Day23 依頼(お題・レシピ)
ぱりっと焼けた皮にナイフを入れ、一切れ口に運ぶ。
「えっ?」
驚く自分にジョンの唇が楽しそうに曲線を描いた。
見た目、普通の川魚なのに、海の魚に負けないコクがある。それなのに、最後まであっさりと食べられた。
「まぶすハーブをいろいろと工夫してみたんだ」
空になった皿に嬉しげな声が流れる。
「やっと出来たよ。スージーの為のレシピが」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二日も寝ていた為、大事をとって今日もお休みにした夜。影丸の連絡を受けたリサさんがジョンさんと一緒に雨の中、オークウッド本草店を訪れてくれた。
板の間の座るのは慣れてないという二人に、裏戸の上がり框に腰掛けて貰う。近くに持っていった火桶でガスが鉄瓶でお湯を沸かし始めた。
「スージーさんの実家にも彼女は戻ってないそうです」
ガスの言葉に二人の顔が強ばる。リヨンに寄った店の人がこのことを知り、連絡に返した伝書スライムがフランの横でぴんと跳ねた。
「向こうではスージーさんはシルベールの叔父さんの宿に戻ったものと思われてました」
つまり、実家にも商隊が盗賊団に襲われた後からの連絡がないのだ。
「スージーが生きているというのは本当なんですね?」
すがるように尋ねるジョンさんに、私と私が膝に抱え込んだ影丸が頷いた。
「カゲマルの感覚は鋭敏で確かですから、間違いないです」
「ではどうして……」
実家に連絡を入れないんだろう。うなだれるジョンさんの前で、ガスが沸いたお湯をポットに入れた。お茶の葉に混ぜたリンゴの皮の香りが立つ。
「ここからは私の推測になりますが……」
ガスが盆の上にカップを並べた。
「前に、うちのバントウがリサさんに言ったとおり、スージーさんの身に何かあって、彼女の一番の願いである『ジョンさんに会いたい』という想いが転がり落ちたのは間違いないと思います」
カップにお茶を淹れていく。
「じゃあ、アレがスージー……」
「いいえ」
ガスは首を横に振った。
「あれはスージーさんのジョンさんへの想いだけが転がった『恋心』です。スージーさん、本人ではありません」
だから普通なら理性等で誤解を押さえ込めるところを『恋心』さんは暴走してしまったのだ。
私は膝の影丸をぎゅっと抱き締めた。
「……大丈夫かな? ジョンさん、『恋心』さんに襲われてスージーさんのこと嫌いになってないかな……」
囁く私の腕を影丸もきゅっと握る。
「『恋心』はミリーに幻視を見せるほどの強い想いです。これが離れてしまったせいで、スージーさん本人にも何か異常が起きていると思われます」
襲われてから
「例えば意識を無くしているとか、記憶が失われているとか……」
そういう例をいくつもオークウッド本草店では診ている。ガスはお茶の入ったカップを二人に差し出した。
「ミリーの見立てでは『恋心』は、またシルベールに、ジョンさんに会いに戻ってくるそうです」
ジョンさんの膝の拳が堅く握られる。
「その『恋心』の誤解を解けば、きっとスージーさん本人の元に戻るでしょう」
スージーさん本人は今『銀嶺の主』の言ったとおり、沢の下流の、きこりの家かその更に下の村にいるのだろう。
「それにはジョンさんの力がいります」
拳が更に握り込まれる。
「……兄さん……」
リサさんが気遣わしげにジョンさんを見る。
雨音だけがしんと静まり返った店先に流れる。
私の影丸を抱き締める腕にも、影丸の私の腕を掴む手にも力が入る。
「……それにしてもスージーさん本人は、今どうしているかしら?」
ただ一匹、呑気にお茶を啜っていたフランがぷるんと揺れた。
「ジョンさんへの『恋心』を無くした状態ですもの。助けてくれた男の人に新しい恋をしてたりして」
ジョンさんの顔に『恋心』さんそっくりの衝撃が走る。
彼は頭を深く下げた。
「聖騎士様、若旦那さん、どうかスージーを救う為に力を貸して下さい!」
寺院の深夜の鐘が鳴る。『姫様通り』を帰って行く二人を見送り、私はほっと息をついた。
「良かった……」
「ハラハラし申したが、本当に良かったでござる」
「さすがフランだね」
ガスが肩のフランを見て、ふにゃりと笑う。
「本当は助けたいし、戻ってきて欲しいのに、ごちゃごちゃ迷っているようだったから、一発ガツンと言ってやったまでよ」
フランがぷるんと揺れた。
「さて……」
『余り者の勇者』と『薬屋』に新しい相談依頼が来た。
「とりあえず、ミリーは明日から残り日数、公会堂事務局の窓口に務めてくれるかな。戻ってきた『恋心』に関しての依頼があるかもしれない」
「うん」
「カゲマルはまたミリーが襲われたとき、オレにすぐ連絡が取れるようにミリーの側に着いていてくれ」
「承知」
「オレはフランと『恋心』を探す手を集めるよ」
「待ってて、スージーさん。必ず助けるから」
降りしきる雨の中、私はぐっとお腹に力を入れて気合いを入れた。
※ ※ ※ ※ ※
“やっぱり、ジョンにもう一度会いたい”
秋の陰の気をまとい、彼女は沢を降りる。
彼女の目の前に祭りが終わり、冬支度に入る暗い街が見えた。
依頼人:ジョンさん
依頼:スージーさんを救うこと。
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