Day19 勘違い(お題・クリーニング屋→洗濯屋)

「夜分、遅くにすみませんでした」

 店が終わってから訪ねてきたのだろう。姪の恋人が疲れた顔で去っていく。

「本当にスージーだったのかしら……?」

 肩を落とした後ろ姿にスージーの叔母は戸締まりをしながら小さく息をついた。

 使用人の一人が『スージーお嬢様が広場を歩いてました!』と知らせ、夫は恋人のジョンと友人のリサに、このことを告げた。その後、二人で探したがスージーは見つからず、食堂にも来なかったという。

『それで、宿屋の方に帰ったのではないかと思いまして……』

 ジョンがやってきたが、こちらにも彼女は来てない。

「てっきり、ジョンに会いに行ったと思ったのに……」

 しかし、いくら祭りの夜でも若い娘がこんな夜遅くまで帰って来ないのもおかしい。

「今日は特に忙しかったから……」

 もしかしたら、皆がバタバタ働いている間に、こっそり帰ってきたのかもしれない。

 ……それならそれでスージーなら手伝いに出てくれるだろうが……。

 叔母はこの半年、留守のままの姪の部屋に向かった。ドアを開け入ると長時間人がいない部屋独特のひんやりとした空気が身を包む。

「……やっぱりいないわね」

 綺麗に片づけられた机、皺一つ無く掛けられたベッドカバー。前回、掃除したときのまま、部屋には人の訪れた気配は無かった。

「……あら?」

 出ようと踵を返して感じた違和感に首を傾げる。

「確か……ここに下げてあったわよね……」

 自分の訪問着を、若い女性向けに仕立て直して彼女にあげた一着。洗濯屋から戻ってきた、ジョンとのデートによく着ていた服が、掛けてあった壁のハンガーから消えていた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 今日もスージーさんは食堂にも叔父さんの宿屋にも帰らなかった。

 祭り三日目の最終日の夜。お祭り広場やその周辺を彼女の姿を探して、私は歩き回っていた。

 昼過ぎ、影丸がガスのもとから帰ってきた。

 ガスは今朝『白嶺の方』のお山に着き、出迎えに来た家来に連れられ、御方に対面した。そして、御方のこの春に産まれた御子の様子を見た後、お恐れながら……とタラヌス山脈での商隊の捜索を頼んだという。

 タラヌス山脈の盗賊団の話は御方の耳にも届いていたらしい。

『山脈の我等の眷属の領域を荒らす不届き者を、騎士団が追い払ってくれるなら、こちらも助かる』

 二つ返事で引き受けてくれた。その後、ガスは影丸の話を詳しく聞いて、彼を私のもとに返したのだ。

『まず、主は奥方様に胸のモヤモヤが消えられたかと訊いておられました』

 実はまだ、モヤモヤは消えてない。

『それならば、そのスージー殿は『人間のスージー殿』ではないのかもしれませぬ』

 実は流星群のように星の気が満ちる期間は、思念に秋の陰の気ではなく、星の気がまとわりつき、生きている人間と同じように見えることがあるという。

 流星群は昼も見えないだけで降っている。その為、その星の気をまとった影は昼間でも見えるというのだ。

『そういう影を『白嶺の方』の一族では『幻の者』と呼んでいるそうでござる』

 今回、スージーさんが、ジョンさんのところにも叔父さんのところにも帰ってきてないということは、その可能性が高い。

 そして『幻の者』を見つけ、影丸が追えば、本物のスージーさんの居場所が解るかもしれないのだ。

 ……スージーさん、生きていて欲しかったけど、それでも早く見つけてあげないと……。

 流星群は今日が最後。私はなんとか彼女を見つけようと、影丸と手分けして、ずっと捜していた。

「見つからないなぁ……」

 やはり最終日とあって人出が多すぎる。大勢の人の雑多な気が多過ぎて、星の気で探ろうとしても、なかなか解らない。

 そろそろ食堂も終わる頃だ。一度戻って、リサさんとジョンさんと出直そうか。

「カゲマル、一旦戻るわよ」

「承知」

 私の影から影丸の声が聞こえる。私は彼と共に食堂に向かった。

 

 食堂に着くと二人がちょうど探しに出掛けるところだった。

「聖騎士様!」

「ごめんなさい。見つからなくて。そちらは?」

「いえ、まだ食堂には来てません」

 私の問いにジョンさんが答える。そのとき

「奥方様!!」

 影丸が後ろを見て叫んだ。

「あれがスージー殿ではござらぬか!?」

 私は振り返って、息を飲んだ。

 裏路地の暗がりに訪問着を着た女性がぼんやりと浮かび上がっている。海の近くに住む人らしく、日に焼けた肌に茶色の髪の可愛らしい華やかな顔立ち。その彼女の周囲には強い星の気が漂っていた。

「スージー!!」

 ジョンさんの声が後ろから飛んでくる。

 この人が間違いなく、スージーさんの『幻の者』だろう。でも……。

 何故か、すごく怒っている感じがする。彼女は私を睨むと空を滑るように近づいてきた。

“ジョン!! 貴女、ジョンのなんなの!?”

「えっ!?」

「奥方様! 危のうござる!」

 影丸が私の前に立ち、闇から作り出した小さなナイフ……クナイというらしい……を構える。

“ジョンのなんなのっ!!”

 私もショートソードを抜き掛け……襲ってくる彼女の気を読んで、柄から手を離した。

 このスージーさんからは、アンテッド系の魔物……幽霊とか悪霊……のような気配がしない。坂道の人影より強いが、あの影と同じ思念の固まりだ。私が勇者の力で抵抗したら、間違いなく消してしまう。

 飛びかかってくる両手を屈んで避ける。そのまま、低い姿勢で前に跳ぶ。

 スージーさんがまた襲ってくる。闇に浮かぶ彼女の白い手を影丸が払う。

「カゲマル! 倒しちゃダメよ!」

「大丈夫でござる! 影の力では追い払うので精一杯でござる!」

 それ自分で言っちゃうんだっ!

 頼もしいんだか、頼もしくないんだかっ!

 そんな影丸の援護を受けながら、しつこく襲ってくるスージーさんを避け続ける。

“貴女、ジョンを……私がいない間にっ!!”

 なんか思いっきり勘違いされているような気がするけどっ!

 私はガス一筋でジョンさんは全然好みじゃないんだけどっ!

「私とジョンさんはなんでもないです!!」

 とりあえず叫んでもスージーさんは引いてくれない。反撃出来ないまま彼女との攻防が続く。

「スージー、何を言っているんだ!!」

 ジョンさんが割り込んできた。私の前に立ち、声を張り上げる。

“ジョン!!”

 彼女の顔が強ばる。

“私がいない間に、その女の子と……!!”

 マズイ。誤解に更に誤解を重ねてしまったようだ。混乱したスージーさんがジョンさんを襲う。一般人の彼が怒れる思念の攻撃を受けたら、精神に傷がついてしまう!!

「ジョンさん!!」

 私は彼をかばって前に出た。

 

 彼女の手が真っ直ぐ、私の胸に向かって伸びてくる。

 私の中で力が膨れ上がる。自らを守る勇者の無意識の反撃。それがスージーさんに向かおうとしているのを感じて私は焦った。

 これを浴びたら、彼女が消滅してしまう!!

 なんとか自分の力を押さえ込もうとする私の脳裏にセシルの声が流れた。

『これは己の勇者の力で不本意に相手を傷つけたくないとき使う力だ』

『自分の反撃の力を押さえ込み、周囲への防御の力に変換させるが、下手をすると押さえ込みの反動で深く眠ってしまい、自分では目覚められなくなる』

『その場合、起こすには、その勇者をよく理解している者の助けが必要だ。私はユリアに起こして貰った。お前には……』

 ……私にはガスがいる……!

「カゲマル、もし私が眠ってしまったらガスを呼んで!!」

 そう叫ぶと私はセシルから教わった力を使った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 ふわりと光が裏路地に満る。

「今のはいったい……」

 呆然とするジョンとスージーの間に立ったミリーの身体がぐらりと揺れる。

「奥方様!!」

 影丸の声が響く。彼女がぱたりと裏路地に倒れ込む。

「スージー! もう止めて!」

 リサの叫びにスージーは細い悲鳴をあげて消えた。

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