつじゃなくて、袋に入っていて吊るされているやつの方だ。


俺が好かれているのも、このお菓子程度じゃないだろうか。

ご飯とかお菓子とかくれる親戚のオジサン的なポジションの。


俺はたけのこの里を1回分(?)ミシン目から切り離して、1個をシロに、1個を自分の前に置いた。

時間も昼の3時を過ぎていたので、おやつの時間にはちょうどいい頃だ。


「休憩ついでにおやつにしようか」


「はーい♪かみさま、開けていいですか?」


「あぁ、開けて食べていいよ」


シロは力がないので、包装を開けるのに苦戦することが多い。

これがまた見ていてほほえましい。

あんまり見ていたら可哀そうなのだが、かわいくてついつい見てしまう。


「シロ、貸してごらん」


シロからお菓子の袋を受け取ると少しだけ切れ目を入れて返した。


「あ、開いた!いただきまーす」


「はい、召し上がれ」


引きこもりの俺にこんな時間が訪れるとは。

間違いなく美少女のシロと同じテーブルについてコーヒーを飲んでいる。


ふと気づけばシロがこちらをジーっと見ている。


「どうした?」


「おいしい?」


「ん?」


「シロが淹れたコーヒーおいしいですか?」


「ああ、おいしいよ。ありがとう」


シロの目が細められ、嬉しそうな表情になった。


そして、テーブル越しに頭を出してきた。

「頭をなでろ」ということだろう。


人差し指と親指はお菓子のクズが付いているので、残りの3本指で撫でてやった。

それでも嬉しそうだったので、その嬉しさは指の本数には比例しないようだ。


「今度からシロがかみさまのコーヒーを淹れてあげるね」


「そりゃぁ、ありがとう」


なにそれ。

本気で嬉しい。

こんな美少女が毎日コーヒーを淹れてくれるなんて、メイド喫茶だったら連日大人気の大行列だ。


ぼんやり考えていると顔がにやけていたかもしれない。

シロがニヤニヤしながらこちらを見ている。


「かみさま、楽しいことを考えていた?」


「あぁ、まあね」


言われると恥ずかしくなってしまった。

それにしても、シロがメイド喫茶で働いている世界線・・・いや、この世界でも将来起こり得るのか?


家を出られない俺とシロ。

まあ、出たいと思っていないから不満ではないのだけれど、そんな将来は来るのだろうか・・・


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